第十五話 どらごんたいえんじぇる
「」は日本語、『』は異世界語となっております。主人公は異世界語を勉強中の身です。少しややこしいですが、それを覚えて、読んでくださると嬉しいです。
私は、リリョスさんの家に雇われたのだろうか。
と思ったのだが、一日に一回、猫耳を生やした若い男の人が来て、家事全般をやってゴミを持って去って行くので、とくにやることがなかった。
猫耳の人は一体どこからこの梯子も階段もない場所へ来ているのだろうと、帰るときこっそり後を付けたら、なんと木の幹側の高い生垣をひとっ跳びして、柵も何もない枝の上を走っていくという芸当を見せた。
どうやら、あの太い幹までたどり着けば上に行ったり下に行ったりするすべがあるようだ。
とはいえ、あんなところを渡るの私には無理だし、なぜだかわからないものの、ここに住まわしてくれるのなら、特に戻る必要はない……が……。
ハミグとフラミアさんとうさ耳さんには会って無事を報告したい。
『リリョス。ハミグ、フラミア、家』
その旨をリリョスさんに伝えてみたところ。
『わからない』
近頃勉強できていないからだろうか……ダメだった。前は名前だけで通じたのに。
しかもここへ来て笑顔の多かったリリョスさんの顔がわずかに曇ったので、そこから更に粘ることも出来なかった。
どうしよう。
私は、さすがにこのままじゃいけないのではないかと強く思った。
ここの暮らしに文句があるとかじゃない。
リリョスさんは、外の仕事がないとき、ほとんど一日中私の傍にいて、気にかけてくれるし。
そう……一日中。
朝、目を覚まし、朝食を食べるときも、といっても食べているのは私だけ。やることがないので昼間、絵を描いたり、折り紙したり、空を眺めたりしているときも、彼は、本を読んだり何か書類のようなものを書いたりしながらそっと傍に座っている。
話しかけると、応じてはくれるが、なんだか見当違いというか、前までのズバっとした答えではなくて、微笑みですべてを丸め込まれているような……。
何か誤魔化している? 憐れんで優しくしてくれてる? 騙されてる?
いろいろ疑ってみたけれど、私を騙しても特にメリットなんてないし、ここまでしてくれるのに、そんなこと考えるなんて失礼すぎるからやめた。
せっかく仲良くなり始めていたのに、距離が遠い。
距離が……。
『フク』
考え事をしていると、近づいてきた彼に背中を撫でられた。
いやもうっ! 正直言うと物理的な距離は前よりものすごく近い! でもこう……心の距離が遠いのだ。
前は、バリアー的なのがガッチガチではあったけれど、ときどきふっと解いてくれてるようなことがあって、その回数が増えるごとに結構嬉しかった。
けれど今は、そのバリアーがギューンと縮まって、彼の心だけガッチガッチに守って、外側はフリーダムというような……。
『何も悩まなくていい』
そんな艶っとした目で見ないでほしい。
心臓がもたない。
思考が途切れる。
このままでは、生涯の鼓動回数を近日中に使い果たすかもしれない。
誰か……。
『たのもーーーー!!』
願ったら、タイミングよく外から声がした。
これは……この声は聞き覚えがある。
『フラミア?』
ハっとしてリリョスさんを見ると、彼はめんどくさそうな顔で外を見て
『ここに居ろ』
外へ出るな、というようなジェスチャーをした。
私は、ふんふん頷いて、彼が出て行ったあと、ドアからは出ずに、少し開けて顔だけ出した。
ブワっと翼を広げて門から空へと飛びあがるリリョスさんの後ろ姿はいつ見ても「わぉ」 と言いたくなるダイナミックさだ。
門がバタンと閉まったので見えないけれど、フラミアさんが空で待っているのだろうか。庭に入って来たのだと思っていた。
『フクを知らぬか?』
よく通るハスキーボイスが聞こえてきた。割と近くで話しているみたい。
『……ここに居る』
『っそうか。よかった。ハミグの目から見たそなたの話は、真実だったようじゃの。あの嵐の中、フクを助けてくれて感謝するぞ』
『それはどうも』
聞こえるけれど、やはり玄人同士の会話となると早すぎて、単語すら聞き取れない。
『うむ。ではすまぬが上まで連れてきては貰えぬか?』
『上へ?』
『フクをこちらの事情に巻き込んでしまった。自立した方が何かあっても生きていけると思うておったが、こうなっては保護してやらねば』
『その必要はない』
リリョスさんの強い声で、少し間が空いた。
二人は……兄嫁と義弟? だから、家族のことで何かあったのかもしれない。ハミグは元気でいるだろうか。
『それはどういうことじゃ?』
『フクはここで預かる』
『……ここで……? 何故そのようなことに? どういうつもりじゃ?』
『彼女がそうすると言ったからな』
雰囲気が悪くなっていくのが、見えなくても意味がわからなくてもわかる。誰か、仲裁に入らなければならないのではないだろうか。
仲裁……私が?
あの二人の間に?
ブルっと寒気がした。
いろんな意味で危なくて出来そうにない。だいたい言葉が通じたとしても、喧嘩している人の間に入って、まぁまぁ落ち着きなされ、なんて絶対言えない。
『フクが……言った? あのものはたいして言葉がしゃべれぬはずじゃ』
『そうだな。しかし俺の解釈では……言った』
『なっ! そのような戯言っ!そのように言えば、フクの言うことはなんでもそなたの言う通りになるではないか! フクをどうするつもりなのじゃ!』
大変だ。フラミアさんが怒鳴りだした。
私は、言いつけを破って、そろーっとドアから体半分ほど出した。仲裁は出来ないけれど、リリョスさんの代わりに頭を下げてみてはどうだろうか。ハミグの時みたいに一緒に謝れば……。
でもそれでは、うちのリリョスがすみませんね的なことになってしまう。
『さて。どうするつもりもないが』
『っ……もうよい。勝手に連れて行く』
バサっ羽音がした。
『そなたっ邪魔をするな』
『弟の妻が独身の義兄の家へ入るなど、よろしいので?』
嘲笑するリリョスさんの息遣いが聞こえた。おかげで私は、喧嘩を売っているのはリリョスさんだと、確信した。
一生懸命な声の人を笑う人の方が悪いに決まってる。
がしかし、お互い誤解しているのだと思う。落ち着いて話し合いをすればきっと……きっと……。
それが出来ないから……それが難しいから……いつも…………うまくいかない。
二人共優しくて、素敵な人なのに……仲良く出来ないこともあるのだ。
仲良く…………。
私を無視したクラスメイトも、誰かにとってはいい人だったのかもしれない。けれど、立場や、空気や、いろいろな隔たりがあって、私にとっては悪い人だった。
『誰も見てはおらぬ』
『我が家の匂いは残るだろう。鼻のよい耳族に見つからず帰られればよいが』
『底意地の悪い男じゃの!』
私は、ドアから出て門をそーっと開けた。
あのとき私は、何も出来なかった。あの空気を打ち破ることが出来ずに諦めた。楽になりたかった。けれど……きっとあのままじゃ永遠に楽になることなんてなかった。毎日毎日、学校へ通いながら
誰か助けて……と。
異世界に来なくても、第三者を求めたはずだ。
だから……だから私は……今……第三者として……あのとき誰かにやってほしかったことを……。
『フラミアーっ!』
『ん?』
『リリョス―!』
『っ……フクっ出てくるなと…………』
私は、全力の笑顔で二人に手を振った。
立場も何もないからこそできる必殺技、空気を壊す。こうすることで、今度は私が疎まれる可能性はあるが、しかし今の私は、言葉がわからないので、ダメージは半分以下に出来るのだ。
二人がポカンとしている。
やっぱりもうやめたい。ごめんなさい。
これが半分なのか? というダメージをくらいながらも、ピョンピョン飛び跳ねて両手を振り続けると。
『ん?……そなた…………』
フラミアさんが、リリョスさんの顔を見て、驚いた顔をした。
『なにか?』
やばいもう二人共こっち見てない。終わった。
『その顔…………そなた……まさかフクのこと……』
『……? フクがどうした?』
『いや……いや……ああ……そうかそうか。まさかそんなことが起きているとは……なんじゃっ……それならば』
フラミアさんがうんうん頷いている。
『わかった。フクはここで預かるということで、了解した。頼むぞリリョス殿』
『…………は?』
『わらわ、そなたの戦場での残忍さや、普段のその態度が嫌いであった。最近は益々妙な空気を纏っておるし、ハミグはああいうが、訝しんでもおった。しかし今の顔はなかなか人間らしくてよかった』
困惑した様子のリリョスさんに笑いかけるフラミアさん。
『夫にはうまく言っておく。大切にするのじゃぞ』
『…………はぁ』
よくわからないけれど、和解したようだ。私の目論見が成功したのか、それとも別に必要なかったのか、それはまあどっちでもいい。
よかった。
バサっ
翼を羽ばたかせて門へ帰ろうとするリリョスさんを、フラミアさんが呼び止めた。
『あっ! だがたまに上へ連れてきてはくれぬか? ハミグが寂しがっておって』
『ハミグに来させればいい』
『……ハミグは高所が怖いのじゃ』
リリョスさんはトンっと門の中に入って翼を折りたたみ、振り返りもせず言った。
『そんなんじゃ王にはなれない』
『っな!』
フラミアさんの羽がブワっと逆立った。
怒ってる!?
私は、驚いて何も考えずに頭を下げたが、バタンと門がしまったので意味なかった。
『そうでなくても、どのみち王は今の代で終わりだがな……』
私の横を通り過ぎながらボソっとつぶやいた彼の声は、どこか痛々しく。チラっと見えた横顔は真っ白で、思わず呼び止めそうになったが、喉の奥に何かつっかえたみたいに、声が出なかった。
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