第十話 かれいなるふぁみりーにー
「」は日本語、『』は異世界語となっております。主人公は異世界語があまり理解できておりませんという設定です。
振り返ってみると、なんとすぐ後ろに話題のハミグが立っていた。
『ハミグ!!』
久しぶりだったので、嬉しくて声をかけたら。
ハミグは、なぜか恐る恐るという感じで近づいてきて、私の服をガッシリ掴み。
『おまえ、ここのところずっと、物陰からこっちを覗いていただろう』
リリョスさんに何か言われると、ぴゃっと私の後ろに隠れて、けれどすぐに顔を覗かせた。もしや、怒られているのだろうか。
『おばあさまが、リリョスどのにちかずくなって。でも……フクに……あいたいし。そしたら、ははうえは、じぶんでみきわめろと』
『ほう。それで?』
叔父さんと甥の会話ってこんなにピリピリしてたかな。
ハミグは、小声でなにやらボソボソと呟いた後、また私の後ろに隠れて、今度は少し間を空けて顔を出し、さっきリリョスさんが描いた家系図を、指差した。
『これは……なんの絵ですか?』
ものすごく小さな声だ。
『ん?』
私は聞こえたけれど、リリョスさんには、届かなかったらしい。すこし腰をかがめて、耳を傾ける彼の仕草は、声音と違って優しさを感じた。それが伝わったのか。
『リリョスどの……も絵を……描かれるのですか?』
ソロっと顔をあげたハミグのまん丸な瞳は、期待に満ちた光でキラキラしていた。
心持ち背中をそらせ、私の方を見るリリョスさん。
『あ……いや。これは、まぁ絵といえば絵なのか?』
なんとなく、助けを求められている気はしたが、子供の前で適当にわかったふりするのもアレだし。
私は、申し訳なく思いながら、首を傾げた。
『あ……あのっ!』
そのせいか、そうでもないのか、続くハミグのキラキラ攻撃。
『おとこが絵など描いてもやくにたたぬと、きっ……きいておりますが! リリョスどのは描くのですね』
『……まぁ』
力ない声を出すリリョスさん。
なんだかわからないけど、ハミグか押し始めた。
形勢逆転か? と思いきや……
『さっきふたりでたのしそうでした! ぼくもっ………ぼく……も』
その勢いは徐々に弱まっていき、語尾は、全く聞こえなかった。
リリョスさんは、口を一文字に引き結んで、なんと言っていいのやら、という感じだ。
『……』
『…………』
二人とも何も言わなくなった。膠着状態?
どうしよう。ハミグ泣きそうだし。なんとかしなくちゃ。
ハミグは、いつもニコニコ笑顔の良い子なのだが、一度泣き出すと、長引く上に、泣き止んだ後も、恥ずかしいらしく、かなり尾を引く。
泣いてはいけないとは思わないが、この厳しい世界での唯一の癒しと過ごす時間は、なるべくでいいから、楽しくありたい。
私は、咄嗟に、リリョスさんが描いた、家系図の中のハミグを指差して
『ハミグっ。これぇハミグ!』
丸におかっぱ頭を描いただけのものに、笑顔を描きたし、更にハミグっぽくしてみた。
『これ。ぼく?』
ハミグが、ようやくこっちを見た。
私はうんうんと頷いて、今度はただの丸しかない方を指差し、その中に怒った顔を描き込んだ。
『これぇ。リリョス!』『おい』
小さく抗議されたが、本物は全然怒ってない声だったので、聞こえなかったことにした。こんなときは、子供が優先でいい……はずだ。
『これリリョスどの?』
砂地をじーっと見て、それからリリョスさんをチラ見したハミグが…………ぷくっと頬を膨らませた。
『フク……かみのけっ……かみのけがないよっ……ふふっふ』
よし。なんとかなった。
よかったと思い、リリョスさんを見上げると、彼もどこかほっとした顔だった。普段あまり交流のない親戚なのか、二人の間に何かあったのか、そこのところはわからないけれど、嫌っているわけではなさそうだ。
『かみっふふっっかみ描かなきゃっ』
ハミグは、笑いながら、怒った顔のリリョスさんに、彼の特徴である獅子の鬣のような髪を描き加えた。それが結構、いや、かなり……
上手い!
知らなかった。ハミグは絵が得意なんだ。
私は、すごいねとか、よく描けてるねとか、とにかくいますぐ褒めたくて、無意識にリリョスさんに教えを請おうと手を伸ばしかけて。
ふいにさっきのを思い出し、空中で固まった。
動けない。
助けてくれ!
一人で勝手にピンチになっていたら。
『うまいな』
察しの良すぎるリリョスさんが、ため息混じりに助けてくれた。
砂地に絵を描いていたハミグの肩がビクッと揺れ、ふっくらした横顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。
褒める言葉だ!
『うまななハミグ!』
私は、心の中でリリョスさんにお礼を言いながら、教えてもらったばかりの言葉を言った。
するとハミグは、真っ赤な顔のままこっちを見て、また笑った。
『うまななってなにー? フクへんだよー』
『うまななー』
『あっははっはっ!』
私の言葉がおかしくてハミグが笑うのはいつものことだ。こんなことぐらいで、楽しそうにしてくれるならばと、私はハミグが笑い出すと、追い討ちをかけ、同じことを繰り返して二人で延々笑ったりするのだが、いかんせん今は二人ではなかった。
『おまえ。そんなんじゃ永遠に言葉覚えられないぞ』
ハッと、二人して見上げると。
私たちの視線を受け止めたリリョスさんも小さくハッとして、それから眉間にしわをよせ。
『ハミグ。今すぐペンと紙を取ってこい』
気怠げに言った。
『う……はいっ。えっと。ははうえがフクにあげたもののなかにあった……』
すくっと立ち上がり、右往左往するハミグ。
なにを言われたんだろうと思って、肩をポンポンっと叩いたら。
手を引っ張られ、小屋の中に連れて行かれた。
かくれんぼ?
私は、よくわからないまま、部屋の隅に寄せた貰い物の山を探るハミグを見守り 『あったー!』 何か見つけたらしいハミグに再び引っ張られて小屋の外へ出た。
もしかしたら、部屋へ入ってもいい? ていうのと、これ持っていってもいい? ていうのを省略するためにつれていかれたのかもしれない。
『かみと……ペンです』
私の腕を掴んだまま、リリョスさんに
取ってきた紙束と、葉っぱとインクを差し出すハミグ。
しかし、リリョスさんは、それを受け取らず。
『何か描け』
素っ気なく、一言。
『えっ?』
ハミグが驚いた顔をした。まったくなんのやりとりをしているのかわからない。
『さっさとしろ』
『っ!? でもっ……何を……』
ぎゅーーっと私の腕にしがみついて、不安げな声を出すハミグと、こっちを見ないリリョスさん。
その間に挟まれている私は、あわあわと二人を見るしか出来ず。
そんな私のあわあわにつられたのか、同じようにあわあわしだしたハミグは、インクを葉っぱの先につけ、砂地に紙を置いて、何か描きはじめた。
薔薇のような、しかし、葉の部分がクルント丸まっている、複雑な形の花……だろうか。
「うわっ立体的!ハミグすごっ!」
驚いて日本語で話しかけてしまったが、ハミグは聞いていないのか、余裕がないのか、何も答えず。描いたものを急いでリリョスさんに差し出した。
『ん』
それを受け取るや否や、見もせず、私に渡すリリョスさん。
しかも彼は、ハミグが持っていた葉っぱを無言で取り上げて、それも私に渡してきた。
ハミグが泣きそうな顔をしている。見てくれると、思っていたのだろう。
『花だ。これは花。お前自分の世界の字は描けるだろう』
そんなガッカリな空気などお構いなしに、描かれた花の下、余白部分をペシペシ叩いて、私の手にペンを握らせるリリョスさんが恨めしい。
『花』
誰か〜!
ハミグが泣いちゃうし、リリョスさんが何言ってるかわからない。絵を描けってことかと思って、下手な花を描いてみたところ、違うと首を振られた。
『花』
さっきから同じことしか言わないし、『花』って、『花』って……。
私はもう、やけくそで、聞こえたままの音を、平仮名で書いた。絵がダメなら字だ! と思って葉っぱが折れそうな勢いで……書き終えた紙を見て……
「あっ……ああそっか……そっか!」
ピンときた。
これ、単語帳になるのでは……と。
この方法なら、どの音が、何を示しているのかハッキリわからないぜ問題も、一回では覚えられない私の頭の出来問題も解決出来る。
ダブル解決だ!
『リリョス!ハミグ!花!』
二人に向かって、花の絵を見せながら言うと、泣きそうだったハミグの顔がキョトンとした。
『絵なら、言葉がわからなくても伝わる。頭の固い誰かさんの教えの内一つが間違いだと証明されたわけだ』
リリョスさんが、ふっと自嘲気味に笑った。子供に向けるにはふさわしくない、いろいろ含んだその態度は、この間屋根の上で見たのと同じだった。
冷たく恐ろしいが、引き込まれる。魅力的な仕草は、ワザとか、素か。まだ見ぬ彼のポテンシャルが恐ろしい。
私、よくこんな人に話しかけたな……って! ハミグびっくりしてるんじゃ……。
心配して、ハミグを見たら、全然大丈夫そうだった。というか大丈夫を通り越して、普通も飛び抜けて、ものすごく嬉しそうに、目を輝かせていた。
これは、どういうこと? 何言ったんだろ。何かいいこと言ったのかな? いやでもどうだろう。
私は、また恐る恐る彼の方を見て……。
予想だにしない反応が返ってきたのか、
心持ち背をそらして、目を細め、口を引き結ぶという、押され気味スタイルに戻ったリリョスさんの姿にほっとした。
冴え渡る格好良さよりも、居心地悪そうな彼の方が、私的にはしっくりくる。今なら、話しかけられるし、つい手を伸ばして頼りたくなる……これは、気をつけないと。迷惑かけちゃいけない。
『おばあさまにおしえなきゃ!』
パァァっと明るい声で拳を握りしめたハミグに、リリョスさんが、小さく何か呟いた。
『いや駄目だろ』
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