第十一話 しゃわーるーむじけん
「」は日本語、『』は異世界語となっており、主人公は異世界語がまだまだわかりませんという設定です。
異世界なのになんか、充実してきたかもしれない。
ハミグが、単語帳を作ってくれる。うさ耳さんが、発音とか治してくれる。フラミアさんは、足りない物をくれる。
リリョスさんは、練習成果を見てくれる。
『今日。天気。晴れ。です』
『曇り』
『え?』
『曇り』
『くまっ……曇りです』
『そう』
あまり笑わない彼が、正解したとき、ほんの少し笑顔になる。
それが見たくて……じゃなくて、帰るため。いや、正直言うと両方得たいがために、私は毎日ひたすら暗記作業という、最も嫌いな勉強に勤しめている。
魚干しから藁編み、そして暗記へ。
私は一体どこへ向かっているのだろうか。まったくわからない。
ハミグや、リリョスさんや、出会う人みんな……は言い過ぎたけれど、なるべくみんな笑顔になってくれるよう、日々を過ごせれば幸い……というか。
このままの状態を保ちつつ、近々帰る方法がふぁーっと私の元へ舞い降りてこないだろうか。
夕方。ゆるーいことを考えながら、庭へ出ると、リリョスさんが居た。彼だけは、ここへ訪れてもドアをノックしたり呼んだりはしない。まぁいくら仲良くなったとしても、会いに来てくれているわけではなく、あくまでも休憩みたいだし。
しかし、こんな時間帯に休憩を挟むなんて、今日は残業?
休暇でも取っていたのか、四日ぶりに、岩の上に座っている彼は、なんだかいつもより、ボロっとしていた。
服が破れていたり、顔が汚れていたり。髪もヘタッと萎れて、乱れている。
どうしたんだろ。溝掃除でもしたのかな。
さっきの私よりもぼーっと岩に座っているリリョスさんに近づいていくと、たぶん目があった。少し虚ろなので、たぶんとしか言えない。
『なんでおまえ………………あれ……いつの間にここに来たんだ?』
汗と……鉄? のような匂いがする。
ズルッと岩から降り、半眼で私を見つめるリリョスさん。
めちゃくちゃ疲れてるよね。大丈夫かな。
『帰る』
眠そうな声。ひどく重い足取りで
歩き出した彼は、小石に蹴躓いて、よろめいた。
これは流石にほおっては置けない。
私は、頭の中の単語帳をめくりにめくって、彼の腕を掴んだ。
『シャワー。あげる』
『………………ん?』
リリョスさんがショボショボした目で、首をかしげた。
私は 『あげる』 を連呼しながら、彼の腕を引っ張って、小屋に連れて行き、小さなシャワー室へ押し込んだ。
『服っ。シャワー』
彼の服をぐいぐい引っ張って、シャワーを指さすと、ようやく伝わったのか。
『ああ。シャワー』
頷いて、おもむろに上の着物を脱ぐリリョスさん。
「っ……!?」
狭い場所で急に上半身肌蹴る彼に、驚いて、叫び声を上げそうになった私は、脱いだ着物が翼に引っかかってしまうという、彼らしからぬミスに助けられて、なんとか堪えた。
「破れますよっ。ひっこめないと」
背中を指差すと、リリョスさんは、また頷いて。
ダンっ!!
と壁に両手をつき。いや。両手ををつくのはいいけど、間に私挟まってます!
頭を下げて。いや!頭下げてもいいですけど!そこは私の肩があるんで!
深呼吸した。
耳元で、妙に生々しい彼の息遣いが聞こえる。
わぁぁぁぁぁぁぁ!
私の頭は許容量を超えて、パーンと真っ白になり、すぐ目の前で彼の翼や鱗が光の粒子となって消えていくのを、なんの感慨もなく見ていた。
パサッ
ようやく脱げた着物が床に落ちた。
ほどなくして、すっかりただの人間の姿になった彼は、ゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。
鈍い光を内包した赤い瞳が、気のせいかどんどん近づいて……気のせい……じゃない。まっすぐ伸びていた彼の腕の関節が、ゆっくり曲がって……肘がトンっと壁に当たった。
スルッと腰を抱き寄せられ、一層近くなった彼の顔が斜めに傾き……。
瞬間。
リーンっ。
鐘の音と共に、ザァーーっと上から水が降ってきた。
丁度リリョスさんの頭上にあったシャワーが起動したようだか……止めることなど出来なかった。
ずぶ濡れになったリリョスさんの、唇を伝う雫が、私の唇を濡らす。
その隙間、僅か数ミリ。
二人の唇の間に落ちた水滴は、表面張力で一瞬とどまり、ゆっくりとどちらかの顎を伝い落ちていった。
『……』
そっと離れていくリリョスさんと、それを見送る私。
ザァーーという水音が、鼓膜を支配する中。
『濡れるぞ』
彼の声が、聞こえた。
リリョスさんが、私に水がかからないように、覆い被さっている。鐘が私の後ろにあるから、止められないのだろう。
ここに居たら邪魔だ。
私は、彼の体に当たって跳ねる水飛沫に目をパチパチしながら、壊れたロボットのような動きで、床に落ちた服を拾い上げ。
「いいお湯でした〜」
頭パーンなまま、シャワー室を後にした。
そして……。
濡れた服を素早く着替え、タライにお湯を入れて、彼の服を突っ込んで、ゴッシゴッシ洗って、ギューーット絞って、干した。
一層ボロボロになった気がするけれど、乾いたら旨味が出て、おいしい干し魚に……。
ならねぇ!
私は、心臓を押さえこんで、物理的に静かにできないか奮闘しながら、ガクッとしゃがんだ。
何が起きたの? 今のは何? いやでも……当たってはいない……じゃなくて!!
『……フク』
「ひゃわい!」
名前を呼ばれ、反射的に立ち上がって振り返った私は、そのスピードを活かしてまた半回転し、顔を覆った。
彼はまだ、上半身に何も着ていなくて、ズボンごと全身ビシャビシャで立っていた。
今日袴じゃなくてよかった。っていうか、今名前呼んだ?
『悪い。拭くものくれないか。手拭い』
手拭い。
知ってる単語に反応した私は、畳んでおいた手拭いをすべて彼の方にぶん投げた。
『……怒ってるのか?』
リリョスさんが、落ちた手拭いを拾って、体とズボンの水分を拭きながら、気まずそうに言った。
怒る……?
一応聞き取れていたけれど、何も考えられなくて、彼から目を逸らしてしまった。
『さっきはなんというかその……眠気で少し朦朧として……戦帰りは、気持ちの高ぶりがその……制御が効かないというか……? 制御? ……俺は普段何を制御してるんだ? ……いや……あれだ。獣化を解く瞬間は気が抜けるから、そしたらお前がいて、余計に気が抜けて……気が抜けて迫るって……なんだ俺』
前髪が降りてるせいか、普段より幼く見えるリリョスさんが、何か必死な様子で私に話しかけている。幼くと言っても、彼はまだ二十三歳だそうで、けれど、いつもの態度は、私の知ってる現代の若者とは少し違っていて。
今は……年相応のお兄さんに見える。
きっとすっごく疲れてたんだ。倒れそうなほど疲れてたんだ。っていうか、ほらっ倒れかかってきたんじゃない?
そう考えると、もやもやとドキドキがスカッと……しないが、ましになったので。
『リリョス』
何やら話し続けている彼の名前を呼んだ。
『あ……ああ』
私は、当初の予定通り、彼に休憩して貰おうと、床を指差して 『座る。お茶』 と言った。すると 『わかった』 と何か勘違いしたらしいリリョスさんが台所へ行こうとしたので、立ちはだかって止めた。
『座る』
少し強めに言って、台所へ向かい、リーンとお湯を出しながら振り返ると、素直に座って、頭を拭いている後ろ姿が見えた。綺麗な筋肉のついた背中に、傷跡が幾つかある。
どんな仕事してるんだろ。剣とか持ってるし。モンスターを狩るとかしてるのかも。モンスター……どうか居たとしても出会いませんように。
いろいろなことを考えて気を紛らわせ。
彼の前にトンっとお茶を置いた私は……彼の正面に座る勇気はなく、かといって狭いので、少し距離を取って横並びに腰を下ろした。
『どぞー』
『……どうも』
リリョスさんは、お茶を手にとって一口飲み、ふぅっと息を吐いた。
『何やってんだ……』
『はい』
独り言のようなテンションではあったが、さっき無視してしまった手前返事をしてみた。
『あ。いや……ここ……昔は……もっと居心地の悪い家だったんだ……』
『家? ……』
『なんでもない』
『ない? なにない?』
そっか。服だ。
私は立ち上がり、羽織れそうなものがないか探そうとして、グイッと腕を引かれて再び座った。
『いいから』
折角離れて座っていたのに、腕がつきそうな距離になってしまった。これでは彼の方を見られない。
私は、まっすぐ前を見たまま。考えに考えて。
『リリョス。なに? すむませぬ』
もう一度言って貰おうと、単語を並べた。
すると彼は、しばらく間を置いて。
『フク……早く言葉を覚えろ』
名前。また呼んでもらえた。けれど、まだなにが言いたいのかわからない。すごくゆっくり言ってくれてはいるけれど。
『でなきゃ……』
声が擦れていて、聞き辛い。
『いいように……されて……しまう…………ぞ………………』
ずしっと肩と頰に重みがきた。
私は、なんとか踏ん張って横に倒れないよう耐えて……。
頭。リリョスさんの頭が肩に!
状況を理解したと同時に体がピシーッと硬直した。
頭の中で、フワフワしたものがグルングルン回り、心臓が限界を突破して……目の前が、真っ暗になっていく………………真っ暗。
「あれ?」
気がつくと、辺りは真っ暗で、私は藁ベッドの上で布団まで被ってがっつり寝ていた。
夢オチ!?
それはそれで恥ずかしい!
と思いきや、台所に二つの湯のみ。そして、干した覚えのない手拭い。などの痕跡が見つかり。
はたして、私はどうやってここに寝転がったのでしょうか。
答えが見えてるミステリーに、軽く一晩悩まされたのだった。
読んでくださってありがとうございます。ご意見ご感想などありましたら、どうぞお気軽に。




