とある王子の破滅
俺の名前はカラッラ・スペル。スペル王国の王太子だ。次期国王として、あの性悪女を追放した。婚約者であったあの性悪女――ケーシィ・ガランドは忌々しい事に、父上や母上を篭絡していた。王妃という地位にしがみついて、俺の愛しいフィーラを傷つけるような相手が王妃にふさわしいわけがない。王妃にふさわしいのは、フィーラのように慈愛に満ちている者に決まっている。父上や母上はあの女にうまく言いくるめられていただけだ。そしてルドも、妹が可愛いからとあのような者を野放しにしているなど処罰対象だ。
そんな風に意気込みながら俺は、帰ってきた父上と母上にフィーラを紹介したわけだが、うまくいかなかった。フィーラは「ケーシィ様が私を悪く言っていたのかもしれない。でも王妃になるために頑張りますわ」と健気に言っていた。何てかわいらしいのだろうか。こんなに可愛いフィーラは俺の王妃にふさわしい。慎ましく、俺の傍に寄り添ってくれるフィーラはまるで聖母のようだ。
あんな魔女のような女と結婚すれば、この国は大変な事になっていたに違いない。そもそもあんな血のような赤い髪や瞳は気に食わなかったのだ。その点、フィーラは雪のような美しい髪を持っていて、胸もあの女のような破廉恥ではなく、慎ましく……。あんな女を王妃にしなければならなかったのは我が国にとっての悪夢だったのだ。こうして聖母のようなフィーラが王妃になれば、我が国は幸せになるはずなのだ。
俺はそれを疑っていなかった。フィーラのように健気で愛らしい少女ならば、いずれ父上や母上も気に入るだろうと。
……しかし、王妃教育がいざ始まってみると、フィーラはすぐに音を上げた。あの魔女が簡単にこなしていたような王妃教育がそこまで大変なはずはない。そう思っていたのに、大変だとフィーラが泣く。もしかしたら、フィーラを気に食わなくて敢えてケーシィにしていたよりも厳しい教育をしているのではないか。そう思って抗議するも、ケーシィが同じだけの事をやっていた、むしろケーシィがやっていたものよりは軽いと論破されてしまった。
母上とフィーラは一向に仲良くなる様子はない。あのケーシィとでさえ仲よくしていた母上が、フィーラを気に入っていないようだ。あれだけ優しいフィーラなのに。
王妃教育を始めてくれたという事は、フィーラを私の嫁として認めてくれたからだと思っていたのだが。俺はフィーラがこのまま王妃になって、幸せになれると思っていた。いずれ父上と母上も認めてくれて、誰もに祝福される王と王妃になれるはずだと、そう信じていた。
――しかし、本当にそうだろうかという不安がこのところ、湧いてきている。あの魔女をどうにかしたのだから、俺とフィーラを邪魔するものは何もないはずなのに。
そしてその不安は的中した。
ルド・ガランド。ケーシィの兄である存在が父上や母上、そして俺とフィーラと、この国の上層部の連中を集めて告訴したのだ。
――妹であるケーシィ・ガランドの罪は冤罪だと。
俺は何を言っているのかと思った。しかし、実際に提示された資料はケーシィの無実を証明するようなものだった。反論があるのならば、証拠を示せと言われたが、そのような証拠など証言者しかいない。ケーシィがフィーラに嫌がらせをしたと証言した者達が、実際はフィーラに嫌がらせをしていた犯人だということを知ってしまった。それで反論なんて出来るはずがない。
「不当に侯爵令嬢を貶めた殿下と令嬢を私は許すことが出来ません。このような方が次期王だというのならば私は国を捨てます。これは私だけではなく、他の者達の総意です。そのことについて、陛下はどうお考えでしょうか?」
「そうだな。このまま王にすることは出来んだろう」
「なっ、父上!?」
突然、ルドが言い張った言葉に父上は躊躇いもせずに答える。俺が声を挙げても、父上は俺を見ない。フィーラは不安そうな顔をしている。
「それは安心です。罪のないものを証拠もなしに追い詰める者など、我らもついていけませんから。それに伴い、私の妹の無実はきちんと公表をお願いします。ただ私はこの国を出ていくつもりです」
「それは、決定事項か……? ケーシィ嬢に関しても無実とし、帰国させることは出来るが」
「いいえ、私の妹はそれを望まないでしょう。では、私はこれで」
ルドはそれだけ言うと、父上と母上に一礼をして、有無を言わさぬ笑顔で去っていってしまった。
ルドがこの国を去る? 俺が王につけない? どういう事なのだろうか。ケーシィが無実だったのは、ケーシィには悪かったとは思う。しかし、それは嘘の証言をした奴らが悪いのではないか。
「カラッラ、聞いていたな? カラッラは王位継承権を破棄する形になる。またその娘に惹かれて、ケーシィ嬢を貶めた者達も廃爵となる。その娘と婚姻する事は認める。ただし、カラッラには子供を作る能力がない」
「はい……?」
「カラッラとその娘に子が出来たとしてもそれはカラッラの子としては認めない。王家の血は入っていない。王位継承権の破棄と共にこれを告知せよ」
「はっ」
俺が状況についていけていない中で、父上は命令を下した。
俺が、王位継承権第一位の俺が、王子ではなくなる? そして俺には子を作る能力がないと父上が広める? ……それは仮に子が出来ても不貞の子としか認知されないという事だろうか。——色々と理解した俺は父上に向かって叫ぶ。
「父上!! どういう事ですか。た、確かにケーシィを無実の罪に問うたのは悪かったかもしれませんが……」
「カラッラはケーシィ嬢との婚約の意味と、破棄した後の影響を考えていなかったのだろう。侯爵令嬢を無実にもかかわらずに、罪に問うたという事は――他の貴族たちにとっていつ冤罪を押し付けられるか分からないという事だ。それに加えて――」
父上は言う。ケーシィを王妃にすることによって国の改革を進めようとしていたのだと。そしてケーシィが居なくなって、魔法師団の面々やルドと言った者達が国外に出る事になったという事。何故か、と疑問を口にしたら呆れられた。
確かに父上は散々、国のためにケーシィは大事だと口にしていた。でもそれに関してあまり考えた事がなかった。ケーシィが父上と母上を言いくるめているのだろうとしか考えていなかった。
「はぁ……そこで知ろうとしない事も問題なのだ。聞けばすぐにわかる事だろうに……。カラッラ、王位継承権を剥奪されれば、平民になる事になる。親としての恩情で、住まいとしばらくの金銭は与えよう。それ以外は、自分で稼ぐのだぞ」
茫然としているうちに、俺とフィーラは外へと連れ出され、馬車へと押し込まれる。そして王都から大分離れた街に俺とフィーラは放り出される。賃貸の住まいは用意されていた。少しの金銭も用意されていた。荷物は後からもらえるらしい。
「カラッラ様っ!! どうしてこんなことに」
隣で泣きわめくフィーラ。
――俺は王子なのに、どうしてこうなったんだ。王になって、フィーラと幸せになれるはずだったのに。




