第十九話 ぐりーんずらなひびそのいち
「」は日本語、『』は異世界語となっております。ややこしいですが、よろしくお願いいたします。
『うちあんたに嘘教えとってん』
緑のパーマーカツラ(猫耳付)に眼鏡、緩い膝丈パンツに着物でブーツというよくわからない装備を与えられ、タンスとベッドとテーブルがある日当たりのいい部屋を一つ貰った日の晩、もうそろそろ寝ようかと思っていたら、ノックの音とほぼ同時に入って来たうさ耳さんに頭を下げられた。
『あの挨拶……あれほんまは翼族特有の挨拶やねん』
ガシっと私の肩を掴んで顔を上げたうさ耳さんは泣きそうだった。
『死んでもうたか思た……嘘教えたん謝らんまま……』
心配……してくれてたんだ。
どうやってこの場所がわかったのかとか、いろいろあったけれど、私はとにかくうさ耳さんの気持ちがありがたくて、ニっと笑いかけた。
『うち……フラミア様にあんたのこと頼まれて、最初の方ちょっとイライラしとってん。フラミア様のこと追いかけて田舎からここまで来たのに、なんで今更フラミア様の邸出なあかんねんって腹立ってもうて』
あ。全然こっち見てない。通じないの忘れてるんじゃないかなうさ耳さん。
『せやけどなんや……ほっとくのもあれやし思て……やのうて仕事やねんけど。あの小屋で暮らしとうときに、何回か言わなあかんとは思てて……せやけどあんなことなって…………ごめんな。怖かったやろ』
うさ耳さんがまたこっちを見た。さっきから謝られているが、なんのことなのかわからない。
どうしようかと思っていたら、急にうさ耳さんが私の肩にポンっと自分の鼻をぶつけてきた。
『これがうち……耳族の挨拶やから』
うさ耳さんが自分の肩をポンポンと叩いた後、私の腕を引いた。これは真似しろということだ。
私は、さっきうさ耳さんがやったとおり彼女の肩に鼻を付けた。微かに雨上がりの草みたいな香りがした。
『あんな。これ匂いを嗅ぐ行為やねん。家の匂い。家って建物ちゃうで。その……各家系に伝わる匂いっちゅうもんがあんねん。せやけど、その香水作ってもらうのってお高いから、普段からつけとるんは翼族とか各種族の上位ぐらいやけど。耳族は肩。鱗族は胸元。牙族は額。翼族は手の甲に匂い付けとんねん』
長い……長すぎる。
耳をピョイピョイが肩ポンポン。舌ピロピロが胸ドンドン。八重歯ズビョーンが額パチパチ。両手バッサバッサが手の甲ジャジャーン。
というリアクションを見ているのは結構面白い。笑わないようにしているつもりだったが
『何ニヤニヤしとんねん』
ムスっと怒られた。
『うちあんたが覚えるまで帰らへんから。帰らへんっちゅうか、今日からまたここ戻るし。もうあんな後悔したないから、今日は寝かせへんで』
本気で怒っているわけではないらしい、うさ耳さんは、再び私の肩にポフっと鼻を付けて顔を上げ。
『うち、ロップいうねん。ロップ』
『ロップ?』
これが彼女の名前なのだと知ったのは、なんと朝日が昇った頃だった。
まさか、種族ごとに挨拶が違うとは知らなんだ。今までは偶然翼の生えた人にしかああいう挨拶をしていなかったが、今度から気を付けなければ。
ありがとう、うさ……ロップ。もう眠い。
翌日……のお昼過ぎから、私は、変装してハミグのお付きとして暮らすことになった。
ハミグの絵とフラミアさんの説明によると。
空風コトリと、クリーム色の髪の王子様と、あと以前私が足首つかんでしまったきらびやかな女性を見かけたら、俯け。そうすれば、モサモサの髪でほとんど顔が見えなくなるから。
ということらしいのだけれど、なぜ私はその方々に見つかってはならないのかよくわからない。空風コトリには……どのみちあまり会いたくはないが、情報は欲しいのだけれど……今は言う通りにしよう。
私の知らないところで、とんでもないことが起きている気がする。
世間知らずで言葉知らずの私が、いつの間にかいろいろやらかしている……なんて考えすぎであってほしい。
だって大したことしてないし。やらなきゃいけなくてもしてないし。
与えられた場所で、与えられたもので……生きているだけだ。
『フク~。この絵本なに?』
「ん?」
ハミグが、リリョスさんのくれた絵本を両手で持ち上げ、その表紙を私の方へ向けた。
途端。
バっと勢いよく立ち上がった私は、絵本をシュバっと奪い取って、そこらの空いてる棚にバスンと入れた。
『っフ……フクっ』
涙声。
振り向くとハミグがうるうる涙をためていたので、ハっとして、首を振った。
「ちがうちがう! 怒ったとかじゃなくてっ……えっと……」『ごめんハミグ』
膝をついて、ハミグの腕をポンポンと撫でると、ハミグが首を振った。
『ううん。ぼくのほうがごめんね。だいじなものさわって』
ときどき。リリョスさんのことを思い出しかけては、それを阻止しようと動く自分がいる。
あのとき……地図のようなものが書かれた紙を私から取り上げたリリョスさんも……何か思い出したくないことがあったのだろうか。
この何とも言いようのない気持ちはなんだろう。
家族に会えないのではないかと不安になるのと同じ……いや……少し違う。もしかしたら物足りないのだろうか。彼のあの……少し寂し気な笑顔を見られないことが。
それって……どうなの?
『ハミグっ……遊ぶ? 今日、べんきよう、やめり』
近頃集中的に勉強しているからか、だいぶ異世界語がマシになって来たように思う。
『あそぶの? なにする?』
遊ぶという言葉で、ハミグの瞳にキラーンとした光が戻った。
一日中ハミグのお付きをしてわかったことだけれど。ハミグは結構忙しい。朝は家庭教師による座学。昼は師匠っぽい人が来て庭で剣術、そこで休憩を挟んで、夕方からは剣の稽古再び。
私のところへ来ていた頃は、サボっていたのだろうか。なんだか申し訳ない。
今はお昼後の貴重な休憩時間を割いて、異世界語の勉強を見てくれてる最中だった。
『ハミグ。なにがよき? ハミグが、すきのことぅぉ。する』
考えながら言葉を組み立てると、ハミグが嬉しそうな顔をした。もやもやした気持ちを誤魔化すためにハミグを喜ばせようとする私は……嫌な大人だ。わかっている。わかっているけれど。
どうすれば切り替えられるのか……もしくは諦められるのか……わからない。このもやもやから逃げたかった。
『じゃあぼうけんごっこしよう! あのね! きのう、ははうえがよんでくれたほんのしゅじんこうがやってた!』
本がどうの? というところしかわからなかったが、私はハミグに手を取られて、連れられるがまま邸の外へ出た。
『こっち~』
庭で遊ぶのかと思いきや、私の手を引っ張り渡り廊下を歩き出すハミグ。
あれ。ここの庭出るの?
フラミアさんのお邸は、とても広い。
私は一度、お手洗いに行って邸内で迷い、うさ耳さんに発見されて事なきを得たことがある。
以来、簡易的な手書き地図を渡されたが……。
フラミアさんのお邸って、すごく広い敷地の一部なの?
魚を捌いていた区画も相当に思えたが、ここもこことて想像以上の広さだった。
白い石壁で囲まれた敷地内は、フラミアさん家だけではなく、他にも幾つか同じ規模……いや、それ以上の邸があるようで。お住まいごとなのか、同じような壁で区切られてはいるが、すべての建物が渡り廊下で繋がっているらしい。
壁はあれど、雨が降っても濡れずにお隣の建物に移動できますよという作りは二世帯住宅的な発想だろうか。
王族のお住まいがここに集まってるとか?
女子寮と小屋のある区画でもランクの違う建物はあったが、ここの高級感と比べるとすべてが劣る。
庭の手入れをしている人も、食事を運んでいる人も、みな一様に静かで、楚々と歩いているし、置いてあるものも手が込んでいる。
例えば灯篭一つとっても、和紙が均一に薄い作りなのか、光量が違うし、枠が凝った形をしていたりする。
フラミアさんとハミグって……王家の人なの? ってことはやっぱりリリョ……うさ耳さんはどうなんだろう。
聞くのが怖い。
とにかく私は、よそ様のお家で迷ったらシャレにならないから、この庭から出ないよう気を付けていた。
が……しかし……言いだした手前、嬉しそうなハミグを止めることも出来ず。
絶対ハミグから離れないで、生きて部屋まで帰ろうと誓い、二人でフラミア邸の庭を出て、たぶん探検? をし始めた……が。もう一つここから出てはいけない要素があることをすっかり忘れていた。
「ねえっどうしてフクちゃんのこと見にいっちゃいけないの? 市井ってどのあたり?」
どこぞの庭に入った途端聞き覚えありすぎる声が聞こえた。
「っ……」
私はハミグと一緒に、木の後ろに隠れた。そっと声の方を伺うと、見知らぬ邸の縁側に、今日も今日とて可愛らしい、裾にレースのあしらわれた若草色の着物を着た空風コトリが座っていた。
しかもその横に、いつも連れていた白髪の美少女美少年ではなく、私を小屋に押し込んだ男の人が立っている。
トラウマダブルパンチな組み合わせだ。
『それはその……大樹の下ですので……身の安全のため、コトリ様をお連れすることは出来ません』
「どうして? 安全じゃないところにフクちゃん居るの?」
『いえ。そのようなことは』
「どんなとこなの? 私フクちゃんが心配なの」
どの口が言うかーーーー!
私は、地団駄踏みそうな己の体を必死に制御した。
一体全体どういう状況なのだろうか。噂をすればその人が傍に居たわやっべーーということは割と経験したことあるが、こうもタイミングよく私の話をしているなんて。
ここに居ることがバレてるんじゃないだろうかと疑うレベルだ。
『えーその……申し訳ございません。わたくしそろそろ……その、行かなければなりませんので』
「様子だけでも教えて? どんな暮らししてるの?」
男の人が困っている。小屋に押しやられた日はめちゃくちゃ怖い顔の人だと思ったが、眉をハの字にしている今はそうでもない。
『えっと……その……その……普通に、健やかに暮らしておられると……』
「普通って? ここみたいな暮らし? どんな服着てる? 周りにどんな人が居るの? スワルみたいな護衛はついてるの?」
『いえ、ここよりはその……庶民の家ですので……。服……服は……動きやすいものではないでしょうか。とにかくお元気であられると…………聞いております。護衛はつけておりません……えっとあの……老夫婦の家ですので、妙な輩が居るわけでもありませんし』
男の人の話を聞いて、少し満足気な顔をした空風コトリは、しかしすぐにまた悲し気な顔をした。
「そっか……フクちゃん可哀想」
一体私の何が可哀想……と言われても仕方ないレベルの事件に遭ってるけど、大半は……
おまえのせいやないかーーーい!
本気で怒ったらろくでもないことが起こるとわかっている。私は、頑張って怒りを散らそうとした。こんなところで飛び出して行けば、またあることないこと言いふらされる。
けれどなぜ彼女はああも私を目の敵にするのか……なぜ私なのか……なぜ……。
―ー私も一年のとき転校してきたんだよ……。
ふっと、彼女がそんなことを言っていたことを思い出した私は……
『フクっフクっ』
ちょちょいっと袖を引かれ、後ろを見た。
『だいじょうぶだよ。ぼくがはなしてきてあげる』
こっくり頷いて、グっと拳を作るハミグ。
「あっごめっ今ちょっと聞いてなかったっ……ってっちょっ!?」
ハミグが、トタタっと木の陰から出て行ってしまったので引き留めようと手を伸ばしかけたが、すぐにひっこめた。
見つかっちゃいけないの私だけだった
再びこっそり縁側を見ると、空風コトリと男の人の前にハミグが立っていた。
『ハミグ様っ!? 何か御用でしょうか?』
『うん。あのね。えっと……ええっと……あっ…………の……おとのこさまに……その……おはなしが……』
もじもじしている小さな後ろ姿。
『あっ……ああっ! 異世界のことなど聞きたいのですね? それでは私は……その……下がらせて頂いてもよろしいでしょうか』
男の人がハミグに頭を下げた。
『うん』
ハミグが頷くと、明らかにほっとした顔をした男の人は、空風コトリにも頭を下げて、そそくさと室内に入って行った。
空風コトリは、一瞬不満げに唇を尖らせて男の人を見送り、クルっとハミグの方を見たときには笑顔だった。
「どうしたの? ぼく。私に何かよう?」
『うんっ……えっとあのね。おとのこさまのともだちのね』
ハミグが何か一生懸命話している。友達がどうとか聞こえるけれど、私と空風コトリはもはや友達とは言い難い関係だよ。
『フクね。えっとぼく……したのまちにいったときみたんだ』
「そうなの?」
『うん。でね。しんぱいないよ。フクは、えっとたのしくくらしてるから』
「たのしく?」
空風コトリのトーンが明らかに下がった。ハミグ一体何言ってるんだろう。
『ともだちもいてね。あと……あと……フクのことだいすきなひともちかくにいるから。しんぱいしないで。そのひとが、フクのことまもっ……まもるからね』
ハミグが、グっとまた拳を掲げた。後ろからなので顔は見えないけれど、向かい合っている空風コトリの顔を見るに……見るに……。
「っやーーーーんっ」
空風コトリがハミグの顔を両手で掴んでワシワシと撫ではじめた。
「私のこと慰めてくれるためにそんな嘘つくなんてっもうーーかわいいぃぃぃ」
『えっ? ん?』
わしわしとされるがままのハミグが困惑した声を出している。
『ちっちがっうよっ』
「もうありがとうね~~」
『ちがっ……うそじゃないよっフクはしせいにいるよっ』
ハミグの声がヤバイ。泣くかもしれない。
私は、走って行ってハミグを連れて高速移動すればなんとかなるのではないかと、空風コトリを見てタイミングを計り 今っ! と木の陰から出ようとした瞬間。
『おいっお前』
肩をグイっと掴まれた。
心臓がドギャーンと驚いて、体が硬直した。ギギギギっと無理やり首を動かすと。
真後ろに、白髪の美少女美少年が立っていた。
読んでくださりありがとうございます。またお時間ありましたら続きもよろしくお願いします。




