第三十四話 はじまりはおわり
「」は日本語、『』は異世界語です。次回で最後です。
宝珠というものを初めて見た。
大樹の真正面。
街のど真ん中にある、白い石造りの建物の中に、真っ白な丸い石が一つ。フワフワ浮いている。
とても不思議だ。
見上げると、ドーム状の天井一杯に、翼を持つ人の絵が描かれている。
ここが神聖な場所なのだということは一目瞭然で、けれどなぜ、自分がここに居るのかよくわからない。
空風コトリが、宝珠の傍に立ち、私もその横に居る。
向かいに、リリョスさん、フラミアさん、ハミグ、スワルさん、イグライトさん、王様に、王妃様、翼を生やした人たちが勢ぞろいで、舞台に立たされているみたいで、ものすごく居心地が悪い。
『いよいよ。音の子様が使命を果たしてくださると聞いたのですが……』
私もそう聞いた。
朝起きたら、リリョスさんに出かけるから付いてくるよう言われ、リュックを背負った。
その道すがら、音の子様が、使命を見つけた。不安なので、フクに傍に居て欲しいと言っている。使命は、宝珠の傍で行われる。
との旨を聞いた。
みんなを集めるための嘘?
寝ぼけた頭でそう解釈して、空風コトリに確かめようとしたが、着いたら既にこの状態だった。
まだ、話合いについて、フラミアさんたちに根回しもしていない。
昨日の今日でこうなるなんて思ってもみなかったのだ。
まさか。
それを狙って?
心臓がバクバクいってる。
音の子が使命を果たすなんて嘘でしたーー。話を聞いて欲しくて嘘ついて集めましたーー。
のわりに、特に議題は決めてません。みんな仲良くしてくださいーー。
なんて言えるわけない。
こんな期待に満ち溢れた空間で、そんなことを言った日には……。
冷や汗をかきつつ、横目で空風コトリを見た。
空風コトリは、私を仲間はずれにしたときや、小屋に追いやったときみたいに、薄ら笑ったり、憐れんだ顔をしてはいなかった。
疲れた。気だるげな様子で、宝珠に向かって手を伸ばし。
ファっ
緩やかな風が吹いた。
宝珠の周りに、微かに風の渦が出来ている。
空風コトリは、その風を撫でるように手を動かし
「龍! 起きて!! 目を覚まして!!」
急に大声を出した。
ギョっとして彼女の顔を覗き込んだ私は、思わず息を飲んだ。
彼女の瞳が、赤く……光っ
ゴっ
突風で体がのけ反った。宝珠がまばゆい光を放っている。
『なっ!?』『なんだっ?』『どうした!?』
ズズズっ
地鳴り。
体が……地面が……揺れている。
ゴゴゴゴゴ
ものすごい揺れだっ。
立っていられずにしゃがむと、空風コトリが私の腕を掴んだ。
『フクっ!』
走って来たリリョスさんが、私と空風コトリに覆いかぶさる。
目の前が薄暗くなり、恐怖で体が硬直した。
バキバキバキっ
すぐ近くで何かが崩れ落ちた音がした。
「本当は知ってた。最初から」
「へ?」
轟音の中を、小さな声がすり抜けた。
「宝珠に触れて、龍を呼べば元の世界に帰れる。ここに飛ばされたとき、女の人が言ってたの」
ギュっと腕を握られた。
「お願い一個聞くんでしょ?」
ハっと顔を上げた先に
「帰ろう」
彼女の赤い瞳が光っていた。
グルルルルルォオオオオオオオ!!
風の鳴る音。
いや、獣の唸り声のような音が響き渡った。
耳鳴りで、一瞬周囲の音が遠くなり。
ィィィィィイイイン
音が戻ると、風の音がマシになっていた。
バサっ
空風コトリが、リリョスさんを押しのけて立ち上がった。彼女らしくない行動だ。
私は、リリョスさんに支えられながらゆっくり立って周りを見渡した。
さっきよりも室内が明るい。
天井の一部が崩れ落ちて、空が……大樹が見えているから……だ。
けれど、その大樹…………が……。
メリメリメリメリっ!!
妙な音を鳴らしながら、一番上の幹が曲がって大きく裂け、左右に伸びた太い枝が、バサバサと羽ばたいている。
風で揺れているようには見えない。
裂けた幹、口のように見える割れ目の上に、メリメリ音をたてて二つの赤い宝石みたなものが生まれ、ギョロっと動いた。
大樹……もう大樹……と呼べるのか。
まるでおとぎ話に出てくる龍のような形をしたものが、目の前に……いる。
「…………」
誰一人、言葉を発することなく、それを見上げる中。
「今こそ……恨みを晴らす」
空風コトリが、低い声でそう言った。
メキメキメキっ!!
大樹の枝、龍の翼が大きくしなった。
リリョスさんが、再び私に覆いかぶさり、視界が暗くなる。
ゴウっ!!
轟音に、歯を食いしばった。
ガガガガっ!! ドっ!! ザザっ!! バキバキバキっ!!
ゴォォォっ!!
人々の悲鳴と、破壊音が聞こえる。
さっきと違って、この建物内には風が吹いていない。音はすべて外からだ。
リリョスさんがスクっと立ち上がり、再び大樹だったものを睨み上げた。
『音の子様……一体何を……』
『へっ陛下っ!! 突風と共に大量の大枝が街に飛来っしてっ来てっ……あっ……あれはっなんですかっ!? あれはっ!!』
リリョスさんの声を遮ったのは、建物内に走り込んで来た兵士だった。
『音の子……様?』
王様が、へなへなとその場に座り込み。
動かない。
同じように慌てた兵士が数人かけ込んで来ても、脱力したままだ。
リリョスさんは、チっと舌打ちをして、拳を握りしめ、私の方を見た。
『フクはここに居ろ。なるべく音の子様の傍に……たぶん安全だ』
『兄上っ!! 一体何がっ!?』
『わからん!! スワル! 手が空いてる兵士連れて住民を避難させろ!! 走れない者はここへ運べ!! 何が起きたかより人命優先だ!』
スワルさんに指示を出しながら、イグライトさんと視線を交わして、走り出ていくリリョスさん。
『陛下、母上を頼みます』
面目を保つためか、イグライトさんは王様に頭を下げてから、二人の後に続いた。
私は、ガクガクと震えながら、空風コトリを見た。
黒かったはずの目は、やはり見間違いようもなく赤く染まり、誰よりも凛とこの場に立っているのが不気味だ。
『ふっフクっ!!』
ハミグが飛びついてきた。
『ハミグを頼む。わらわも住民の避難に手を貸す』
フラミアさんが、私に何か言っている。
理解出来なくて首を傾げると、ハミグが代わりに頷いた。
『ぼくっだいじょぶ!』
フラミアさんは、強く頷き、ハミグの頭を撫でようとして……やめた。
『頼むぞ。ハミグ』
私の手を握り、再び頷くハミグ。
フラミアさんは、長いスカートの裾を勢いよく破り取って投げ捨て、陸上選手のような綺麗なフォームで走って行った。
薄桃色の長い髪が、扉に吸い込まれ、消えていく。
これは何? 何が起きてるの?
『ロップ……』
ロップの姿がない。ここへは来ていない。
大樹の……上に……。
崩れた天井から見える大樹はもう大樹じゃない。
ロップを……リリョスさん……フラミアさんスワルさんっみんなどこか行っちゃって誰もっ。
『そうだっロップっ!! フクっフクっ』
ハミグが私の袖を引っ張った。
『ぼくロップ……みんなをたすけにいってくる!!』
何を言ってるかわかる。
私は、ハクハクと口を動かして、背を向けるハミグを呼び止めた。
はずが、声が……出ていなかった。
行ってしまう!!
王妃が呼び止める声が聞こえた。
けれどハミグは……轟音響く外へ……ハミグまで出て行ってしまった。
私は、体を折って、目を閉じ耳を塞いだ。
駄目だ。怖い。怖い怖い怖い怖い。無理だ。
『怪我人とお年寄り! 走れない者は宝珠の間へ逃げろ!!』
少し離れたところから、スワルさんの声がする。耳を塞いでいるはずなのに。
『音の……子は……世界を救う者ではなかったのか……あれを……呼び覚ます……存在であった……のか?』
王妃の弱弱しい声まで聞こえる。
どやどやと近くに人の気配が増えていく。
恐る恐る顔を上げると、いつの間にか小さな女の子が私の傍に立っていた。
両手に絵本を抱え、ポカンと口を開けて、小刻みに体を震わせている。
「龍……」
私は、女の子の手の中にある絵本を見て、呟いた。
龍を呼ぶ。
空風コトリはさっきそう言った。
この世界で龍と言えば。龍脈、龍眼石。
ちょっと待って? でも……ハミグは確か龍が何か知らなかった。
それなのにどうして私……あの絵本の龍を龍だって思って……。
リュウ
発音が同じだからだ。
リュウを龍だと勝手に想像して、リリョスさんを重ねた。
王族の呪い。
龍の呪い。
龍脈の乱れによって……恨み…………。
何か……気になる。
私は、ハミグに読んで貰った絵本の内容を思い出した。
なぜ今……と思いつつも、ひたすら記憶を追いかけて。
意識は永遠ではないけれど無意識は永遠だ
絵本の最後のページに書かれていた、手書きの文字が浮かんだ。
無意識は永遠。
無意識……。
『音の子……やはりあの女が言うことなどすべて嘘だった。何もかも……騙されたのだっ』
チャキっ
何か不穏な音がした。
早く……早くなんとかしなきゃ。みんながっ。
私は、バラバラに浮かんだピースを、必死に掻き集めながら……なんとか……立ち上がった。
改めて周りを見渡すと、血まみれの人たちや、お年寄りや子供が床で蹲っていた。
ここは異世界だ。
私のいた世界とは違う。言葉も通じない。知らない場所だ。
こんなところで私に出来ることなんてなかった。
でも
いろんな人が助けてくれて、なんとかやってこれた。
『よくもっ希望を絶望に変えてくれたな! 小娘っ!!』
トタタタっ
私は、壁の向こうの龍……ではなく、空風コトリの正面に勢い付けて走り込みっ。
『うっ!!』「うわっふっ!?」
ドガっ!!
同じタイミングで走って来た王妃を弾き飛ばしてしまった。
「あっすみませっ!」
横倒しになった王妃の手から、カラカラっと小刀が落ちて、床をすべった。
あれ……あれ? 今王妃何しようとしてた? なんか危ないものが……。
「っ!?」
寒気がした。
恐る恐る、空風コトリを見ると、赤い瞳が私を見据えていた。
気のせいか……大樹龍の目もこっちを見ている。
がっつり。逸らしようがないほど。バチっと目が合っている。
めちゃくちゃ怖い。
私は、全身の震えに抗いながら、唇の両端を無理やり持ち上げた。
「こっ……こんにちは~~」
頭を下げて挨拶をした。もうそれしか出来なかった。
「私の名前は森野夜フクっです」
龍は、冷たい瞳で、まだじっとこっちを見ている。
私は、脳内でとっ散らかった様々なものを掻き集め、言葉を探した。
目の前に居るのは、空風コトリ。音の子。音の子が呼んで龍が来た。たぶん。
音の子はこのために呼ばれた?
「私は、あなたを目覚めさせる音の子をこの世界へ連れてくるとき。巻き込まれてここへ来た異世界人……えっと言わば被害者です」
会話しなければ。こっちに興味を持たせなければ。
空風コトリは、パチっと瞳を閉じて、薄目を開けた。
「確かに。すまないことをしたようだ」
答えたっ!!
空風コトリじゃない。何もかも憶測。わけわからないけど。今空風コトリの声で、彼女の口で話をしているのは、そこにいる大樹龍に違いない。
『おまえっ』
王妃が、立ち上がって、何か言おうとしたので、小さく首を振って制した。
察してくれたのか、イラっと来たのか、それとも私が体当たりしたときのダメージが大きかったのか、黙ってこっちを睨むだけで、口を閉ざしてくれた。
話……話し合いしなきゃ。
私は、外で響く轟音にビクビクしながら、再び龍な空風コトリを見た。
「すまないと……思うのなら。なぜ街を攻撃しているのか教えて頂けっませんか? 私には知る権利が……あの……あると……その……思います」
「権利か……。そこに居る王に聞けばわかることだが」
「私は、この世界の言葉がわかりません」
間髪入れず返せたことに、私が一番驚いた。
「ああ。そうか……」
龍。意外と話がわかる?
期待を込めた瞳で、震えながら待つこと数秒。
「言葉がわからぬのはつまらないことだ」
龍は、翼をはためかせて街を破壊しながら、空風コトリを通じて、あっさりした口調で話し出した。
龍の話は、殆どハミグが読んでくれた絵本と同じ内容だったが、いろいろと驚愕の事実が含まれていた……と思う。
翼族が、各地に龍を封じるために宝珠の力を使用したせいで、この世界の音が二つに分かれているとか。
今こそ恨みを晴らすべしと感じたとき、唯一、人となった黒い龍と白い龍のどちらかが異世界へと旅立ち、龍を呼び覚ますことのできる音の子を連れてくるとか。
どれがこの世界においての新事実なのかは、王妃の反応でなんとなく理解した。
「えっと。じゃあ龍さんが恨んでるのは、王様のご兄弟ってことですか?」
私が注目したのは、そこだ。
「元はそうだ。しかし、甘んじてそれを受け入れ、のうのうと暮らしている人々こそ罪深いのでは?」
うーん。それはわからなくもない。
元凶にはもちろん腹が立つけれど、こそこそと便乗してる人々の方がひどい気もする。
トンっ
軽い衝撃。
足元を見ると、さっきの女の子が、私の服を掴んでいた。
皆が皆混乱している中、ただ立って会話しているだけの私の傍が、安心なのかもしれない。
同意なんてしてる場合じゃない。
糸口は恨み。呪いだ。そこに穴があるのかないのか調べる暇はない。あるってことにして、通すしかない。
「その……でもあの。恨みっていうなら、もうだいぶはらしてるんじゃないかなって思うんですけど」
「どういうことだ?」
私は、女の子の頭をポフポフと撫でながら、睨んでくる空風コトリに負けじと己を奮い立たせた。
「龍脈って龍さんと関係あります?」
「あれは、我らの命だ。今は世界中に根付き、人々にも浸透しているが、源は我らだ」
わからないようなわかるような。関係あるのは確かみたい。
「王の兄弟たちが、代々龍脈に殺されてるのを知ってましたか?」
あえて殺されてるという言い方をしてみた。
「龍脈に王族が殺されてる?」
空風コトリが、カクっと首を傾げた。
やっぱり知らなかったみたい。
『代々……王の兄弟となったものは、龍脈の乱れによる病、飛翔中に翼を失うなどして、亡くなっておる。王が決まって一年以内に必ず』
私の代わりに、王妃が答えた。
空風コトリは、王妃を一瞥して、また私のほうを見た。
「無意識に……恨みをはらしてたんじゃないですか? 裏切られ、閉じ込められる苦しみも相当でしょうけれど。延々と家族を失い続ける苦しみだって相当だと思います」
無意識は永遠。
あの手書きの文字はコレのことを言っていたんじゃないだろうかと思った。
長い年月が経ち、人々は龍の存在を忘れ、己で仕掛けた宝珠に苦しみ。龍は龍で、眠りの中で延々と人々を恨み続けていた。
「信ずる証拠は?」
そんなのない。
「あなた……音の子から聞いたことです」
せっかく上手くいってるのに、適当に返してしまった。
もっともらしいことが思いつかなかった。
冷や汗が背中を伝う。
空風コトリは、さっきと同じようにスっと目を閉じて、開いた。
「そのようだ」
なんと。
彼女の記憶を見れるの? スピード返答が思わぬ収穫を生んだ?
「十分やり返してるのに、目覚めたとたん大暴れはひどいんじゃないですか?」
私は、これを言いたかった。
どっちもどっちだからもうやめようって。
「我らが、無意識に王族を呪っていたのだとして。復讐は十分だというのなら、なぜ、白い龍は我らを目覚めさせようと音の子を呼んだ?」
轟音が止まない。
「白い龍は、命を賭してまでなぜ我らを?」
命……空風さんと私を連れてきた白い龍さんは死んだの?
白い龍さんはこうなることを知っていたのだろうか。知っていながら命を賭して龍を呼ぶとなると……。
『白い……白い龍の子っ……黒い龍は…………王族。余の子……だ』
後ろから声。振り返ると、王が……よろよろとこっちへ来て、王妃の肩に手を置いた。
『黒い龍は……王族だっ。あのものらは……異種族間の子ではなく……龍族なるものであったかっ…………』
王が、唇を嚙みしめ、震える声で言った。
白い龍が龍を呼ぶことを望んだ。
でも黒い龍は王族……リリョスさん……は……白い龍の子?
だったら白い龍が望んでるのは……きっと。
「黒い龍が王族?」
空風コトリが、眉間に皺を寄せ、目を閉じた。
記憶を遡っているのかもしれない。
「そんな……なぜだ……」
目を閉じたまま首を振っている。
今……やらなきゃ。
「リリョスさんっ。黒い龍なら教えてくれます! 連れてくるから攻撃やめてください!」
龍さんを説得するには、私の言葉なんかじゃ足りない。
私は、女の子の手をゆっくりと服から外し。
ここに居て、というジェスチャーをして、龍にも同じジェスチャーをして、返事を聞かずに外へ走り出た。
ゴウゥゥゥっ!! ドガっ!!
目の前に、木の枝が落ちて刺さった。
「ひっ!?」
火こそ上がっていないが、石造りの建物に太い木が刺さり、舗装されていた道も隆起したり穴が開いたり、ボロボロだ。
獣化して、すごいスピードで走ったり、ものすごい腕力で瓦礫を持ち上げたりとタフな動きをしている人もいれば、怪我人や、横たわっている人も居る。
『娘。余も行く』
ヒョイっ
体が浮いた。
王様が私のことを持ち上げて翼を広げ、あっというまに空中に上がった。
私は、お礼も、文句も言わなかった。この方が速く探せるからもう、誰がどうとかどうでもよかった。
風が止んでいる。
こわごわ大樹龍を見ると、待ってくれるつもりなのかじっとしていた。
『リリョスーー!』
私は、大声で名前を呼んだ。
下を見るのは怖いけれど、そんなこと言ってる場合じゃない。
上空からキョロキョロあたりを見回して黒い翼を探し、何度も名前を呼んだ。
「わっ」
グンっと王様が飛ぶスピードを増した。
吐きそう。
私は、口元を押さえて、体に力を入れた。
ブンっ
体が振り子のように動いて、足が地面についた。
顔を上げると、一面茶色。大樹龍の殆ど真下で。
リリョスさんっ
黒い翼を見つけた。
大樹の上に居た人を背負って、大枝の隙を縫って降りて来たところのようだ。
パサっ
軽い音と共に、ロップにしがみつかれたハミグも降りて来た。
無事だった。良かった。
フラミアさんも同じように、大樹に居る人々を降ろす手伝いをしている。
大きな耳族やトカゲっぽい人たちが、樹の幹をピョンピョンゾロゾロ、それぞれ人を背負って降りている。
『みなっ! 構え!』
凛々しい号令に目をやると。
イグライトさんの指示で、隊列を組んだ兵士たちが、矢を……火のついた矢を弓につがえていた。
『避難完了いたしましたっ!』
『待てっ!!』
『リリョっ!!』
王様と私が静止の声を上げたのと同時に。
ビャビャビャっ
弓の鳴る音。
グルギュオオオオオオオオオオっ!!
地鳴りのような咆哮で、全身が痺れた。
ゴォォォォォっ!!
私は、巻き起こった嵐に立っていられず、地面に手をついて、龍を見上げた。
体を震わせて炎の矢を弾く動きが、再び風と枝の嵐を起こしている。
少し走ればたどり着く距離なのに動けないっ。
『リリョスさん!!』
轟音の中、名前を呼んだ。
すると
黒い翼がグワンっと振り返り、見慣れた赤色が私を捉え
『っ!?』
この暴風の中、まっすぐ一直線に走ってきた。
「あぶっ!!」
ザザっ
二人の影が交差した。
前に出る王様。私を地面から救い上げ、転がりながらその場を離れるリリョスさん。
ミシシバキっ!!
すぐそばで大木が折れる音がした。
道に、大きな枝が刺さり。そのすぐそばに……横たわる王様が
『陛下っ!!』『父上っ!!』
フラミアさんとイグライトさんの声が、嵐の隙間から聞こえた。
『っ……くそ』
私を片手で抱え、もう片方の腕で王様を担ぎ上げたリリョスさんは、飛んでくるものをよけながら樹の根元へ走り込み、私をそっと地面に降ろして、王様を横たえた。
王様のマントの下にジワっと赤が広がる。
『何をされたかわかっておいでか!! 避けられたのにわざわざ飛び込みやがって!! どういうつもりだ!!』
もはや一国の王に向けての言葉ではない。リリョスさんは、ぐったり横たわる王を怒鳴りつけ、それだけでは飽き足らないのか、胸倉まで掴んで揺すぶった。
『あんたの命はっ息子や孫の命でもあるんだぞ!!』
『兄上っ!?』
止めに入ったイグライトさんを押しのけ、さらに言い募ろうとするリリョスさん。
怪我人を前に二人で押し合いへし合い、今にも手が出そうな雰囲気になったところで、王様がそっと片手を上げた。
が、二人共見ておらず、お互いの胸倉を掴みあった。
『おじいさまがっ!! おふたりとも!!』
ハミグが、ポンっと二人の間に割って入り、王様を指さした。
同時に、下を見た二人は、まったく同じ表情だった。
恐怖と怒り。真っ白な顔で、唇を嚙みしめている。
王様は、二人に手を伸ばし、しかし二人ともその手を取らず。ゆったりと落ちて
小さなハミグの手に拾われた。
王様は、ぎゅっと握ってくる小さな手をやんわり握り返して涙ぐんだ。
『余の世界は……家族だった。余は家族を救いたくて…………リリョス……お前を……その中に入れなかった。入れられなかった……。すまなかった。本当に……すまなかった』
王様が途切れ途切れに言葉を紡いだ。
『すまない……すまない。世界を救ってほしい。リリョス……すまない』
リリョスさんが、訝し気に眉を動かした。
王様は咳き込んで、うめき声をあげ、動かなくなった。
二人の王子も…………動かない。
『リ……リリョス殿っ! 手当するから退いてくれ!!』
フラミアさんが走り込んで来て、医者らしき人も慌てて王様の傍へ来た。
丁度上から避難してきたところらしい。
イグライトさんもリリョスさんも、放心している。
私も……あまりの展開で……自分が何をしに来たのか……何を……。
王様はリリョスさんを助け、リリョスさんは私を助け……。
私があんなところで座り込んでなければ。
冷たい氷のようなものが奥底からこみ上げて来た。
支配される。
これに支配されたら動けない。
全身が震え……助けを求めて……リリョスさんを見た。
リリョスさんも、私を見ていた。
辛そうな赤い瞳が……私を……みている。
私……助け……助け……たい。
『リリョスっ!! 戻る! 宝珠のところ戻る!!』
私は、場違いに元気な声を出し、来た方角を指さした。
嵐が巻き起こり、太い木が飛び回る空を、ピョイピョイ飛びながら指さした。
ここで長々と説明している暇はない。
とにかく連れて行かなきゃ。
『フク。戻ってどうする。今はこの大樹をどうにかしなければ』
ゆらりと立ちあがり、私を捕まえようと手を伸ばす彼。
私はそれを……華麗に避けた。
そして、みんなに背を向け、嵐が巻き起こる街へ飛び出した。
体が煽られ、こけそうになるも、なんとか足を動かして前へ。
『フクっ!!?』『フクーー!!』『何しとんねん!!』
後ろから呼ぶ声。
でも止まらなっ。
ガシっ
腕を掴まれた。
まだ十メートルも進んでないのに。
振り返ると、死にそうな顔をしたリリョスさんが、えらく荒い息を吐いていた。
ものすごく申し訳ない気分にはなったが、それでも止まれない。
私は、リリョスさんごとぐいぐい引っ張って。
「うわっ!!」
風に飛ばされかけ、結局抱き上げられた。
「ちょっとやめてください!!」
私は、手足をばたつかせて大暴れしながら、ひたすら行くべき方向を指さした。
『宝珠戻る!! 龍と話する!!』
『龍? 絵本の?』
リリョスさんが、ザっと横に移動して大木を避けつつ、そう言った。
私は、コクコクと頷いた。
彼は聡い。あの絵本の龍が今大暴れしている大樹のことなのだとわかって貰えれば、長々説明しなくても、察してくれるかもしれない。
『……向かいながら聞く』
リリョスさんは低い姿勢で走り出した。
宝珠の方へ。
やった!
私は、安堵せず、脳をフル回転させた。
『龍の呪いは、王族の呪い! 今龍が暴れるは、王族が兄弟に復讐のやつ!』
右へ左へ、飛来する木や物を避けている彼に話しかけるのは気が引ける。
『呪って、その上更に復讐してるっていうのか?』
そこーー!
さすがリリョスさん! 話しが速い! ときどきすごく遅いけど! 今は速くてよかった!!
『龍は眠る間、無意識な呪いしてた。そりが王族の呪いっきゃああああああ!!』
避けようもない大木が正面から飛んできた。
リリョスさんは、体を後ろに倒して私の顔面を固い胸板に押し付け、地面をスライディングして、大木の下をすり抜け、間髪入れずに起き上がり、私を抱き上げて走り出した。
心臓が冷えた。
『はぁっはぁっで……人ぬ……になった龍が、リリョスさんとお母さんです』
体を動かす信号が滞った。けれど、口だけは動く。
『……彼女は……龍を呼ぶために異世界へ行ったってことか。王族……呪い……龍』
考え込みながらも足を止めないリリョスさんがすごい。
薪を背負いながら勉強するよりすごい。
『龍は聞いてるます。白い龍が、なぜ自分を呼んだのか』
リリョスさんは、ハっとして立ち止まった。
『なぜって……世界を……』
暴風の中、棒立ちになってしまった。
あと少し、建物一つ越えたところに立派な白い建物が見えている。
それなのにリリョスさんは、根が生えたようにその場から動かない。
私のことをしっかり抱き上げたまま、風に揺らぐこともなく、じっと……。
考えている。迷ってる? 置いて行かれた子供のように、不安な顔で。
何か。何か手助け。
私は、龍との会話やら何やら、他に伝えるべきことがなかったか探した。
『世界……を』
ポツリ
リリョスさんが呟いた。
世界。
そういえばさっき。
『世界は……家族?』
王様が言っていたことだと、一瞬思い出せなかった。
連想ゲームみたいに、こぼれた言葉だった。
リリョスさんが、私を見て……あっと……口を開け、しゃがみ込んだ。
大木が飛んできたからじゃない。
リリョスさんは、私を片腕で抱え、片手で目元を覆い、口を引き結んだ。
何かに耐えている。何か……。
なんだろう。
私は、知りたくて、彼の、目元を覆う手を引っ張った。
現れたツヤっと綺麗な赤は、なぜか澄んだ湖を想わせた。遠い色なのに、静かで寂しい。孤独な瞳。
一人で耐えないで。
私は、体を起こして、彼の首に腕をまわし、吹き荒れる嵐に負けないよう、彼の耳元にそっと唇を寄せた。
『好きです』
声を掛けよう。
そう思ったはずが、さまざまな恐怖体験で脳と心が離別したようだ。
このタイミングじゃない。そんな場合じゃない。とわかっているのに。
『私、リリョスを……愛してます』
これ以外の異世界語が浮かばない。
「大好き……」
バササっ!!
風で舞い上がった黒い外套に、視界を覆われ、彼から体を離した。
暗闇の中光る二つの赤。心も体も……吸い込まれる。魅入られて動けない。
フっと熱い吐息を唇に感じた。私のじゃない。私はもう何もかも奪われて、息すらしていない。
柔らかく熱い感触に、思考がプツっと途切れた。
暗い。何も見えない。けれど怖くない。
もう何も怖くない。
「んっ……」
バサっ!!
浮遊物が舞う激しい空が戻って来た。
私は、ハっとして息を吸い込み。もう一度ハっとして。
けれど、自分が今何をしようとしていたのか思い出せない。
ブワっと体が浮いた。彼の腕の中。抱えあげられている。
見上げても、目は合わなかった。
リリョスさんは、しっかり前を見て、一直線に走りだした。
バンっ
ドアを開けて、宝珠のある建物の中へ入った。
集まる視線。
私は、ようやく自分の目的を思い出した。
なんやかんや、成功してる。ここまでの道のりが真っ白だけど。成功は成功だ。
リリョスさんは、倒れ、傷ついた人々の間を通り。何か話しかけて来た王妃の前を素通りして。
私をそっと地面に降ろしてから、真っ黒な翼を広げ、凛と背筋を伸ばした。
空風コトリがまっすぐ彼を見ている。
「我が同胞が……王族とは真であったか」
残念がっているのか、呆れているのか、空風コトリを通した声音からはわからない。
火矢については言及せずだが、後ろの龍は、翼をはためかせ、嵐を起こし続けている。
リリョスさんは黙って、遠く暴れる龍に目をやった。
龍も、ギギギっと首を動かし、こっちを見た。
一対一。
物理的にも見た目的にも力の差は歴然だというのに、彼の横顔からは、大樹龍に劣らない強さを感じる。
大樹龍が、翼を動かすのを止めた。
片手間に相手は出来ないと感じたのかもしれない。
風の音が少しづつ静まっていく。
「白い龍はなぜ我らを呼んだ?」
いきなり本題。
片言でも説明しておいてよかった。
リリョスさんは、軽く息を吸い込んで、肩の力を抜いた。
『彼女は、世界を救うと言って、旅立った』
「世界を?」
『俺…………同胞が……生きていく世界を救うために、命をかけたんじゃないかと……思う』
ビクっと揺れた彼の手に、私も同じくビクっと驚き、反射的に握ってしまった。
さっきから、タイミングを外してる。
さっき……。
私は、かぁっと上ってきた熱を、気合で押さえた。
『宝珠によって分けられた世界。争い、奪い合う……恨みの連鎖を止めるために、彼女は……俺を王族にした。
俺の存在は証だ。命をかけた彼女の……想いそのものだ』
強く握り返された。
空風コトリの赤い瞳が、動いて、私とリリョスさんの間、握った手を見ている。
真面目な話をしてるときに何をやっとるんだこいつらは。
と考えていそうだけど、空風コトリじゃないから、違うか。
「ならば」
空風コトリが赤い瞳を見開いた。
「黒い龍よ。我らの恨みを鎮める最後の王族としてそなたの命を貰おう」
「はぁ!?」
私は、思わず大声を出し、リリョスさんの手を離して、空風コトリの元へ迫った。
彼女じゃないのは理解しているのに、彼女がしゃべっているから、体が勝手に動いた。
『……それで……世界が救われるなら』
「なっ!」
空風コトリの肩を掴んで振り返ると、リリョスさんは、意外にもニっと笑っていた。
『と数分前なら考えたかもしれない』
「拒否するということか?」
『俺は白い龍の証だ。彼女が救うと言った世界には俺が居なくちゃならない。だからそんなことは出来ないし、他の王族の命もやれない。
既に全部が俺の世界だからな』
一瞬リリョスさんと目が合った。
王妃が、何か呟いた。聞こえたけど、訳さなかった。悪い言葉ではないとは思う。
「ではどうする? 戦うか? 我らと」
空風コトリの一言に、パチっと空気が弾けた。
両者の気配が、あきらかに変わった。肌がピリピリする。
床に座り込み、泣いていた人が、声を殺すほど。
喉がギューっと閉まる。お腹痛い気がする。気分悪い。
リリョスさんは、きっぱり否定したわりに、考えあぐねているのか、黙ってしまった。
戦うなんて絶対だめだ。あんなのと戦ったらみんな……みんな無事ですむわけない。
かといって、リリョスさんの命云々なんてありえない。
この二択おかしくない?
死ぬか死ぬかって。一択だよ。おかしいよ。
リリョスさんが、引き結んでいた口をフっと緩めた。
私は、空風コトリの肩を掴んだまま、視線だけで、おかしいよって伝え続けたけど、目を合わせてくれず。
「俺の……」
「話し合いっ!」
私は、大声を上げた。
何か話しかけたリリョスさんが、まん丸な目で私を見た。
「もっといっぱい! こんな数分じゃなくて! 何時間も何日も! 話をした方がいいと思います!!」
私は、空風コトリの肩から手を離して、挙手した。大樹龍にも見えるように、つま先立ちで、天高く手を上げた。
パチっ
空風コトリが赤い瞳を瞬いた。
「せっかく言葉が通じるのに!! 戦うとかそんなっそういうのを、こんなちょっとの会話で決めるのってどうなの? いっぱいの人で集まって話し合えば、今より最善の答えに辿り着くでしょ? って……思ったから今日……ここに来たんでした……」
尻すぼみになりながら振り返ると、リリョスさん含む全員が、何言ってんだこいつって顔をしていた。
うん。そりゃそうだ。私、日本語だし。
死ぬほど恥ずかしい。けれど、自分の言ったことを訂正する気はない。
せっかく持った願いや希望をすぐに手放そうとするリリョスさんなんて嫌いだ。
さっき好きっていったけど。
え。好きって言った? 言ったよね。異世界語で……日本語?
スっ
空風コトリが、しゃがんだ。崩れた壁の向こうにいる龍が、大きく口を開け。
ゴゥ!!
『フクっ!!』
一直線に飛んできた何かで視界が塗りつぶされた。
後ろから腕を引かれた。
覆いかぶさってくる黒を突っぱねようと、手を伸ばしたけど、倒れながらでは力が入らなかった。
ドサっ!!
音だけで、なんの衝撃もない。背中もどこも痛くない。重みしかない。
『リリョスさん!!』
叫んだら、重さから解放された。
『フクっ! 無事か? どこも痛くないか?』
リリョスさんは、無遠慮に私の足や手やお腹や顔や、いろんなところ確かめてから、長く息を吐いた。
私は、口を開けたまま、リリョスさんの顔をペタっと触って。
停止した。
何か飛んできた。たぶん大樹の枝だ。
首と視線を動かし、リリョスさんの背中に手をまわして、触った。
どこにも刺さってない。床に跡すらない。
「そうか……」
空風コトリの鋭かった気配が、少し和らいだ気がした。
私は、リリョスさんに引っ張られて立ち上がった。
「そう……か」
龍は二度同じことを言った。
私も、リリョスさんも、口を開けたまま、壁の向こうにいる大樹龍を見た。
龍も、私たちを静かに見ている。
「黒い龍が、白い龍と同じ答えを選ぶのか試した。我らに同胞を殺す気はさらさらない」
『俺が死を受け入れれば、白い龍の願いも真実であると?』
「わからない。ただ……我らの恨みは深い。しかし無意識に復讐をし続けていたのだとすれば。その恨みもまた深い。
今すぐ許すことも許されることも、考えられない。
その娘の言う通り、話し合いが必要なのかもしれない。が我らには時間がない。
音の子の体を借り、言葉を発することが出来るのは、残り僅かだ。
己を納得させたく、試すようなことをしてみたものの、黒い龍の言う通り、矛盾した質問だった」
「今の……今の木が飛んできたのは?」
「幻だ。お前があまりに正しいことを言うから、少し……な」
無傷とはいえ、めちゃくちゃ怖かった。
相手の事情も知らず、自分の意見を押し付けるっていうのは、大変恐ろしいものなのですね。物理的……幻的に。
『宝珠で、人の姿になれるんじゃないのか?』
「我らは、各地に封じられた同胞と通じるため、この地に龍脈を張り巡らせた。長きにわたり、そうしてきた。ゆえにこの地と同化してしまった。もう空を飛ぶことも出来ない。ただ一度の復讐のためだけに、自我を残して居たに過ぎない」
空風コトリが、足をふらつかせ、宝珠に手をついた。
時間がないというのは本当なのかもしれない、赤い瞳が、少しづつ黒に戻っていく。
なんだかあっけなくて、いろいろ信じられない。
この短時間で、ものすごくたくさんの事件が起きて、なんとかしなきゃって動き回ってたら、大本が自主退場なんて。
空風コトリは、リリョスさんと、それから私を見て、絞り出すような声を出した。
「お前たちは……人を愛せたのか」
大樹龍が、ギギギっと大きな音をたてて、ただの大樹の形に戻っていく。
『ああ』
リリョスさんが、強く肯定した。
空風コトリは、フっと笑い、ガクっと前のめりに倒れた。
私は、思わず彼女に手を伸ばして――。
ふと気が付くと、校門の前に立っていた。空風コトリと一緒に。




