第二十四話 たいとるからだっしゅつ
「」は日本語、『』は異世界語です。主人公は異世界語勉強中です。
『解毒するもんがねーけのう』
『なんでや!? どないな毒なん!?』
『毒いうか、体内を流れる龍脈に作用するもんじゃろうて。無味無臭じゃて、よう気付いて吐いたもんや。全~~部飲んどったら苦しんですーぐおだぶつやて』
『それどないかできんの!?』
『龍脈ん動きを鈍うして体内攻撃させるしろもんやけーー無理やり活発にしたら作用をちょーっと遅らせることできるかものう。気分は悪うなるけんど』
『遅らせてどないすんねん! そのあとあれやっ……どないすんねん!』
『解毒するもん探すしかないのう』
『そうかっ解毒するもん……って話し戻っとるがな!!』
おばあさん医者ののんびりした話しにイライラしたらしいロップが大声を出した。
ベッドの上で、ギュっと目を閉じているリリョスさんの眉間に深い皺が刻まれ、何か言おうとしたのか、口を開いたが、咳き込んだだけだった。
長髪の門番が、オロオロとリリョスさんとロップたちの間を右往左往している。
『ハミグ。落ち着いてわらわの言うことを聞くのじゃ』
『うん』
そんなやりとりなど聞こえないとばかりに、フラミアさんが、ハミグに何かしら言い聞かせている。そこかしこで会話しているから、異世界語初心者の私には何が何だかわからない。
坊主の門番が、どこから持って来たのか、桶をベッドの近くに設置した。
『吐きそうならこちらにどうぞ』
さっき大丈夫っていってたけど、違うの?
未だ廊下に居る私から見ても、リリョスさんが、倒れたときよりも苦し気なのはわかる。
時折咳き込んで、胸を押さえ、必死に何かに耐えている。
『ばーちゃん解毒するもん作られへんのか!』
『こりゃ、稀草使こうとるやろけのう。稀草は龍脈ん傍で流れを邪魔する草じゃて、数日で龍脈が稀草分解する振動出して消しちまう。見つけるんは奇跡やのう』
『そない奇跡いらんねん! 作られへんのかて聞いてんの!』
『飲んだもんが残っとったらなんとかなるわ~~な』
『なんとか! 作れるん?』
『地上に近い龍脈の上に撒けば、分解するための振動だしよるから、そこにこの男寝かせときゃええ』
『なんやようわからんけど毒あればええねんなっ……』
ロップが、青いガラス瓶を拾い上げて振った。さっき医者が置いて行った薬だ。薬……のはず……なのに
『あらへんっ一滴も……毒あらへん!』
毒ってどいういうこと?
『父上に……わかった』
『泣かずに待っておるのだぞ。大丈夫。なんとかなる』
ハミグが泣きだしそうな顔で何度も何度もうなすいて、フラミアさんの足に抱き着いてすぐ離れた。
すると、グっと背筋を伸ばし、振り返ったフラミアさんが窓を指さした。
『落ち着けロップ! さっき窓の外に吐いたものがある!』
『雨降ってますけど』
坊主の門番が、混乱した場をおさめた。
シーンと静かになった部屋で、リリョスさんの荒い息遣いが聞こえる。
『龍脈活発にさせときゃ、作用を暫く鈍らせることん出来るちゅうとるにはよせんか』
おばあさん医者が、ポンっと部屋の中にある灯篭を叩いた。
『そ……そうか。リリョス殿の龍脈に影響を与えるには相当量の龍眼石が必要じゃ。邸のものすべて……あともうなんでもいいから隣近所から取ってくるのじゃ』
フラミアさんの指示で門番二人とロップが部屋を走り出て行った。
『それと、貴方には彼の容体が回復するまでここに居て貰う。つい今しがた医者に対する信用度が下がってな、とばっちりで申し訳ないが、逃げるならば拘束もやむなしじゃ』
おばあさん医者の両肩を掴んだフラミアさんが、とても老人相手とは思えない形相で迫った。
さっきまでのんびり答えていたおばさん医者もさすがに目を瞬かせたが、わかっているのかいないのか、笑顔で頷いた。
『リリョス殿。なんとかするから、暫く耐えてくれ』
フラミアさんの声に、フっと息を吐くリリョスさん。
私も何かっ出来ることっ。
想いだけが先走って状況が掴めず、周りを見渡した。
これだけ騒いでいるのに、普段掃除している人や、食事を運ぶ人たちが一切出てきていない。
こちらの様子をうかがうものは居るけれど、誰一人として寄ってこない。
違和感に首を傾げながら、ハミグとフラミアさんを見たら、するどい視線に射貫かれた。フラミアさんが、じっとこっちを……私の後ろを見ている。
廊下が微かに揺れている。
恐る恐る振り返ると、剣を携えた兵士数人と取り巻きを引き連れた、きらびやかな恰好の女性が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
私を隠すように前に出たフラミアさんが、後ろ手で床を指さした。私はハっと言われたことを思い出して、膝をつき、頭を下げ、地毛だけれど前髪を降ろして、髪の隙間から様子をうかがった。
きらびやかな女性は、膝を折ってお辞儀をするフラミアさんの前で立ち止まり、袖で口元を隠した。
『負傷したリリョス殿がこちらにおると聞いたのだが』
『……はい。負傷というよりも、過労で倒れられたので、朦朧とする中、旦那様を頼って来られたのではないかと』
『ふむ。過労か、大事なくて安心した。弟を頼るなど、今までなかったことだ。よほど辛かったのであろうな』
きらびやかな女性が穏やかな声を出したのはここまでだった。
『しかしなぜ、城医師ではなく、街医者をわざわざ呼んだのだ?』
『城医師には声を掛けたのですが……』
『それはおかしなことだ。われは城医師からリリョス殿がここにおることを聞いたのだぞ。ここの使用人に呼ばれ出向いたが、そなたに拒まれたとか。われは、長年城に仕えてきた者に謀られたのか?』
きらびやかな女性の声が、ワントーン上がって、テンポも上がった。
フラミアさんの背中が強張っている。
『私は……嘘など申してはおりませ……』
『まあそのことは後でよい。今はリリョス殿の容体を確かめるのが先だ。どの部屋か?』
話を押し付けられてるのが、言葉があまりわからなくても伝わって来た。
この女性は、会話してるんじゃない。段取り通り進めていってるだけだ。
『見舞われるのはある程度リリョス殿の体調が回復してからのほうがよろしいかと』
『われのたてた策で消耗させたのだ。顔を見るだけでもよい。労わねば』
スイっとフラミアさんの横を通り、少し開いているドア……私の部屋へまっすぐ向かうきらびやかな女性に、取り巻きと兵士が付いて行く。
騒がしくしてほしくないのに、ドカドカと足音が廊下を揺らした。
『っ……』
兵士にドアを開けさせ、中を覗いたきらびやかな女性が、ハっと大げさに息を飲んだ。
『なんじゃいあんたわーー』
おばあさん医者ののんびりした声が一行を撃退……したわけではないはずだが、きらびやかな女性も取り巻きも兵士も、部屋の中にまでは入らなかった。
『過労には見えんぞ。どういうことだっ』
キっとフラミアさんを睨みつけたきらびやかな女性の横から、おばあさん医者がヒョコっと出て来た。
『過労て~~違うわいな。毒んやられたんよ~~』
のんびりした声に、廊下に居た一行と、きらびやかな女性が、戦慄……する芝居をしたように見えた。
フラミアさんが、一瞬額を押さえ、すぐに離した。
『まさかそなたがっ……なんと……そなたの病は……治っておらなんだか』
『私は! 病などではっ……』
フラミアさんが大きな声を出した途端、きらびやかな女性が、口元を隠すぐらいでは誤魔化せない笑みを浮かべた。
『おばあさま……』
小さな呟き。
そっと横を見ると、ハミグが小刻みに口元を震わせていた。
『心の病だと我が息子が庇ったおかげで、城から逃亡した罪が不問となったことをお忘れか』
きらびやかな女性が何か言うたびに、桃色の髪が震える。
何とかしたいけれど、顔を見られるなと言われているから、下手に動けない。
重苦しい空気と、リリョスさんの容体が心配で、心臓が痛い。
『しかしいくら病のせいとはいえ……今回はさすがに捨て置けぬな』
『私ではありません』
『だとしても、今一番疑わしいのはそなただ。調べが済むまで拘束させてもらう』
『……では、旦那様が帰還するまでお待ちください』
『イグライトはすぐには帰らぬ。報告がいっておらなんだか?』
『報告……?』
『リリョス殿の戦線離脱が思いのほか早く、音領域は取り戻せなかった。しかし、奴隷は半数以上解放出来たのだ。イグライトは彼らの受け入れ先のことで、陛下と共に下へ降りておる。留守はわれが任された』
ヒュっと風の音がするほどの振りで、きらびやかな女性が兵士に合図を送った。
物々しい音が一斉に動き出し、フラミアさんを囲った。
『……っハミグ……』
フラミアさんの小さな呟きがカチャカチャと兵士が動く音に消された。
『母上っ』
ハミグが涙声で呼んだが、フラミアさんは何も答えず、ハミグの方を見ることもせず兵士と共に歩きだした。
連行……されてしまった。
少し広くなった廊下に、おばあさん医者と数名の取り巻きと、きらびやかな女性、項垂れたハミグが残った。
『ハミグ。心配するな。母上は心を病んでおられるのだ。王子殺害の罪に問われたとしても、殺されはせぬさ』
優しく声をかける女性の顔が、逆光で暗く、表情がわからない。
『リリョス殿はっ……生きておられます』
ハミグが少しだけ強い口調で言った。
『そうだな。すぐに医師をここへ手配する』
きらびやかな女性が、長い着物の裾をフワっと浮かせて体の向きを変えた。ずぶ濡れで歩き回ったからか、泥の匂いがする廊下に、ユリのようなツンと甘い香りが混じった。
きらびやかな女性は、リリョスさんの居る部屋に向かって
『ようやったリリョス殿。策は……成功だ』
高笑いでもしそうな顔でそう言い、去って行った。
私は、暫く立ち上がれず、両腕をさすって顔を上げた。
泣くまいと必死の形相で、廊下の向こうを睨むハミグと目が合い、涙腺が緩んだのでお互い目を逸らした。
『これからどういたしましょう』
リリョスさんの部屋に大量の灯篭が運び込まれた。
煌々と照らされた部屋の中蹲る彼の姿は痛々しくて、それなのに目を……逸らせなかった。
フラミアさんが兵士に連れて行かれた。
毒という言葉を何度も聞いた。
リリョスさんを苦しめているのは毒で、犯人として疑われているのがフラミアさんなのだと、それだけはなんとなくわかった。
『もんばんさん。この絵のおじさんさがして。おいしゃさんのフリしてた人。ははうえが、かんたんにしまつできる、金でやとったやからだ、っていってたから、そういうところで、お金つんできいて。じょうかまちから、にげようとするはずだから、まちの入り口のへいしにも、きいてって』
ハミグが、必死に門番二人になにやら説明している。長髪の門番が涙ぐんで頷き、坊主の門番も真剣な顔だ。
『うちっ……私はどうすればよいでしょう』
ロップが両ひざをついて、ハミグより低い目線で聞いた。
『うん。あのねっ……ほんとうはね。ははうえ、ちちうえにあって何とかするからって……いったんだ。でも、さっきおばあさまが、ちちうえは外だって……。
ははうえ、きっとおばあさまは、どくをまだもってるっていってた。いざというときに、こうしょうするためとか、だからこっちは、そこにたどり着くための、ざいりょうがいるって』
門番二人は、顔を見合わせて、ハミグが描いた似顔絵を手にクラウチングスタートで廊下を走り抜けていった。
ロップが、難しい顔で顎に手をやって、うーんと唸った。
『ってことは毒盛ったんやっぱり王妃様かいな!』
パっと自分で自分の口を塞ぎ、ぴょんと頭に生やしたウサギの耳を動かしたロップは、周りに人が居ないことがわかったのか、そっと口から手を放して深呼吸した。
『せやけど……偽医者見つけたからって、王妃様と繋がってたっちゅー証拠いるやろですし。イグライト様と王様探したほうがええ……よいことはないですか?』
『ちちうえたちが、くさいき、あたりまで行ってるんだったら、さがすのはもっとじかんかかっちゃうよ。ふたりとも飛べるから、ようじはやくおわって、かえってきてくれるのをまつほうがはやいよ』
『そっそうですけど……うううっあんの王妃っ! まいっかい詰めの甘い悪さして王様試しとんねん! んで毎回許されとるし! 泥かぶんのこっちばっかや! もうあかん! ほんま腹立つ!! せやけど今回は、アカンて!! リリョス様死んでもうたとしたら! なかったことにとかでけへんから、絶対誰か罰せられるやろし! そんなん立場的にフラミア様が不利やしっ……そもそもあの王様がアカンねん!』
『ハミグっ!! ロップ!!』
私は、開いたドアの向こうを見つめたまま、大声を出した。
ベッドの上に蹲るリリョスさんの瞳が……ほんの一瞬、薄く開いて、すぐに閉じた。龍脈酔いで、頭が働かない状態らしい。と聞いたとき何かひっかかったけれど、今は置いておいた。
『教えるっ王妃どこっ地図!』
王妃が毒を盛った。
ロップの言葉で、そこはわかった。
王妃はハミグにとって祖母で、しかもたぶんさっきの人だ。
交渉、材料という言葉も聞き取れていた。
何日か前に、ハミグが推理ものの本を持ってきて部屋で読んでくれたときに、知った。毒という単語もだ。
灯篭の眩しさで……頭の中の暗いドロドロしたものが、すべて取り払われたような気分だ。
けれど息が苦しい。
ここに居続けたら……ここでただじっと待っていたら……もう……何もかもが真っ白になって息の吸い方すら忘れそうだ。
『薬ぃ。とるに行くぉ』
『っはい?』
ロップが首を傾げた。
ハミグも、きょとんと私を見上げた。
『王妃、が部屋っぬ、薬ぃぬすむ』
グっとわかりやすいように拳を掲げたら、ロップに掴んで降ろされた。
『はっ!? ちょっ……何言うとんねんっ!? ていうか、そもそも部屋にあるんかどうかもわからんしやなっじゃなくて……そもそも薬やなくて毒がいるねんで』
どんな物語でも、大抵、毒を盛ったやつが解毒薬も持っている。
王妃がやったのなら、王妃が薬を持っているかもしれない。この世界で、現代の……それもフィクションから学んだ軽い知識が通るかどうか、ネガティブな考えが浮かびかけたけれど、振り払った。
ここは嫌だ。ものすごく嫌だ。
こんなところでは、何を貰っても使えない。なんとかなんてならない。
ここがマシなんてことは欠片もない。それだけは確かだ。絶対だ。
こんなところに追いやられたままでは……生きていけない。
私は必死で頭を捻った。
貰った物や見たもののすべてを頭に浮かべて、単語を繋げて文章にするのと同じように、組み合わせてはやめるのを繰り返し……。
「よし……」
立ち上がった。
矛盾を発見しだい手直しするかもしれません。




