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転々と追いやられてもなんとか生きています  作者: みやっこ


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第二十七話 あいたい

「」は日本語、『』は異世界語となっております。主人公は異世界語が、怪我で頭が朦朧として余計に理解出来ない状態です。

『音の子様っ!?』


 イグライトさんが、後ろに付き従う兵士に指示を出し、狭い廊下で陣形を取らせた。


 どうしよう……。


 合っているかどうかわからないけれど、ハミグやロップが、イグライトさんと王様の帰りを待とうとか、彼らと協力し合うことを考えていたはずだ。

 

『陛下っ! この者が勘違いをして音の子様を人質にっ』


 か弱い声で王様にすり寄る王妃の動きには無駄がない。

 

 先手必勝!? 


 私は、状況を掴めないまま、とにかくあちらの言い分だけでは不利になると、言葉を探した。


「王妃がっリリョスに毒を盛った。王妃が持っている毒がなければ解毒できず、リリョスが死……死んでしまう。毒渡さないと……」


 果たして、追い詰められた犯人の言葉をまともに受け取ってくれるのか。

 大人数に囲まれて弱気になり、脅し文句まで空風コトリに言わせることは出来なかった。


 あっちは家族で、こっちは犯人。


 分が悪すぎる。


『王妃……』


 殆ど二人同時。王様とイグライトさんが、顔をこわばらせ、王妃を見た。

 

『陛下。報告は受けておられるでしょうか。

フラミアの病が再発したようで……恐ろしいことが起きてしまいました。

私がやったなど、あの者の勘違いなのです。あの者は異世界から来た者。言葉がわからないのですよ』


 王妃は、そんな二人の様子など気にすることなく、自分の世界を展開している。

 代わりに王妃の後ろに居る女性が、首を振って、申し訳なさそうに頭を下げた。


 王様は深いため息。イグライトさんは、無表情になった。


 今の態度。私じゃなくて、王妃の方が疑われてる? だとしたら……空風コトリを解放して、事情を説明した方がいいの? 

 

 チャキっ


 横で物騒な音がした。スワルさんが、私の隙をつこうと狙っている音だ。向けられた切っ先を意識すると、肌がピリピリして、鼓動が早くなった。


 今、空風コトリを解放したら斬られる。


 冷たい汗が背中を流れ落ちた。

 集中しなきゃ、体が震えて崩れ落ちそうだ。


「っ……」


 フックを持つ手が重い。


 ありとあらゆるところが痛いおかげで、いつもより思考が鋭いけれど、体が燃えるように熱く、視界がぐらぐらする。


『今、フラミアがリリョス殿に仕向けた偽医者を追っております。毒はその者が持っているはず。フラミアに罪を認めさせ、偽医者の居場所を聞き出しましょう』


『死地から帰ったものに追い打ちとは……なんと余計なことを……』


『陛下。策を考えたのは私。行かせたのは陛下です。国を想いやむなくリリョス殿を危険な目に合わせた私たちと、我が子を想うあまり気狂いしたフラミア。

想いは違えど、やったことは同じなのではないでしょうか。どうか、私の罪悪感を救うとおもって、フラミアには寛大な処置を。みなで協力しあい、リリョス殿を救うのです』


 まるで芝居だ。

 一人芝居じゃない。王妃の言葉を止められない王様も同じ舞台に立っている。

 イグライトさんは、立たされているように見えるが、黙っているので同じだ。


 観客……廊下に居る人々が顔を突き合わせ、ひそひそと言葉を交わし、廊下の空気を淀ませていく。


 時間がないのに。


 私は、イライラして


ダンっ!!


 床を踏みしめた。足首から頭の芯まで激痛が走った。


「フラミアさんは犯人じゃないし。私は王妃が毒を渡してくれない限り音の子を解放しない。三十秒待つっ……何それっちょっと待ってよフクちゃん!!」


 痛みで息も絶え絶えになりながら、空風コトリに己の命運をカウントするよう言った。

 何やらごちゃごちゃ口答えするのでフックを動かしたら、震えながら数えだした。


 王妃の舞台になんて上がっている暇はない。

  

『待て! その方を解放してくれたら私がなんとかする!』


 イグライトさんが、全然焦っていない声で言った。


 具体的じゃない。


 何とかってなに? 何とかじゃなくて毒がいるのに。 王妃が持っている毒が必要なのにっ……。


 イラ立ちが頂点に達した私は、更に脅す要素はないかと視線を巡らせ……


『母上っ……』


 お母さん。


 横から聞こえたスワルさんのつぶやきが、頭の中で日本語になった。

 途端に、熱くなっていた頭がスーーと冷えた。


 お母さん。


 早くしないと、リリョスさんが死んでしまう。フラミアさんが犯人に仕立てられてしまう。

 けれど、王妃が己の罪を認めたとしたら


 ハミグの絵を踏んで、リリョスさんを馬鹿にして、殺そうとしてるあの人は……スワルさんの……。


 目の前がジワっとにじんだ。

 必死で涙をこらえたけれど、またこみ上げてくる。

 泣きそうな顔で横を向くと、スワルさんと目が合った。


「スワっ……」


 思わず呼びそうになって、飲み込む。

 彼は、アっと口を開けたが、何も言わなかった。


「二十五っうううっ二十六っ」


 空風コトリのカウントがあと少しで終わる。

 王妃が悪い。王妃のせいなのに、どうしようもない嫌な気分に苛まれる。

 

「二十七っ」


『まっ待てっ!』


 王妃がたまらずといった感じで声を上げたが、その場から動く様子はない。

 私は、カウントをやめかけた空風コトリの腕をグっと強く握った。


「にっ二十八……」


 イグライトさんが、剣の柄に手を伸ばし、姿勢を低くした。

 王様は、俯いて動かない。


「二十九っ」


『誤解なのだ……娘っ誤解なのだ!! その者を殺すのだけはやめてくれ!!』


 王妃の叫びが屋根をミシっと鳴らした。

 

 ん? 屋根?


「三じゅっ」

 

ドォォォンっ!!


 轟音。


『なっ何事っ』


『王様っお下がりください!!』


『きゃああ!』


 頭上から吹き込む雨風。

 廊下を舞う葉っぱと羽の中に、二つの影。

 天井をぶち抜いて落ちて来た二つ……二人が、翼を広げ、立ち上がった。


 薄桃色と南国の色。


「っ……」


 フラミアさんとハミグが立っている。

 思わず呼びかけそうになった私に、ハミグが、私が屋根ですっとばした虫かごを、軽く掲げて見せた。


 ハミグっ!!


『誤解なのです!! 陛下!! 旦那様!! 王妃殿下!!』


 フラミアさんのよく通る声が、阿鼻叫喚になりかけた廊下と、焦る私の気持ちを鎮めた。

 その場に居る全員が、四つん這いだったり、王様や王妃を守ろうと立ちはだかったままの形でピタっと動きを止め、二人を見た。


『フラミアっハミグ……?』


 今の一瞬で抜刀していたイグライトさんが、剣を降ろした。


 フラミアさんは、サっと乱れた髪を後ろに流して身なりを整えてから、王様とイグライトさんに頭を下げた。


『どうしてもお伝えしなければならないことがあり、部屋を抜け出してまいりました』


『抜け出し……そなたっ……なっ何んてことをっ』


 陸に上がった魚のように口をパクパクさせる王妃を、王様が、片手で制した。さっきまで言われっぱなしだったというのに。


『伝えるべきこととはなんだ。申してみよ』


 期待に満ちた瞳、とは少し違う。王様のフラミアさんに向ける眼差しは、肩の荷を下ろしてほっとしたような、脱力したものに見えた。


『感謝いたします陛下』

『天井を突き破るなどっ』


 またも言い募ろうとする王妃を、後ろに立つ女性が小声で諫め。

 その隙に、フラミアさんは、廊下の真ん中、私と王妃の間に移動して、イグライトさんの方を向いた。


『その前に、なぜ音の子様に巻き込まれて異世界から来たものがここに居るのかということをお話ししなければ……旦那様もみなさまも、不思議に思われているでしょう?』


『ああ……そうだな。確かあのものは、こやつに任せて、市井で暮らしているはずだった』


 ど派手な登場シーンを無視して話を進める王様と息子夫婦に、周囲の人々は困惑顔だ。

 イグライトさんの斜め後ろで、私を小屋にほりこんだ男が、ギクっと肩を揺らした。


 一体何を言うつもりなのか。


 その場に居る全員が、息を飲んだ。


『すべては』


 天井に開いた穴から降り注ぐ雨の音に、フラミアさんの声が重なる。


『フクと……リリョス殿の恋路を見守りたいという私の女心のせいなのです』


 時が……止まった。

 かと思った。

 衣擦れの音すらさせず、全員がポカンと口を開けた。


『こ……恋路?』『女心……』


 イグライトさんと、彼の斜め後ろに居る男が目を瞬かせ、呟いた。


 明らかに様子がおかしいので、せっついて空風コトリに訳してもらった私は、時間差で開いた口がふさがらなかった。


『実は、リリョス殿と異世界から来た少女……フクは、魚を捌く小さな庭で知り合い、恋仲となっておったのです。ときどき会って言葉を交わす程度の逢瀬でしたが、二人は仲睦まじく、とても幸せそうにしておりました』


「はっ?」


 空風コトリが、つい、という感じで声を漏らし、フラミアさんの話が早すぎてついていけない私が、訳してっ訳してっと言っても、全然反応してくれなくなった。


『それなのに、フクはあの場から移動することになってしまい……心底あの場所に居たがっておりましたから、なぜあのようなことになったのか。音の子様の勘違いだとしか思えませんが』


「私っ違うもん」


 空風コトリの声に反応する人はいない。


 私が言うのは本当になんなんだけど、人質状態の彼女の存在を無視するほどの話しって一体何?

 恋路がどうっていうのが続いてるの?


 どうしよう。味方であるはずのフラミアさんが何を考えているのかわからない。


『哀れに思った私は、そこの旦那様の側近に無理言ってフクの身柄を密かに預かり、リリョス殿の邸に住まわせておりました。婚姻も結んでおらぬ男女を一つ屋根の下になど不謹慎と思われるでしょうが。フクはいずれ異世界へ帰る身。引き裂かれる二人を想うと……』


 フラミアさんが、ぐっしょり濡れた袖で顔を覆った。


『そこで……なんとか二人を一緒にしてやれまいかと、王妃様に相談したのです。このような女心、王様や旦那様にお話しするのはとても……恥ずかしく』


 今度はポっと顔を赤らめた。

 彼女が大げさな動きをするたび、滴が飛び散って、廊下が汚れていく。


『私はそのような話っ……』


『そうかっ女心か。クロイア、我が妻が苦労をかけたようだ』


 イグライトさんが、王妃の言葉を遮って、後ろに居る男の人に声を掛けた。


『いっ……いえそのっ……イグライト様に嘘を申しましたこと、深く反省しております。どうかフラミア様を責めず、私に処罰を』


 男の人は、滝のような汗をかきながら膝をついて、床に擦る勢いで頭を下げた。踏みつけて罵ってくれと言わんばかりに。


『普段から女心を理解出来ないと思われるような行動を取っている私が悪いのだ。夫婦円満を保つため気をまわしてくれた部下に処罰など、無粋なことだ』


 イグライトさんが、この場に似つかわしいのかどうかわからないけれど、フっと柔らかく笑った。

 すると、困惑していた人々の表情が、すこしばかり和らいだ。

 みんなの耳が、気持ちが、フラミアさんの突拍子もないであろう話を受け入れ始めている。


『フラミア。そこの者が樹の上に居る理由も、兄上を想いこのようなことをしているのも理解したが、結局、誰が兄上に毒を? 先ほど誤解だと言っていたな』


 イグライトさんの穏やかな声に、泥で汚れた薄桃色の翼がフワっと膨らんだ。

 フラミアさんは、背筋を伸ばし、王妃の正面に立った。


 緊張が走った。

 

 王妃の瞳が獲物を見定め、とどめを刺すタイミングでも図るように、すーーっと細くなっていく。

 

 それなのに、フラミアさんは無防備なまま

 

『誰が……というのが誤解なのです。リリョス殿は毒など飲んではおりませんので』


 その一言で、王妃の眉間の皺が、ここからでもわかるぐらい緩んだ。


『リリョス殿は、我が家に預けたフクに、一刻も早く会いたいあまり、急ぎ戦場から戻り、過労で倒れられただけです』


『過労?』


 王様が、ポツリと聞いた。


『はい。ただの過労なのですが、たまたまそこへ見舞に訪れた王妃様が、瓶を持っておりましたのを、フクが目撃してしまったのでしょう。リリョス殿が毒を盛られたのだと勘違いして騒ぎ、このような事態に……』


『瓶?』


 また王様がポツリと聞いた。


『王妃様は、フクを、従妹のキージ様の養女にしてはどうかと、キージ様の許可を得て、お家の香水を持ってきてくださっていたのです。フクには種族というものがありませんから、表向きだけでも同じ種族ということにして、二人を一緒にしてやればよいと。

そうしてリリョス殿が帰って来られたタイミングで持ってきてくださった香水の瓶が、言葉のわからぬフクには毒に見えたのでしょう』


 王妃は、怒りでも悲しみでもない、ぼやけた顔をした。芯を失い、ただ立っているだけのような姿は、きらびやかな衣装の重さにも耐えられないのではないかと思ってしまうほど、力なかった。


『私が、陛下や旦那様に知らせるのを先延ばししてしまったがゆえ、王妃様に余計なご心配をかけ、このような誤解を生むことに繋がったのかもしれません』


フラミアさんが、ゆっくりと丁寧に頭を下げた。


『王妃様。このままではフクが音の子を傷つけてしまうかもしれません。言葉で言ってもあまり通じませんし。慌ただしい場ではありますが、ご用意してくださったお心遣い……香水の瓶をフクに渡して、この場を収めては貰えませんか?』


『っ……』


 ふらついた王妃を、後ろに立つ女性が支えた。

 誰一人として、心配の声を掛けるものは居なかった。

 畳みかけるように話していたフラミアさんも、補佐するように合いの手入れていたイグライトさんも、もちろん王様も、王妃をじっと見据え―ー。


 え……あれ?


 全員動かない。


 ハミグとフラミアさんの背中の翼が、落ち着きなくワサワサ動いているけれど。


 時間ないのに。どうなってるの?

 私はこの状態のままでいいの? あまりに沈黙が長引くなら声を上げるべき? っていってもなんて……


『王様っ。フラミア様は嘘を申しております! 私は見ました。リリョス様は毒にやられ、苦しんでおられました』


 その他大勢の一人が、甲高い声を上げた。

 

 後ろに居るのでチラっとしか見れなかったけれど、フラミアさんの邸で見たような見てないような使用人の男の人だった。


『どういうことだ?』


 みな、我に返ったようにコソコソ囁きだした。


『やはり王妃様が……』『フラミア様なのだろうか』『リリョス様は過労か? 毒にやられたのか?』『毒だと……さっき兵士から聞いたが』


「ねえ。フクちゃん。なんかフクちゃんの勘違いだってあのフラミアさんって人が言ってるよ? 王妃様は毒盛ってなくて、リリョスさんは過労で、フクちゃんが毒だと思ってたものは、香水の瓶なんだって」


 ざわつきに乗じて、空風コトリがようやく今までのやりとりを訳してくれた。

 フックの位置がずいぶんと首から外れた位置にあったせいで、彼女の声に若干の余裕があった。


 私たちのやり取りが聞こえたのか、フラミアさんとハミグがハっとこっちを見た。

 何か言いたげな二人の視線を受け止めても、私には何が何だか。空風コトリの言っていることすら日本語なのに理解出来なかった。


 勘……違い?

 

『わっ私は確かに見たのですっあれは過労などではありまっ』


 男の主張が途切れた。イグライトさんとフラミアさんがものすごい形相で私の後ろを睨んでいる。


「早とちりじゃん。離してよ。っていうかさ、あの人たちもなんか勘違いしてるんじゃない? フクちゃんと恋仲って……ちょっと優しくしてもらって浮かれたフクちゃんがいろんな人に言いふらしただけじゃないの? みんな振り回されて可哀想じゃん。早く離してってば。もうわけわかんないしっ」


『わわっ私は……嘘など…………』


 男の声と、空風コトリの声が混じって、ついでに足首や背中や肩が痛くて、何が何だかわからなくて。

 いろいろ限界だった私は


「うるさいっ知らんっ! 毒を渡さない限り解放しない!」


 いら立ちに任せて宣言した。


「っちょっそんなものないんだっていってるじゃん!」


 空風コトリが、私の腕の中でバタバタ暴れだした。

 私は、何とか彼女を抑え込もうと力を入れ……


『おっ音の子様!』


 ドタタっ!!


 後ろから足音が近づいてきた。


『待てっ!』


 スワルさんが、剣先を私の背中に向け、一歩踏み出す。


 私は、ギュっと目を閉じ――


 刹那。


 突風に襲われた。


 ギュインっ!! ガッ!!


『ぐぅっ!?』


 風が空気を切り裂き、音が……消えた。

 暗闇の中に一人きり。

 そんな錯覚を覚え、落ちそうになった意識が


『フク』


 耳の奥を撫でるような低い声に、引き戻され、目を開けた。

 肩越しに振り返ると、そこに……


『リっ……』


 名前を呼ぶことが出来なかった。


 顔面蒼白。まるで死人のような顔のリリョスさんが、嵐のような気迫を纏い、片足だけで立っていた。

 片手に持った剣でスワルさんの剣を受け止め、不自然に片足を浮かせている。何がどうなったのか、さっき声を上げた男が、壁際で伸びている。


『兄………上』

『お前は殺すな』


 スワルさんが剣をひくと、リリョスさんの手から剣が滑り落ちた。


カランっ


『っ……』


 渇いた音を聞いた途端、居てもたってもいられなくなった私は、空風コトリにフックの先を突き付け、無我夢中で叫んだ。


『早くっ!! 渡す!! 王妃!!』


 私は本気だっ!!

 

 手元が震えて、フックが彼女の喉元に触れそうになる。


「やだっ! だから違うってばっ!?」


 空風コトリが叫んだ。


『母上っ』


 ハミグに服を引っ張られ、ハっとしたフラミアさんが慌てて口を開いた。


『陛下、二人はこのようにお互いを心配し、想いあっているのです! 正式なものでなくとも構いませんっ二人が一緒に居られるよう、配慮して頂けませんか! 王妃様もっお願いいたします!』


『…………』


 王様は、無言だ。

 王妃は、声が出ないのか、呼気を震わせ、幽霊でも見たような顔をしている。


『今回の……』


 リリョスさんの声が背中越しに聞こえた。

 

『戦の褒美を頂きにまいりました』


 話し出したリリョスさんを見て、ハミグが、オロオロ。

 フラミアさんもオロオロしている。


『彼女がしたことを罪に問わず。今後、その身柄を私に預けて頂きたい。彼女が自分の世界へ帰るまで……』


『そっそなたっ褒美を強請るなどっ!! なんと卑しっ……』


 王様の傍に居る男があげた大声に


『フクの傍に居られるなら』


リリョスさんの囁きが勝った。


『王位は望まない。世のため、国のため、無償で働きましょう。だからどうか、フク……彼女を罰することは……しないでいただきたい』


 掠れ、疲れ切った声だというのに、人質を取っている私よりも、迫力があった。 

 彼の言葉を聞き入れなければ、何か恐ろしいことが起こるのではないかと、脅されている気分になったのは、私だけじゃないはずだ。


 王様は、あからさまに目を逸らし、王妃は、嫌で仕方なくて泣きだしそうな、まるで自己嫌悪でもしているような表情をした。

 

『王妃……様。どうか…………フクの不安を取り除いてやってください。どうか……この場を治めてください』


『おばあさま』


 フラミアさんとハミグが、何度目か、王妃に頭を下げた。


『…………』


 王妃は、フラミアさんを見て、それからスワルさんを見て……私を見た。リリョスさんを見たのかもしれない。

 無言でこちらへ歩いてきて、懐から小さな瓶を一つ、差し出した。

 毒が入っていたのとほぼ同じデザインの瓶だった。


 やった……やったっ!!


 私は、震える手でそれを受け取り、フックを床に落として振り返った。


「っ……」


 目の前が暗い。湿っていて、少し暖かい。

 微かに鼓動が聞こえた。


『やっと……』


 彼の声が、鼓膜ではなくて、全身から聞こえた。


 私は、それはもう強い力で彼に抱き込まれて、痛くてたまらないのに、抵抗出来なかった。耳元で囁く彼の声が、切なく……甘く……体を痺れさせた。


 なんだかものすんごいことを囁かれたような気がしたけれど、深く考えられなかった。


 ほんの数秒。周囲の注目を集めに集めながら、抱きしめられたままでいた私は、手の中にある瓶を握りなおしてなんとか痺れから逃れ、彼を見上げた。

 

 まだ生きてる。これで彼を助けられる。


 嬉しさのあまり、涙ぐむと


『…………っ』


 額に柔らかな感触。

 リリョスさんが、私の額に……額に……キスを投下した。


『泣くな』


 見えないけど、周りに居る人々の呆気にとられた気配を感じる。

 というか、近くにいた使用人女子が、小さく黄色い声を上げたりして、感じるどころか、いろいろ恥ずかしいことを言われているのが聞こえた。


 なぜにっなぜに今っ!?

 そんなことしとる場合か!? そんなっ……そんなっ!?


 空風コトリが


「なっ……そんなっ…………なんで!?」


 解放してあげたのにまだ私の言いたい事を言っている。


 じゃなくてヤバイ。リリョスさん朦朧としてるんだ。早く解毒しないと!

 

『陛下、今回のことは、異世界から来た者の勘違いから起きたことのようです。傷ついた者もおりませんし、なんなら呼び出した我々にこそ責任があります。どうか彼女を罪に問うようなことは』


 イグライトさんの言葉が聞こえたのか、リリョスさんが、フっと何とも柔らかく笑った。


『ああ……そうだ……な』


 なんだか間の抜けた、ただのおっさんな王様の返事を聞いた途端、私を見つめるリリョスさんの顔がぼややーーんとして、めまいがいよいよ酷くなってきた。


 ヤバイヤバイ。


 支えたいのに、リリョスさんに体重をかけてしまい、慌てて足を踏ん張ろうとしたら痛すぎて体が震えた。

 鼻先が付きそうなほど近くで、リリョスさんの顔が苦し気に歪んだ。


『彼女の怪我が心配で、まともに話を聞けそうにありません。日を改めてもよろしいでしょうか』


 朦朧としているかと思いきや、意外にもハッキリとそう言ったリリョスさんに


『ああ』


 またも王様が力なく答えた。

 

 この国上下関係大丈夫か? 

 いやいや今そんなことどうでもいい。


 リリョスさんを助けなきゃ。


 助け……。


 私は、ほとんどリリョスさんの力に頼って、王妃の邸を出た。抱き上げるまではいかなかったが、小脇に抱えられているような状態だった。


 庭へ出ると、空が白んで、小雨になっていた。


 どこへ向かうでもなく、渡り廊下を暫く歩き


『ぐっ……げほっげほっ!!』


 突然リリョスさんが血を吐いて倒れ込み、私も一緒に地面に落ちた。


 痛くなかった。どこもぶつけなかった。


 こんなになっても、私を気遣ってくれるリリョスさんのこと……助けたいのに……力が入らない。


 ドタタタタっ


 近づいてくる足音と一緒にスワルさんの声がした。


『おいっどうやって解毒するんだ!』


『このあたりで位置が判明している龍脈はっ……確か城下のっどこだったか……』


 フラミアさんの声もする。


『龍脈っ? 龍脈がなんだっ?』


 フラミアさんとスワルさんが、喧嘩かと思われるような激しいやり取りをする中。


『そっち……だ。その庭の角』


 リリョスさんが咳き込みながら、どこか指さした。


『は? そっちって……そのような報告は聞いたこと』


 疑問の声を上げるフラミアさんを遮って、スワルさんがリリョスさんの体を支え起こした。


『庭の角へ運べばいいんだな?』


 どこからそんな力が出るのか、スワルさんは、自分より大きいリリョスさんを軽々持ち上げて庭の隅に運び、そっと横たえてから、へばっている私のところへ戻って来た。


『瓶。よこせ』


 眼前に手が伸びてきた。私は……ギュっと両手で瓶を握りしめた。


 ダメだ全然頭が働かない。渡してもいいのか……わからない。

 

『トム。大丈夫だから』


 聞きなれた単語に、フっと体から力が抜けた。

 頷いて、瓶を差し出すと、頭を撫でられた。 『やっぱりそうか。僕を騙した罪は重いぞ』 小さくそんな声が聞こえたけれど。


 安心して、目を閉じたら、再び開ける気力はなかった。


 疲れた……。


 泥に沈むような重い微睡みの中で、羽織っていた外套を握りしめると

 さっき聞いた、耳の奥、胸の深くでリフレインしていた彼の言葉が、ようやく頭に届いた。


『やっと……触れられた。お前に…………会いたかった。たまらなく会いたかったんだ』


 うん。私も。


 夢うつつ答えたら、彼が笑ってくれたような気がした。


ありがとうございました。

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