4.家庭教師の仕事の始まり
ソル君に告白すると、改めて決めた私はどんなふうにどんなシチュエーションでどんな言葉にしようと悩む事にした。悩む暇があったら言えばいいのにと言われるかもしれないけれど……告白するならちゃんときちんと告白したいなっていうのが本音なのだ。
まぁ、その前にソル君が交渉して働く事が出来るようになった家庭教師の仕事が始まるのだけど。
それはこの街の領主の娘に魔法を教える仕事だった。
私が領主の館に向かう時、ソル君も一緒に来てくれた。というか、この領主ともソル君は面識があるようだ。本当にソル君って人脈が広い。
領主の館にたどり着けば、ソル君は「ソル様」と呼ばれていた。ソル君はやはり、地位を捨てたわけでもなく、ただ冒険をしている。本当にソル君はなんなのだろうか。それを周りに聞く事は簡単かもしれない。でも出来たら——、ソル君本人の口からききたい。
ソル君の家名は何というのだろうか。ソル君の家はどういう家なのだろうか。沢山の疑問が私の中には湧いている。
ソル君は、自分の事を進んで話そうとしない。――ソル君の事を何か言おうとした領主の館の人達には口元に指をあてて、しーっという仕草をしていた。その仕草に、可愛いなと思ってしまうのはソル君の事が好きだと自覚したからこそだ。
領主の男性も、ソル君の事を信頼を込めた目で見ていた。ソル君ぐらいの年でそういう信頼を手に入れているという事は、ソル君の生まれもあるのだろうけど、それだけではないはずだ。幾ら生まれが良くても本人が信頼に足る人物ではなければこんな目で見られたりしない。やっぱり、ソル君は凄いなぁと思ってならない。
「この女性が俺のパーティーメンバーのケーシィ。凄腕の魔法使いだよ」
領主と親しい仲なのだろう。ソル君は軽い調子で私の事を紹介した。ソル君の紹介を受けて挨拶をすれば、領主もにこにことしながらこちらを見ていた。
「ソルがパーティーを組んでいるという事は信頼できる方なのだな。では、今から娘を呼ぼう」
ソル君とパーティーを組んでいるからというだけで、それだけの信頼を私に向けられている。ソル君の顔に泥を塗らないためにも、この家庭教師の依頼をきちんとこなさなければならないと気合いを入れる。
そんな私の前に——私が家庭教師をする事になる貴族の令嬢がやってきた。
「貴方が、私の先生になるのね! ソル兄に教われるかと思っていたから残念だけど……まぁ、ソル兄のパーティーメンバーだっていうんだから我慢してあげる!」
その令嬢は、とてもかわいらしい人だった。
金色の美しいくせ毛を持つ十歳かそこらの令嬢。水色のドレスを身にまとった少女。
そのかわいらしさに笑みが零れそうになる。
「私はケーシィですわ。よろしくお願いします」
声をかければ、その令嬢はなぜか少しだけ顔を赤くした。
「わ、私はエウフェー・マッセリですわ!! ケーシィ先生って、とても綺麗ですわね!!」
「まぁ、ありがとう」
急に言われて、少し照れてしまう。故郷の国に居た頃、散々言われてきた事だけど、こうしてお世辞ではなく心から言っていると分かる言葉には少しだけ照れてしまう。
次期王妃として過ごしていた時は気が抜けなくて、私は王妃として頑張ろうと常に気合いを入れていた。その頃は、弱味を周りに見せないようにとそればかり考えていたっけ。
そう思うと、故郷を飛び出して私はのびのびと過ごせているんだなとちょっと嬉しかった。
「エウフェー様、至らない身ですが、精一杯勤めさせていただきますのでよろしくお願いしますね」
「ええ! よろしくお願いしますわ!! それにしてもソル兄、ケーシィ先生って全然冒険者っぽくないけれど冒険者なのよね?」
「まぁ、確かにケーシィは冒険者っぽくはないけど……ちゃんと冒険者だよ。あと多分、ものすごく年上だと思ってそうだけど、エウフェーとケーシィってそんなに年離れてないからね?」
「え? ケーシィ先生って、何歳なの?」
エウフェー様がそう言って不思議そうにこちらを見る。それにしてもソル君の事を「ソル兄」と呼んでいるなんて、よっぽど親しいのだろうなと思った。
「私は十五歳よ」
「えええ? ケーシィ先生、もっと年上に見えるわ。二十歳超えているかと思ったわ……」
そんな会話を交わしている私達の事を、領主はほほえましそうに見ていた。
その後、早速家庭教師として教えるのだと思っていたのだけど、その日は結局館内の案内やお互いを知るための会話で終わった。




