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四話 Memories of mother・・・Almost no it

深い海底から浮力によって引き上げられるように、急速に由の意識の火が灯る。薄く開かれた瞼に光が差し込「・・・状況を、説明してもらおうか」ゾンビがいた。由の足元で正座、両手をワキワキ、涎ダラダラ。


「想像してみてください」「やだ。」「目の前でウサギが無防備に寝ているのにルパンダイブ禁止なんてご無体なっ!!」「今すぐ出てけ!!!!」


由が期待していた、ゾンビとの遭遇は夢オチという淡い希望はものの見事に潰えた。時刻は朝の8時。いつもより数段重く感じる体を起こし戸棚を漁る、そして落胆した。仕方がなく冷蔵庫を開け、諦めた。


「飯、外にするぞ。何が食える?・・・人肉以外で。」「動物性タンパク質!」「これでも食ってろ」由はそう言いながら、冷蔵庫にあったチーズを1ダースの包みのまま少女に放り「ぁグッ」少女はそれを包みごと喰う。


「ふぁぁ、ふぇうぃうぁんうぇをふぁえあえうんひゃえお」「食ってから言え。」


ハムスターの様にチーズを頬張っていた少女は、数回の咀嚼でそれらを嚥下してしまう。


「んがぁ、別に何でも食べられるんだけど。ただ人肉以外は栄養にならないんだよね~昨日の銃弾とかチーズとか。」「なら返せよ、弾とチーズ。」「指先から発射しようか?」「それはゾンビじゃねぇっ!!」


この時由は機関銃の真似をする柱の男を、少女はカルト教団の教祖を思い浮かべていた。


「とりあえずシャワーだけ浴びるから、後でお前も入れ。」由がスーツのまま寝ていたせいもあり、汗ばんだ背中にシャツが張り付き不快感を生み出していた。


「え~、別に汗かかないから臭くないし、ゾンビだし。」「砂、泥、返り血っ!風呂に入らんなら出て行け。」背広を新しく出したハンガーにかけ、ズボンに手をかける。


「な、ナマ着替え、だと・・・!」「妙な言い方すんなっ!これから一緒に住むのに一々気にしてられるか!!!」一気にズボンを下ろす。由はいつもならシャツも脱いでしまうところだが、言われると妙に恥ずかしさが湧き、そそくさと脱衣所に入る。


「ったく・・・」シャツと下着、靴下をまとめて洗濯機に投げ込む。鏡の中の自分は、疲れのせいかいつもより腰が曲がって見えた。


「ところで私の替えの服ってどうするの」「いぎゃぁぁぁぁ!!!!!!!」ドアが開くのと少女の顔に由の素足がめり込むのが同時。「いいじゃ~ん、女の子同士なのに~」扉の向こうの少女は全くダメージを受けている気配はない。


「し、下着っ!俺のがあるからっ、ぁ服もっ!今着てるのはもう捨てろっ!」「あ~い。」


扉の前から少女がいなくなるのを待って、後ろで束ねた髪をほどいて浴室に入る。八月の暑さを吹き飛ばすためにも、シャワーは冷水のままにした。


「くはぁっ・・・」冷たさに息が詰まる。


髪と体を伝ってシャンプーの泡が落ちていく。浴室の鏡に映るブロンドの髪と琥珀色の瞳は、由の記憶にはほぼ無い・・・会ったことはあるにはあるがそれも果てしない昔・・・の母を想う、唯一と言っていい形見だった。そのせいか、自覚はないが由はいつも髪の手入れを念入りに行う。


それともう一つ。イスに座り、膝に洗面器を置いて水を溜め、その中に顔を沈める。


「ごぼぼぼぼぼ・・・・・。」


その水の中でその日一日の愚痴を垂れ流すのが日課になっていた。仕事のこと、家族のこと、新しく増えた悩みの種と、後は自分への自己嫌悪を。


数十分後。由が新しい下着とシャツを身に着け、丁寧に髪にドライヤーを当ててから脱衣所を出ると、そこに少女の姿はなかった。外へ出た様子もなく由が疑問に思っていると、先ほどまで由がいたはずの脱衣所から少女の声がする。


「ねーねー、下着が黒とスポブラしか無いんだけど~」「悪いかっ!」由は全く少女が脱衣所に向かう気配を感じ取れなかった事に恐怖した。


「ねーねー」「なんだよっ!」「どのブラも入りそうにないんだけど~」「悪かったなっ!!!」先ほどの由の愚痴に胸の話題が入っていたのは言うまでもない。


一方脱衣所の少女は。


「シャワーか~。」何年振りだろうか。少女の記憶旅行は十年を超える長い旅路となった。水を温めておいて垂れ流すなんて贅沢な行為を出来るのも死んだからこそだ、幸せだと少女は納得した。


「それにしてもね~?」勢いで殺し屋の相棒になったはいいが、これから先の展開は少女自身にも読めない。時々、生きていた頃とは真逆の自分の前向きな積極性に戸惑う。それに・・・


「私も、まだ人間が抜けてないのかな・・・?」実利を考えた行動。それと自分の人ではない体を相棒に見られることを気にして、気付かれないように脱衣所に来たこと。


「人間とゾンビの両方の気持ちを体験できるってことか!」幸せだ。結局少女はその結論にたどり着く。


それに、目標も出来た。悩む気は起きない。


浴室の湯気で曇った鏡を手で拭うと、自分の体が映し出される。青白いを通り越して青に近い肌、体の節々に刻まれた呪詛のような紋様、そして白銀の髪。唯一の家族である母の面影は既に消え去った。自分を生み育て、殺し、甦らせた母親。その点に関して少女は恨むつもりはないし、感謝する気もない。既に少女にとって母親は、自分が生きる・・・生きる?過程で関わっただけの他人なのだから。


「ただ、私に人の腕の美味しさを教えてくれたことは感謝してるよ、ママ。」人が感じるのとは全く別の母の腕のぬくもりを、少女は確かに覚えていた。


シャワーの水を出し「ちべたっ!」冷水に驚く。そのとき不意に脱衣所のドアが開いた。


「着替え、ジャージ、置いとくから・・・下着、すまん」それだけ言って由は勢いよくドアを閉じてしまう。


「にひひっ」由を幸せにする、それが少女の目標。だって、由は寝ている間ずっと泣いていたから。幸せでいっぱいになったゾンビ少女は、容量を超えて溢れた幸せを他人にあげることにした。人の幸せのためにお金が必要なことも、実は少女は良く分っていた。生きるためにお金を稼ぎ、結局お金のために生きた短い人生だったから。


十数分後。 少女は脱衣所で体を拭いた少女は下着を身に着ける。上は・・・必要ないか。もう型崩れの心配もない。黒いジャージを着て、眼鏡をかけ脱衣所を出る。髪をくくっていたゴムは腕に付けた。


由は既にグレーのスーツに身を包み、髪をゴムでくくりなおしていた。


「すぐに出るから、なんか用意があるなら済ましとけよ。」


「それで、どこ行くの?」由に倣い、少女も自分の髪をツインテールにまとめなおした。


「いつもの喫茶店で朝飯食ってから、これ」由はその手に提げた、しわのついたライトブラウンのスーツを揺らす「クリーニングに出して、車をメンテに持って行って・・・後は、」


「後は?」「神に会いに行く。」


なんてことは無いように、由はそう言い放った。



















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