第五話 ぼーいみーつがーるぱーとわん
「」は日本語、『』は異世界語となっており、主人公は異世界語をまったくといっていいほど理解していませんという設定ですので、読んでくださるかた、ややこしいですがよろしくお願いいたします。
夜中。目を覚ますと、目の前に天使がいた。
天使ってやっぱり美しい。頭の中で名作劇場的なBGMが流れ出し、思わず手を伸ばしたら叩かれた。
『汚い。触るでない』
ガバっと起き上がると、目の前に居たのは天使だけれど、フラミアさんだった。
汚い小屋で仁王立ちしたフラミアさんが、私のことを見下ろしている。
『そなた。我が夫を跪かせたそうじゃな』
首を傾げると、フラミアさんが唇の端をニィっと持ち上げた。
『本当なら見上げた根性と褒めてやるがのう。確かあの……コトリと言ったか。わらわ、あの娘がどうにもうさん臭くてならんのじゃ。というかうさん臭さまるだしなんじゃが、男にはわからんようでの』
ハスキーボイスというのか、よく通るカッコイイ声で何やら話続けるフラミアさんに、私は、頷きたいけれど頷けず、相槌も打てず、知ってる単語がないか探したら『臭』しかわからなかった。
一日入れなかっただけとはいえ、やっぱ臭いかな私。
胸元を掴んで匂ってみたら、フラミアさんが話すのをやめた。
『お主はもっとなにもわからんのだったのぅ』
何度も首を傾げるのも失礼な気がして、笑ってみたら、眉間に皺を寄せられた。
『わらわは自分で動かぬ者は好かぬ。しかしハミグの遊び相手が汚いのは困るでな。物資を渡しておく。明日明るくなったらハミグが来るゆえ、二人で秘密基地作るなり、好きにせよ』
ハミグハミグと言っているのでハミグのことなのだろうが、何かあったのだろうか。
気になった私は、最近覚えたての言葉を使ってみた。
『たわし……ことぅば、わかるまそん』
『わらわもそなたの言葉がわからぬ。同じじゃ』
ズバっと切られた気がする。これは使えない言葉なのかもしれない。
『ではな』
フラミアは、優雅な立ち居振る舞いで、さっさと小屋を出て行った。
途端。
ドヤドヤと入って来た爬虫類系男子たちが、薄闇に支配された小屋の中にいろいろなものをドカドカ置いて。
あっという間に去って行った。
私は、一晩中、その薄闇に出来た黒山と睨めっこし続け、割れた窓から差しこむ朝日でようやく、フラミアさんに言わなければならなかった言葉は『ありがとう』であったとわかった。
地獄に仏。渡りに船。
フラミアさんが置いて行った山は、宝の山だった。
まずは、灯篭だ。この世界の灯は、炎ではなく、まん丸な光る石みたいなもので、それを和紙で出来た灯篭の中に入れて、大抵部屋の中央に置いてあるか、大浴場だと吊るしてある。
灯篭を開けて直接その光る石に触れることで消したりつけたり出来ると、うさ耳さんが『なんでそんなんも知らんねん。あほか』と独特なリズムの早口で親切に教えてくれた。
他にも藁の山と、藁で編んだ寝床と、掛布団……これはなんと羽毛布団だった。私はまさかフラミアさんが鶴の恩返し的なことをしたのではないかと、恐縮しつつ、その触り心地にうっとりした。
化粧水と石鹸と洗い粉も再び貰えた。どこで頭を洗えばいいのだろうかとは思いつつ、やはり嬉しかった。
あとは洗濯板と桶……作業服が二着と大工道具と梯子と、屋根の葉っぱ。それに蛍が入った虫かごが二つ。蛍じゃないかもしれないが、一方は黄色く光り。もう一方は薄紫に光る羽を持つ虫が入っていた。
ペット……?餌は……?
虫なんて全然好きじゃないが、せっかくもらったものを死なせたくはない。
いろいろ見回っていると、籐で編んだ小さな籠が伏せてあった。
この下にも何かある?
開けてみると、小さな手で握ったであろう、不格好なサツマイモご飯のお握りが5個と、ハミグがいつも大事に持っている瑠璃色のガラス玉が置いてあった。
「はぅっ」
一瞬にして目の前の景色がグニャグニャに歪んだ。
唇を噛みしめてギュっとガラス玉を握りしめると、おばさんがくれた飴玉を思い出した。
私は、目元を擦り、サツマイモご飯のお握りを大事に食べた。
ホロっと甘くてほどけるお握りは、今まで食べたどのご飯よりもおいしくて、なんだか力が沸いてきたような気がした。
よし。私、取りあえず。この家修復しよう。住めるようにして……それで……それから……まあ……落ち着いて考えよう。
こうして、いつまでつづくかわからない、私の藁編みDIY生活が始まった。
物置小屋だと思っていたそこは、どうやら一軒家のようで、シャワーを浴びる小さな浴室や、ものすごく小さい台所や、お手洗いもあった。なんとこの世界のお手洗いは水洗だ。
この大樹の上には水道が引かれているらしく、竹か何かで出来た蛇口があって、けれど捻るハンドルはなく。代わりに、指ではじくとリーンと鳴る小さな鐘が二つ付いていて、青い鐘を鳴らすと水が出て、赤い鐘を鳴らすとお湯が出る。
台所に、IHというのか、同じく小さな鐘を鳴らすと熱くなる石の板があるから、それが瞬間的にお湯を作り出す仕組みと関係してるのかもしれない。
『とーろうはまんなかにおいとくんだよ。このせっちするところ。でなきゃおみずでないんだよ。りゅうがんせきはりゅうみゃくをよぶんだ』
ここへ手伝いに来てくれたハミグが、小屋の真ん中にある台に灯篭を嵌めて、リーンと小さな手で鐘を鳴らし、水が出るようになったことを教えてくれた。
夜中鳴らしたときは何も出なかったのにっ!?
感動して、手品を見たときばりの喜び方をしたら、どうやら照れたらしいハミグが、真っ赤になって両手で顔を覆った。可愛らしかった。
たぶん、明かりにしている石が、いろいろな動力の源ってこと……でいいのかな。
それから私たちは、竹蛇口の中を綺麗にするため、水を出しっぱなしにして、部屋中拭きまくり、壁や床の腐った藁を抜いて捨てた。
二人共が藁の編み方を知らないと気付いたのは、床も壁も一層穴だらけにした後だったが……。
試行錯誤した結果、床の穴には適当に藁を押し込むことにした。
「よし終わりっうおぁっ!?」
全部埋め終えて一息つこうとしたら、ハミグが、ビンに入った透明の液体をぶちまけたので驚いた。
『これね。つうーきせいとほおんと……えっと……みずはじくって。でね』
薄紫色の光を放つ虫かごを持ったハミグが床を照らすと、ドロっと広がっていた液体が見る間にピターっと固まった。触ってみると、フカフカした感触は残っているのに、表面が艶やかな、藁床が出来上がっていた。
「何? レジンっ!?」
小物を作ったりするとき、紫外線を当てて固めるやつがこんなだった気がする。あれはカッチコチになるけれど。
『あのね。しっぱいしたら、きいろい虫さんあてたらやわらかくなるんだよ』
ハミグがもう一つの、黄色い光を放つ虫かごを近づけると、床の上で固まっていたものが、また液体に戻った。
「万能っ! そっかそっか! それで虫かご二つなんだ!」
ハミグのお手本で、二つの虫の使い方を知った私は、液体をかけては虫で照らし、なんとか一日で寝る場所を作ることができた。少しでこぼこしているのはご愛敬だ。
こんな感じで、夜は見様見真似で壁を塞ぐための藁を編み、昼になると修復作業や洗濯やらをして、ときどき来てくれるハミグの差し入れなんかを食べながら、二人で……ときには一人で、小屋を住みやすいようにしていった……けれど、屋根だけは少しも手をつけられないでいた。
一度梯子をかけてみたものの、上るのが怖くてそのままにしていたら、一昨日雨が降って床が濡れてしまった。本当は始めにやらなければならなかったのかもしれない。
私はとうとう覚悟を決めて、葉っぱを片手に梯子を上ることにした。今日はハミグは来ない日らしいので、以外と男気のある彼に無理させることにもならないし。
この間『ぼくがやる』とかいって……これは最近ハミグがよく言う言葉なので覚えたのだが、壁に腕が張り付いてしまった状態で、黄色い光の虫に手が届かず、泣いていた。
「よし。慣れれば大丈夫」
なんとかかんとか葉っぱと液体の瓶と虫カゴ二つを屋根の上に置くことに成功して、私もそーっと上に登ってみた。
緩やかな風が吹いていて、気持ちがいい。
いろんな人が忙しなく廊下を歩いているのが見える。
あの人たちは何をしているんだろう。ここはどういう場所なのだろう。
王や王子が居るということはお城とかそういうあれで、その中に居る私は使用人扱いから更に降格して、現在どういう扱いなのだろう……。
とか考えてたら屋根なんて治してる場合じゃなくなるかもしれないので。
「さ。やろうかな」
私は、弟に習って、切り替えた。諦めと切り替えの違いなんてよくわからないけれど、気持ち良い風に吹かれているときはきっと、切り替えだ。
「よしやろうやろう」
何度も言い聞かせながら葉っぱに手を伸ばしたその瞬間、ブワっと強い風が吹いた。
「わっちょっと!」
バサバサっと音をたてて、葉っぱが数枚飛んで行ってしまった。
慌てて残った葉っぱを押さえ、一番遠くに飛んでいった葉っぱを目で追いかけると、丁度渡り廊下を通りかかった人の足元に落ちて、すぐさま拾われた。
黒い袴と黒い外套。黒い……翼を持つ
「あっうそっ!?」
私を訝しんでいるであろう彼に……。
ぼーいと言いつつ、ヒーローの年齢は成人を過ぎております。ぼーいはやはり少年ですよね。作者も英語を異世界語ぐらい理解できてないので、今後も題名はそんなにお気になさらず。読んでくださったかた、本当にありがとうございます。ご指摘、ご感想などございましたら、お気軽にどうぞ。