序章 彷徨 NO‐WANDER
それは、あまり長い旅路だった。
曠野を【彼】は独り、歩んでいる。
彼が身に纏う、鈍く、くすんだ外套は、擦り切れと襤褸襤褸で、何処か十字教の牧師服を思わせる。
髪の色は烏羽玉色で、半端に長く跳ねている。
口元は巌のように固く真一文字に引き締められて、苦渋を洩らすまいと耐えているかのようだった。
感情の色が乏しい黒曜石の瞳は、しかし嘆きとも慚悔の念ともつかない奇妙な照り返しを持っている。
そんな黒一色の男は、彷徨うような旅路を続けていた。
彼は、探し求めていた。
ずっと、遥かな昔から、たったひとつの【それ】を切実に追い求めていた。
求め、歩み続けてきた。
振り返ればこの世の果てまで続く足跡を残し、それが風化するに任せ、決して振り返ることもなく今日この日まで。
歩み続けてきたのだ、
――褐色の大地を。
いや、それを大地と表現することは憚られた。それを大地と言い表すことは決定的なまでに間違い誤っていた。
それは【錆】だった。
そこは【錆】だった。
一面に広がる、水平線の彼方まで、それすらも超えてなお広がる全面褐色の【錆の大地】だった。
【錆】。
あらゆるものが錆びついていた。
すべてのものが錆びついていた。
かつては鋼鉄を越える強度を誇る、堅牢な建造物で有ったであろうモノ。
いつかは生い茂る、潤いある新緑の山々であっただろう場所。
舗装され、整合を持って整えられた、やがては誰もが歩みどこまでも通ずるはずであったろう道である何処か。
その全てが。
蠢く【錆】によって覆われていた。
「…………」
漆黒の彼は、ただ無言でそんな場所を歩いていた。赴く為に、何処かへと辿り着く為に。至るために。
一歩一歩を踏み締め。
その一歩一歩を重ねるたびに何かを背負うかのようにしながら。
いつか来る、耐え切れなくなる瞬間を知りつつも、なお前に進むかのように。
漆黒は、確かに歩みを重ねていた。
そこに感動はなく、歓喜はなく、起伏はなく。
それは流浪であり。
それは放浪であり。
それは彷徨であり。
それは巡礼であった。
巡る旅。
廻る度。
流離うままに風に靡くが如く、目的地を定めながら、なお彷徨う。
それはそう言う旅路だった。
しかし遅々として進まぬ歩みでもあった。
そう、男には理解できていた。
それは終幕への道程。
終末への歩み。
終焉への望み。
始まりの終わり。
終わりの始まり。
それを司る。
それを奉る。
「…………」
その為に、男は歩む。
【錆の大地】を。
終わりなど見えずとも。
来たるいつかなど信じずとも。
それでもなお歩む。
それは巡礼と言えば概ね正しかっただろう。
しかし【贖罪】と言えば、なおそれは正しいのだった。
漆黒の彼は希求する。
罪を贖うためのその【音】を。
久遠の過去に罪を犯した漆黒は、ただ只管に探していた。
贖罪の音を探していた。
疲れ果て、血に塗れ。
その意思すら朽ち果てながら。感情すら摩滅しながら。
それでも漆黒は探し続け。
やがて、音を聞いた。
あらゆるを清めるその音を。
涼やかに伸びるその【声】を。
漆黒は。
偏に求め。
今、向かう。
Rust ~錆び逝く物語~ 始
序章、終
第一章に続く