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転々と追いやられてもなんとか生きています  作者: みやっこ


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第三十一話 りんりんおとのこ

「」は日本語、『』は異世界語です。

玄関先で、スワルさんが神妙な顔をして立っている。


リリョスさんの邸に住むことになって早二週間。スワルさんが来たのはこれで二度目。

一度目は、引っ越しアンド婚約祝いなる、飾り灯篭を持ってきてくれたとき。


僕がトムに言ったことは全部忘れろよ……と。


渡す瞬間言われたのは祝いの言葉じゃなかったし、さっさと帰ってしまった。

今回は


『なんの用だ?』


リリョスさんがそっけなく聞いた。スワルさんは、ググっと首を伸ばして、息を吸い込んで吐いて、それからもう一度吸い込んだ。


『突然すまない。フクに来てほしいんだ』


私の話?

らしいのに、スワルさんはリリョスさんのことしか見ていない。

これは、婚約者という設定が生きているからなのか。フリでいいとフラミアさんは言ったけど、誰に対してフリをすればいいのか聞きそびれてしまった。


『私……』


前に出ようとしたら、さりげなくリリョスさんに進路を塞がれた。

モフっと彼の背中にぶつかって、見上げると、ちょっと甘い顔で見降ろされた。

甘いっていうのは何というかこう、やたらに優しいというか、そんな感じだ。


『はぁ』


スワルさんにため息つかれた。


もしかして、今のやりとり婚約者らしからなかったとか。

仲良くしているとは思うけど。


食事中に他愛ない話をしたり。樹の下へ連れて行ってもらったり。街までは立場上なのか、今は連れていけないと言われたけれど、地に足を付けて散歩するのは楽しかった。


横を歩いて、ぽつぽつ会話して。腕がときどき触れる。


始終ドキドキしているわけでもない。ふとした瞬間。心臓が飛び出しそうになるけれど、ものすごく穏やかなときもある。


このままでいいような。何かがものすごく足りないような。

意識して婚約者らしい行動を取ったことはまだない。


『コトリ様が、部屋から出てこないんだ。僕らじゃどうしようもなくて、フクに彼女と話をしてほしい』


「えっ?」


『恐らくこの間のこと……を気にしておられるのだと思う。彼女に付いている使用人が、フクのことを聞かれたそうでな』


この間。空風コトリ関連のこの間と言えばあれしかない。私が、他人の家に凶器を持って侵入し、人質を取ったあれ。


『出てこない方がいいんじゃないのか? うろうろされても迷惑だろう』


リリョスさんの言葉に、スワルさんがムっと美少女顔を険しくした。


『迷惑などではっ……食事をあまりとられていないから心配なんだ。このままでは倒れてしまう』


「えっ!?」


そこまで!?


サァーっと血の気が引いた。純粋に彼女を心配してじゃない。私のせいだったらどうしようという、自分本位な考えが大半を占めた。


『いっ行くます』


彼の背中から顔を出して答えたが、スワルさんはやはり私を見ない。リリョスさんの答えを待ってるようだ。


『本当に話をするだけか?』


『ああ。誓って』


最初からずっと不機嫌なリリョスさんに、瞬きもせず答えるスワルさん。

二人は暫く睨みあい。

目の奥だけで会話をすませたのか。


『お前以外の者が居る場で会話させるのはなしだ。誰も近づけさせるな』


『もちろん』


スワルさんは、パァっと輝いた目をして、ようやく私が居ることに気付いたような顔をした。


今話しかけてもいいのかな。


一歩前に出ようとしたら、リリョスさんに軽く肩を叩かれた。


『俺は今日……出るから』


「っ……」


私は、スワルさんがつられて反応するほど、ビクっと体を強張らせた。


出るって……。


この二週間の間に彼が家を空けたのは二回。そのうち一回は、戦に出たのではないかと……思う。前ほどではないけれど、様子がおかしかった。

私は、その日の夜、泣いて縋って行かないでと喚く、情けない夢を見た。


吸い込んだ空気が冷たくて、どこへ? という言葉が、喉の奥で凍り付いた。


『っちゃんと僕が責任持ってここへ連れ帰る。約束する』


『ああ。頼む』


スワルさんは、心配そうな顔で私を見て


『あのっ兄上っ』


『フク。今日はすぐ帰れるから。ご飯は一緒に食べれる』


あからさまに遮られ、口を閉ざした。


『は……い』


私は、いろいろ、グググっと抑えて頷いた。


早く行かなきゃ。


『用意するです』


『えっ? あ……いや後で迎えに』


『すぐするます』


私は、部屋に戻ってリュックを背負い、廊下を走って、二人の横を通り抜け、庭に出た。


行かなきゃ。


追いかけて来たスワルさんが いいのか? という顔で私を見たけど、気付かないふりをした。

リリョスさんは、まだ玄関に居るのか、それとも部屋に引っ込んだのか。足音もしない。


私は、振り返らず、リリョス邸をあとにした。

あの夢を現実にするわけにはいかない。ただ行かないでと引き留めるなんて、絶対駄目だ。

でも……ただこの家で見送るだけっていうのも……納得いかない。


あの日の強い気持ちは、残り香のように儚く、けれどまだ私の中にある。微かでも、必死に掴んだ瓶の感触が残っている。


ガタンっ


幹の中を昇降する籠が、最上階で止まった。

原理がわからないのと、割と剥き出しなので、何回乗っても怖かったけれど、今日はそうでもない。


スワルさんが先に降りて、さりげなく私をエスコートしてくれた。


『ありがとうございます』


『いや』


言うや否や、スワルさんは、さっさと前を歩き出した。急いでいるのかと思ったけど、どうやら違うようだ。


ヒソヒソ囁く声がするし、めちゃくちゃ見られている。


どこまで話が通っているのか、婚約に関する正式なやりとりや、誰かに紹介されたりっていうのが今のところなくて、それはそれで大変ありがたいんだけど、噂が独り歩きして、ハードルが上がっていくのは恐ろしい。


がっかりした顔をされるのは、ダメージ大だ。いっそ、平々凡々な女だってだけでも公表しておいてくれたら……それはそれでショックか。


スワルさんは、途中から競歩のような速度になった。


『スっワルさん。私気にしないでぇす。言葉わかるませんので。気にならない』


ようやく人通りの少ない場所に来て、声を掛けたが、速度は変わらず。


『だったらさっさと言葉を覚えて王子の嫁として言い返せ』


門番に門を開けて貰い、さっさと建物内に入っていく。


『まっ……まだ嫁違う』


『いずれそうなるんだろ』


いずれって。

いずれが来るのも来ないのも、複雑な心境で、答えに詰まる。


『僕は賛成してるから』


「えっ?」


『ついたぞ』


「うわっはいっ」


つい日本語で返事をして、急ブレーキをかけた。かろうじてぶつからなかったけれど、ギリギリで止まり、慌てて直立する。

スワルさんは、大きな目をパチパチと瞬き、咳払いをした。


あれ? ここどこだろ。


ぶっ壊れた屋根の部屋からは移動したらしく、以前来たときとは違うドアだ。


コンコンっ


『コトリ様。フクさんが来ました。お話でもとおっしゃられておりますが……』


軽くノックして声を掛けたが、部屋の中からは、何の音もしない。

返事もない。


『コトリさ……』


ドガっ


ドアが揺れた。

耳を澄ましたら、ゴソゴソっと衣擦れのような音がした。


何かぶつけた?


『えっと……この中居るますか?』


どうすればいいのかと横を見たら、誰も居なかった。

スワルさんは、ドアからちょっと離れたところで肩を落とし、額を壁につけ、項垂れている。


どうしたんだろ。


傍に行き、顔を覗き込もうとしたら、フイっと背けられた。


『フクでもダメとは……』


一蹴されたことがよほどショックだったらしい。

もしかしたら、あらゆる手を尽くして、最後の最後に私を呼んだのかもしれない。

期待にそえず、さらに彼女にやったことを今日の今日まで……忘れてたわけじゃないけど、考えもしなかったことが、申し訳ない。


『本当は……僕が……なんとかして差し上げたいんだ。兄上じゃなく僕を護衛として選んでくれたコトリ様を……責任もって最後までお守りしたい。でも……やはり、僕では何の役にも立てないようだ』


『スワルど……の』


『呼び捨てでいい』


『私、こそ役立たずだけど、なぬもしてない』


慰めようとか、そんなんじゃなく本気で。

スワルさんが何もしていないなら、私なんてもう、何もしていないの極みだ。


『えっ!? いやっそんなことないだろ』


『毎日、ご飯食べる。寝る。しかしない。リリョスさん行くで、私……』


リリョスさんの行き先のことを考えたら、喉が詰まる。


『だっ……だからほら。今僕頼みごとしてるだろ。彼女と話をしてくれって』


『コトリ気遣って、私連れてくるはスワルです。そりは、スワルの頑張り』


『えっ僕……?』


『はい。コトリに心を……崩す? 配る? 他人にそれするは、すごいです。守るしてます』


スワルさんの真っ白な頬に、少し赤みがさしたのを見て、ちょっとだけ喉が楽になった。


『私、話します。ドアと』


『えっドアと?』


ドア越しにと言いたかったんだけど、まあいいか。


とにかく、この間のことを弁明というか、彼女に悪意を持ってやったわけじゃないのだということだけでも話そう。


グっと拳を握って頷いたら、スワルさんもつられたように頷いた。


「よし」


私は、気合を入れた。

彼女と話すと、いつも自分の言いたいことを言えずに終わってしまう。

この間は、私が一方的に捲し立ててたけど、あれも会話とは言えない。


ドアを見つめ、一言目を探す。


「…………」


横からものすごい視線を感じる。

お願いだから期待はしないでください。


『少し。どっか行く。頼むます。二人の話がします』


私は、スワルさんに頭を下げた。


『えっ……ああ……。わかった。じゃあそこの曲がり角に居るから。もしも人が来たら、すぐに呼んでくれ』


私は、頷いて、深呼吸してから再びドアと向き合った。

スワルさんの足音が離れていく。


兎に角、まず謝罪だ。

なんとなく癪に障る部分がないではないけど、あのとき彼女は何も悪くなかったわけだし。巻き込んでひどい目に……遭わせて……。


数々の事件がフラッシュバックした。

私は、根に持つタイプだったのか。ここまで人と揉めたこともなかったので、知らなかった。


「あのっさ」


喉に力を込めたら、第一声はクリア出来た。


「あの……その……この間はごめん」


若干ふてくされた声で言ってしまった。


「何が?」


さっきと違ってすぐ返事がきた。スワルさんが近くに居ないことに気付いているのだろうか。


「何がって……その」


「フクちゃんってさ、元の世界に帰る気ないの?」


「えっ」


「帰ってもクラスでハブられて楽しくないから、ここに居る?」


「いや……そんなんじゃなくて」


迷いの根幹を突かれ、考えていたことが散り散りになっていく。


「じゃあ何? ここの人たちが心配で帰れないとか? いい子ぶるのやめなよ」


「は?」


「こっちに居る方が楽なんでしょ」


「違っ……」


「違わない。わかるもん」


「っわかるはずない! 空風さんと一緒にしないでっ」


喧嘩しようと思ってきたわけじゃないのに、売り言葉に買い言葉で声を荒げてしまった。


「一緒でしょ!!」


ガチャっ


勢いよくドアが開いて白く細い手に腕を掴まれ、引っ張られた。

私は抵抗することなく、薄暗い室内に足を踏み入れ、淀んだ空気にむせそうになった。

色とりどりの服や帽子、靴などが散らかっている。


握られた腕が痛い。


「離してっ」


空風コトリは、赤く腫れた目で、私を見上げた。

泣いていたのかと思うと、胸がもやもやする。


「本当に好きなんだ。こんなわけのわからない世界に居る人のこと」


「……何?」


「あの人の本心も確かめてあげようか?」


「何がっ? 何のこと? よくわかんないんだけどっ」


「私空気読める子だから」


「はぃ?」


彼女がおかしなことを言ってるのか、私の理解が遅すぎるのか、よくわからなくなってきた。


「小さい頃からそうだった。なんとなく……好きとか嫌いとかわかった。だから、みんなが嫌だと思うことはしなかった。妹と違っていい子で居たんだよ私」


なんで急にそんな話?


「それなのに……お母さんは妹を連れて行った。私じゃなかった。同じ顔なのに……いい子じゃない方を選んだ。お父さんも私じゃ嫌みたいだった。

気付いたけどついていくしかなかった」 


私の腕を掴んだまま、早口で話続ける空風コトリ。


「転校先の子たちもそうだった。転校生は転校生らしく、慎ましくしてろって空気出して。

私……その通りにしようと思ったよ。

でも出来なかった。

なんで私……誰にも選ばれないのに、みんなの気持ちを尊重しなきゃいけないの? みんなにばかり良い思いさせなきゃいけないの?」


私は、よくわからない彼女の告白を、自分に置き換えようと咄嗟に想像力を働かせた。


たぶん、あの日もそうした。


校門の前で呼び止められたとき。

彼女は、私を利用して友達を作って、また駄目になったから私のところにきたのだと。

そう思って腹が立って拒絶した。


あれは間違ってたの?


思えば、すべてが唐突だった。

私が孤立するのも。彼女が女子の輪に入るのも、そこから出るのも。ここへ来てからの出来事も。


空気が読めるって、わざわざ宣言するのも変だ。

特殊能力的な? それは考えすぎ?


何を求めてこんなこと言うの?


何を……。


「私……空風さんの妹じゃない」


ぐるぐる考えているうちに、ポロっと零していた。


「っ……」


空風コトリが、怯え、傷ついた目をした。


「あの……でもまあ。その……好きは好きなんだけど……ほんと帰りたくないとかじゃなくて」


私は、強引に話を戻した。

気の利いた言葉も、優しい言葉も出なくて、誤魔化した。

これじゃ、彼女の弱音を無視したみたいで、けれど、これ以上土足で踏み込むのも怖い。


「どうせ死んじゃうのに?」


空風コトリが、不安定な表情で唇の端を持ち上げた。

クルっとした大きな瞳は、本当に空気……いや……何かを読んでいるようで、私を映していながら、私を見ていなかった。


背筋がゾっとした。


音の子。


私は、彼女がこの世界に呼ばれた特別な存在なのだということを……初めて意識した。


読んでくださり、ありがとうございました。

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