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七話 god bless you

ただいま。

「さ、入った入った。せっかくの参拝客をもてなさないと貴重な信仰心に傷がついてしまう。」


「相変わらずだな」「うぇぇ・・・」


何とも言えないゾンビ少女の顔。おそらくもっとメルヘンチックな神を想像していたのだろう。由は、小さい頃初めてシンガポールでマーライオンを見た時の記憶が頭をよぎった。


本殿の中はいたって普通の和室だった。ただ、隅によけられた仏像と元あっただろう位置に鎮座した冷蔵庫など、少々感覚がずれてはいるが。


「さあ座って、お茶でも沸かそう。ポットを・・・」「いや、そんなに長居するつもりはねェから。それより銃の手入れを頼む。やっぱり自分じゃガンブルーを削りそうで怖くてな。」「キミも相変わらずだねぇ、ほら貸してごらん」


由は差し出された手に自分の銃を託す。こうやって由が愛銃を簡単に渡す人間はほかにいない、あるいはこの男が人間ではないか。


「由、由っ!」「あ?」隣に座っていた少女が、服を引っ張りながら小声で由に疑問を投げかける。


「あれ、なに?」「だから、神だって」真顔で応えてはいるが、由は内心すこし得意だった。なにしろ出会ってから今まで、常に少女のペースだったのだ。それが崩れたことは由にとって一種痛快と言えた。


「ま、いいやっ!ふひひっ」由の肩が垂れ下がる。栄華は儚く、そして脆い。回りくどく心理を突いた日本の心を由は今日、より一層深く理解した。


「まぁまぁお嬢さん、せっかく出会う縁があったんだ。自己紹介くらい聴いて貰えないかな?」「いいよ~、聴いて損するもんでもなしっ」


男は胡坐を崩しながら小さくため息をつき特徴的な、何か含みを・・・というより、その面の下にもう一枚別の顔くらい隠し持っていそうな、そんな類の余裕ぶった笑みを浮かべて話した。


「聴いての通り、僕は神だ。この名前もない神社で祀られていることになるね。主に冶金、鉄砲・刀鍛冶、DIYの神様をやってる。」「へぇ~、和洋折衷だねぇ」何度聞いても突っ込みたくなる由と違い、少女の順応は早かった。と、いうより“慣れて”いた。


「で、君は」「そ、そうだっ!紹介しておかないとな!」気を落として会話から外れていた由が、会話に置いてゆかれまいと再浮上する。


「いや、これは本人に聞きたいんだ」「あ、そう・・・」由、あえなく撃沈。


「で」やはり男はあっさりと「君は・・・、」少女を見据え。


「キミは、“何”かな?」疑問と断定を同時に放つ。言葉の裏側には確信に満ちた『君は人間ではありません』が含まれている。


「見ての通りのゾンビだけど?」「あー、血色悪いみたいだしねー。こりゃ気づかなかった。」「失礼な神だね~、にっひっひっひっひ」「はっはっはっはっはっ」「待てやゴラァ!!」


由は突っ込まざるを得なかった。


「分かってたけど!大体予想はしてたけどっ!軽すぎんだろっ!!!!」


神とゾンビという、由にとって存在自体がペテンの二つが仲良く談笑している。ひとつずつならなんとか許容出来ていたが、同時は、ない。


「だってね~?」「ねぇ?」「なんだよっ!なんでそんなに息が合ってんだよ!?」


「そりゃぁ僕は神だからね。自分の家に来た人には分け隔てなく接することになっているんだ。」「私は楽しければ何でもいいっ!」「軽いっ!この上なく!!」


「いいじゃないかー、ゾンビちゃんは神様好きかい?」「うん、大っ嫌いっ!」「やっぱりちょっと意思疎通できてねぇ!」


大嫌いな相手と笑顔で談笑していたのかよ、と由は少女に心の中でツッコミを追加した。


「ゾンビと言えば不道徳の象徴だからねぇ、しょうがないと言えばしょうがないか。けどこちらとしては人間以外の顧客も狙えるとわかった以上努力はしたいんだ。聴かせてくれないかい?神様が嫌いな訳を。」


口元は歪ませたまま、由が今まで見たことがないほどの真剣な目をする神。その姿は神というより、明らかに商いをする者のそれだった。


「んーとね、上から目線とやってることと考えてることが嫌い。」


要するに生理的に受け付けない、存在が嫌い、つまりは全否定だった。


「ありゃりゃ。・・・察するにキミは生前、というよりキミになる前の君は悪い方の神様に当たったらしい。恨んでいるかな、やっぱり。」「・・・概ね正解、かな」  


由は気付かない。この神に対して、ゾンビですら一瞬で本質を見抜かれ、飲まれかけたことを。


「それが誤解だとは言わないけど・・・根本から説明しておくと、この日本て国はちょいと特殊なんだよ。八百万も神様がいる国だから、神様にも善悪強弱その他があって然りなんだ。その上海外から入って来たり新しくできた神も簡単に認めてしまう、ある意味危険とも見える状況なんだ。君が当たったのはそのどこかから入ってきた、『邪神』ともいえる存在だろう。君がキミになった理由もそこらへんにあるのかもしれないけど、プライベートに踏み込む気はないさ。というか、聞いてもどうしようもない。」


「神なのに?」「だから言っただろう?神様にも色々だって。僕は善でも悪でもない、というか人によってはどちらとも取れる。しかもこの上なく弱い神様なんだ。だから君を助けることは出来ない・・・それに、キミはどうにかして欲しいのかい?」「んーん。というより今が救いかも。」


気が付けば少女も真顔になっていった。眼鏡のフレームが当たっているところに、未来永劫かくことの無くなった冷や汗に似た感触を感じる。


「それにね、あぁ・・・例えばキミは、幽霊はなんで人を脅かすと思う?」「人間だったときは、恨みを持って死んだからだと思ってた。でも・・・、」「今は分からない、だろ?」


少女が完全に聴き手にまわっていることに、由もようやく気付いた。


「最初に人を脅かした幽霊は本当に恨みを持っていたのかもしれないし、淋しかっただけなのかもしれない。でもね、それで人々はこう思ってしまったんだよ。『あぁ、恨みを抱いて死んだ人は幽霊になって恨みを晴らしに来るんだ』ってね。逆を返せば脅かさない、呪わない、写真にも写らない、まったく存在を誇示しようとしない幽霊なんて人間からすればいないも同然じゃないか。そして気が付けば、幽霊は何かしらの方法で人を驚かすのが当たり前のようになっている。人は幽霊を未知の存在として恐れているけど、実際の幽霊は人か、別の生き物に知っていて貰わないと居ないに等しい存在になりかねない。常に自己証明をし続けないといけない弱い存在なんだと思う。もしかしたら、人間が二足歩行で歩き言葉を練習するように、幽霊も何かしらのチュートリアルを踏んでいるのかもしれないね。」「・・・。」


「キミだって少なからず恨みを抱いて死んだように見える・・・失礼。でも、恨みを晴らす気満々って訳でもないんじゃないかな?なのに、人を襲う」「だって、」「だって、襲いたくて、食べたくて仕方がないから・・・だってゾンビだからね、というかそれがゾンビだと『みんな』が思ってるから。」「そんな、理由?」


高らかに演説するように、且つ小さな子供に諭すように。それでいてどこか諦めたように神は話す。


「確証はないさ。ただ僕はキミより『人以外』の経歴が長い、その中で見つけた心理がこれだったってことさ。キミも基本的に不死っぽいから時間はたっぷりある。キミなりの心理を探ってみるのも暇つぶしにはいいかもしれないね・・・と、ここまで言うとわかってもらえるかな?」


「・・・神も同じ理由なの?」「僕は、少なくともそう思ってる。何かしらの御利益、もしくは祟りを与えない神は神とはいえないんだよ。だから僕は御利益を与え続けている、俗に言う神業ってやつでね。」「それがDIYな訳か~。で、どのくらい凄いの?」


本当は、少女にはもう一つ聞きたいことがあった。“アナタはなぜ神になったの?”と。だがそれは聞くべきでないことだと、たった今この神から学んだ。


「どの位と聞かれてもねぇ・・・そういうのはやっぱり客のレビューを、ってあらら・・・。」「起きてる時とのギャップがまたいいんだよね~」


由、座ったまま爆睡中。膝の上に置いた手の甲に、涎が糸を引いて垂れている。


「そうだ、神さん?」「おっ、呼び方がグレードアップしたねぇ。何でもではないけど言って御覧なさい。」「あのね―――」


時間にして数分後、由は妙な違和感で目覚めた。


「・・・んぁ?」「おはよぉ~」「んあっ!?」


由の細めの体躯は、少女の足に腕ごとガッチリとホールドされていた。


「ふ~っはっはっは!、どうだ動けまいっ!」「あ゛ぁん!?」


由はどうにか足掻きはするが、馬乗りになった少女の想像以上の重量と万力のような脚力の前に脱出を許されない。


「ゆぅぅ? おねがいがあるんだけ」「人にモノを頼む態度でも、頼む立場でもないよな?」「ど。」


押せない、死なない、止まらない。それがゾンビ三原則だと由は定義した。


唐突に少女が、由の艶やかな髪の両側をツインテールの様にすくい上げる。イタズラを思いついた子供のような少女の悪い笑顔が咲いた。


「おい、てめっ!勝手にさわん」「へぇ、意外。髪、すごく大事にしてるんだぁ?」今度は逆に言葉を遮られた。ちょいちょいと左右に引っ張られる髪、少しずつ締まってゆく由の体をホールドした脚。 


お願いは、既に脅迫に変わっていた。


結局由は、髪を三つ編みにされかけたところでギブアップした。拘束を解かれた安心感と髪を触られたことのストレスからその場から立ち上がることも出来ず、中途半端な姿勢のままヘナヘナと座り込んでしまう。


「・・・で、なんだよ。」「銃が欲しいっ!」


銃を持ったゾンビなんて、悪夢だ。由は魔王の誕生を見守るしかない勇者のような気分だった。




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