第二十話 ぐりーんずらなひびそのに
「」は日本語、『』は異世界語となっております。主人公は異世界語勉強中の身です。
『今コトリ様を覗いていただろう。どこのものだ』
美少女美少年が私を睨んでいる。
『答えろ』
しかし、私が誰かまではわかっていない様子だ。モサモサカツラと猫耳と眼鏡が、カモフラージュしてくれているのか、そもそも覚えていないだけか。
これなら教えてもらった言葉で何とかなるかも。
『ぼく、山域から、きとぅ、言葉、少し、ふじしゅうです、すみません。ハミグしゃまぬ、お付きのもぬ、どす』
間違えずに言えた。完璧だ。
その証拠に、美少女美少年の眉間に寄っていた皺が緩んだ。
『山域……ハミグのお付き……主人の邪魔しないよう気配を消して見守るとは、仕事熱心だな』
うんうん頷きながら、私のつま先から頭のてっぺんまで値踏みするように視線を動かす美少女美少年。
変な恰好だと思われてるぐらいならいいんだけど。
今私が着ている服は、男性使用人の制服らしく、サイズ感はだぼだぼで、腰は紐で縛っているし、靴も少し大きい。
『にしても……お前……小さいな。僕より……小さい』
美少女美少年が、私の頭の上でヒラヒラ手を動かし、更にガシっと無遠慮に腕を掴んできた。
『細いし……本当に男か?』
小さい。細い。男。疑問文。
私が男かどうか疑っているのかもしれない。
女子としてはありがたいが、彼に言われるとなんとも複雑だ。
『男だす』
男のフリをするようフラミアさんに言われているので、ヘラっと笑顔で言うと、割とあっさり触るのをやめてくれた。
『…………おまえ年は?』
『とし……1……7……』
年齢を聞かれるシミュレーションはしていたので、覚えた通り答えた。するとなぜかまた美少女美少年の眉間に皺が寄った。
『一つ下か……』
あれ……答え方間違えた?
他にも言葉を足した方がいいのか、それとも黙っていた方がいいのか。心臓をバクバクさせながら美少女美少年の反応を待っていると。
『あっスワルそんなところで何してるの? 遅いよ~~』
空風コトリの意識がこっちへ向いてしまった。
やばい……。
私は、俯いて、猫背になった。他の人は誤魔化せても、彼女に近づかれたら終わりだ。前髪を切っただけでも気付く観察眼は侮れない。
あまりの緊張感でお腹痛くなってきた。ハミグ早く戻って来てお願い。
『ホルシィの乳……飲めば……いいらしいぞ……まぁお前のようなものには高い代物か…………』
頭の上で、スワルさんが何か呟いた。
ん? 私に話しかけてる?
少しだけ顔を上げると 『すみませんコトリ様っ』 ぱぁぁっと嬉しそうな笑顔で空風コトリの方へ走って行くスワルさんが、緑のモサモサした前髪の隙間から見えた。
ワンコ……。
『スワル殿っ! あっ……ぼくっその……かえります!』
遠のいていく足音に交じって、トトトっと軽い足音が近づいてくる。
『フクっ』
小さな声で呼ばれ、また少しだけ顔を上げると、困った顔のハミグと目が合った。
『かえろう。ごめんね』
私は俯いたままブンブン首を横に振って、それから縦にもふって、ハミグと一緒にその庭から脱出した。
『やっぱりいせかいのひとは、はなしがつうじないのかな……』
帰り道、ハミグが真顔で言った。
『ぼく……あのひとにうそっていわれたけど……だいじょうぶかな。しんぱいそうだったから、フクはげんきだよっておしえてあげたかったんだけど』
ハミグは、私のことがばれたのではないかとオロオロしているようだ。
これは私が悪かった。ハミグはまだ小さな子供なのだし、なんでも好きな遊びをしても良いと言われたら、飛び出して行くのは仕方ない。
いくら異世界だからって、私の方が年上なんだし、しっかりしなきゃ。
久しぶりの緊張感で、嵐の中で起きた事件のことを思い出した私は、なぜ変装しなければならないのかわからないなんて呑気なこと言ってられないと、密かに考え改めた。
かくれんぼとは違う。見つかってはいけないのには理由がある。何もやった覚えがないとか、学校へ行っていたときもそうだったが、通用しなかった。
私、小屋を壊されたってこと、怖くて忘れようとしてた……。
とにかく言葉を勉強して、フラミアさんに事情を聞いて、それから……帰る方法についても……考えて……ここで……なんとかやっていかなきゃ。
『だいじょうびっ。カツラあり。めがぬあり。私は男ぅです言った』
大丈夫大丈夫とハミグにも自分にも言い聞かせ、不安な夜を過ごした次の日の朝。
フラミアさんが、私の部屋に白い液体が入った大きな瓶を持ってやってきた。
『スワル殿から、ハミグのお付きの耳族へ渡すよう言われたのじゃが……どういうことじゃ? 加工してない新鮮なホルシィの乳は割と高価なものだぞ』
「スワルさんが……えっと……ホルシ……」
単語を拾って私なりに繋げた結果。なぜかまったくわからないけれど、スワルさんが私に牛乳のようなものをくれた……ということらしかった。
牛乳……牛乳……そういえば、彼、私の背丈を気にしていたような。
私は一応そのことを、身振り手振りフラミアさんに説明してみた。
『昨日ハミグの話を聞いてどうかと思っておったが……なんか大丈夫そうじゃの。一応探りは入れておくが……ほれっ飲んでもよいぞ』
ずっしり重い瓶を受け取ってフラミアさんを見ると 『大丈夫大丈夫』 と言いながら、飲む仕草をした。
『たとえそなたのことがバレておったとしても、食事に何か仕込むようなセコイ真似はせぬからの。スワル殿は』
結局どういう真意でくれたのかはフラミアさんもわからないらしいが。
瓶……冷えてる。
異世界へ来てからというもの、目に見える善意、服や食べ物やいろいろ、貰ったものに助けられてきた私としては、どこかほっとしたというか、素直に嬉しくもあった。
立場が違えば、敵じゃない……かもしれない。
牛乳……じゃなくて、ホルシィ乳という飲み物は、甘くコクがあって、おいしかった。
出来ることならこの姿のうちにお礼を言っておきたいものだけれど、フラミアさんには、二度と冒険ごっこなるものをするなと、お叱りを受けたし。
会う機会なんてそうそうないよね。
と思った数日後。
剣術の稽古を見学しないでほしいとハミグに言われた私は、邸内で何かやることがないか探してみたものの、忙しく働いている人にどのタイミングで話かけていいのかわからず撃沈。
かといって、勉強も教えてくれる人が居ないと、限界があり。
フラミアさんの許可を得て、庭で見かけたビニールハウスの中へ入らせてもらい――この庭に広がる香りはそこからで、中にはハミグが描いたバラに似た植物が咲き誇っていた。
そこで、じっと花を眺めていたのだが、もともとそういう趣味があったわけでもなく、見せてくれと言っておきながらも、すぐ飽きてしまった。
何をして過ごすのがいいか……。
ここでの立ち位置に迷いながら自室に戻る途中、白い塀の前にたたずむ、真っ白な翼を背負った人を見かけた。
神秘的な姿とは裏腹にどことなくげんなりした後ろ姿だ。
私は、何してるんだろうと、その人の横顔を興味本位で覗いてみた……ら。
スワルさんだった。
どうしよう。見つからない方がいいだろうけど、でも……お礼だけは言っておこうかな……。
しかし自分から話しかけるとなると緊張する。
少しづつ距離を詰めながら、頭の中で挨拶を練習していると。
『おい。お前』
いつ気付いたのか、スワルさんが腕を組んでこっちを見ていた。
『はいっ』
思わず返事をして、ピンっと背筋を伸ばした私は
『いい天気でぇす!』
挨拶の前にそういってしまった。
スワルさんは、一瞬空を見上げはしたものの、スっと目を細くした。
『お前、この翼が見えていないのか。許可も得ず話しかけるとは……』
一言目で不機嫌になられた。ということは、私の行動が無礼だったのかも。
ここへ来てすぐ、フラミアさんに話しかけたとき、近くにいた使用人に鬼のような形相で怒られた。あれもたった一言 『フラミアっ』 だった。
フラミアさんは 『今は使用人ということでここに居るからのう。すまぬが誰もおらぬときに話しかけてくれるか?』 とまったく怒っていなかったけれど。
敬語や礼儀まで覚えるのは難しく、ロップが、取りあえず話しかけられるまで黙っているようにと教えてくれたが、さっそく失敗した。
『すっすみませっん。きんちょーです』
緊張してしまって。というのもロップが教えてくれた。こういえば、一度は許して貰えるだろうとのことだ。
頭を下げたままじっとしていると、スワルさんがこっちへやって来た。
『……その変な髪形としゃべり方。この間のチビか』
チラっと見上げるも、モサモサした自分の前髪しか見えなかった。
『もういい。顔を上げろ』
顔……上げ……。
いいのかな。
ちょっとずつちょっとずつ、首の角度を上げていたら、伸びてきた白い手にグイーーっと顎を掴まれ、顔を持ち上げられた。
『…………』
すぐ目の前に、きめ細かい肌と大きな瞳がある。
『お前、耳族猫科だろ。あれ取って来い』
グキっ
無理やり顔を横に向けられ、ちょっとだけ変な音がした。
私は、首を押さえつつ、さっきスワルさんが見ていたであろう方向を見た。
塀しかない。
『上だ』
少し目線を上げると、塀の上に、白い麦わら帽子がのっていた。
「わっ」
ドンっと背中を押され、数歩タタラ踏んで振り返ると、顎を使って行けと指示してくるスワルさん。
ああ。あれ取ってこいとな?
どういうことだろう。あなたより背が低い私がなぜにあれを? まさか、ホルシィ乳を貰った成果を見せろとか? あ。お礼言わなきゃ。今言ってもいいのかな?
『ホルシーありがとござざますた』
『いいからサッサと取ってこいって』
ダメだった。イライラされた。
私は、これ以上怒られないように、サササーっと塀の方へ行き、絶対無理だけれど、ジャンプした。
かすりもしない。
試しにフーっと下から吹いてみたが、一ミリも動かなかった。
『おまえっ。なめてるのか? 跳べっ!』
跳べ。はわかった。跳んでるんだけども。
後ろからやいやい言われながら、壁をよじ登れないか試したりいろいろしてみたが、やはり無理で。
『コトリ様が待ってるんだから早くしろ!』
コトリ。
ちょっと待って……これ、この真っ白な麦わら帽子。空風コトリのものなの? 風で飛んだから取って来てよ~~的な感じってこと?
それを私が取らなきゃならないのって……なんかこう……なんというかこう……。
『お前さっきからなぜ跳ばないんだ。馬鹿にしてるのか?』
やるせなさを抑え込んで必死でジャンプし続けていたら、スワルさんが怒りながら近づいてきた。さっきから怒っていたけれど、更に怒っている。彼の背中で白い羽が小刻みに震えている。
私は よしここから逃げよう! と思ったが、そんなことしたらハミグやフラミアさんが何か言われるかもしれないと、すぐに思いとどまった。
部下の失敗は上司の責任。雇われの身だから、穏便に納めないと。とにかく麦わら帽子を取ればいいんだ。
『まつですっ』
私は、怒りながら近づいてくる彼に頭を下げ、ダッシュで縁側から邸内に入り、室内を掃いている女性を見つけて、呼び止めた。
『こんにちは~。ほーき貸すください。お願いしす』
頭を下げて箒を指さし、大きな声を出したら、意外とあっさり貸してくれた。ちょっと驚いてはいたけれど。
『ありがとうます!』
私はまた大きな声でそう言って、庭へ転がり出た。
急がないと!
腕を組んでイライラしているスワルさんの横を通り過ぎ、再び麦わら帽子の下へ。
「よしっ」
私は、箒をひっくり返して、柄の先で塀からはみ出た麦わら帽子をつついた。
うん。少しずれたけれど。まだ落ちてこない。
チラっとスワルさんの方を伺うと。
『……お前……まさかこの程度も跳躍出来ないのか? 猫科のくせに……お前も…………』
怒りが和らいでいるようだった。というか驚いているようにも見える。
喜怒哀楽が激しい人なのか。それとも私が知恵を使わずジャンプしていただけなのが腹立たしかったのか。
なんでもいいから早く取ろう。
私は、更に麦わら帽子の端をつついた。
「あっ」
奥へ引っ込んだ。
『っちょっと貸せ』
スワルさんが私から箒を奪い取り、帽子をついた。すると更に奥へ引っ込んでしまった。
「あっ!」
思わず声が出た。
『さっきお前だってやっただろ!』
カァっと真っ白な肌を赤くして頬を膨らませたスワルさんは、完全にただの美少女……可愛らしい少年だった。
『ん』
ズイっと箒を返された。
私は、恥ずかしそうなスワルさんを見ないよう気づかいつつ、両手で箒を掴み、小刻みに麦わら帽子に衝撃を与えた。
完全無言作業。
引っ込んだり出たりを繰り返し、ようやく半分ほどこっち、塀の内側へはみ出させることに成功して一息つくと。
『あとは窪みに入れればとれるだろ』
スワルさんが、再び私の持っている箒を掴んでグイっと上に押し上げ、とうとう麦わら帽子が柄の先に引っ掛かった。
途端
ファっ
素敵なそよ風が吹いて、空風コトリの白い麦わら帽子が、舞い上がった。
『あ……』「あ……」
声が重なった。
私とスワルさんは、一本の箒を二人で持ったまま、麦わら帽子が飛んで行くのを、見ていた。
ただただ、見ていた。
そんなに強い風じゃないのに、あんなに飛ぶなんて、よほど良い具合に風にのったのだろう。
青空の中にある白い帽子は、なんだかよくわからないけれど、綺麗だ。
ああ……でも…………あの日……リリョスさんと見た空のほうが……とてもとても……綺麗で……。
『僕も……あんなふうに飛べたら…………』
ため息まじりの声が聞こえた。
飛ぶ。
飛びたい。またあの景色を見たい。彼と……。
『うん』
私は、何も考えずに返事をした。
暫くして、風が止み、帽子は彼方へ落ちて行った。
少し残念だ。
私は、いつの間にか空へ伸ばしていた手を降ろして、横を見た。
『…………』
スワルさんが箒を手に、ジトっと私を睨んでいた。
あれ……あれ?
我に返ると、さぁーっと血の気が引いた。
ヤバイ。麦わら帽子どっかいった。
『あの……あの…………すみませ……』
『おまえ名前は?』
『え?』
『名前』
まさか。雇い主に名指しでクレームを入れるつもりなのでは。
私は、内心焦りつつ、フラミアさんやハミグと決めた偽名を名乗った。
『トムでぇす』
『トム。そうか。帽子のことは許す』
『すみませっん』
『だから許す!』
『もうしわけござらん!!』
『だから!!』
どうかフラミアさんに言わないでください! お願いします!
ひたすら頭を下げていると、ズイっと箒を返された。そして
『ありが…………』
ごにょごにょと小さな声だったが、お礼を言われた。
え? 許してくれたの?
顔を上げると、麦わら帽子が消えた方へ走って行く後ろ姿が見えた。
その足取りは軽やかで、今にも真っ白な羽を広げて飛んで行きそうだった。
読んでくださりありがとうございましたー。またお時間ありましたらよろしくお願いします。




