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三話 I'm your best partner, aren't you?

人の通りのない深夜の大通りは、24時間営業のコンビニを除いて暗闇と静寂で満たされていた。由は従業員の車すら停まっていない地域密着型スーパーの駐車場に車を停め、とりあえず愛車の屋根に無賃乗車しているゾンビをどうにかしようと車の外に出た。


「・・・いない?」「志村、うしろ~♪」本当に後ろから抱き着いてき「あ゛あぁぁぁぁ!!!」ジャイアントスイング「死ねっ!!!」投げ上げて→chasse tournant(後ろ回し蹴り)「もう死んでへぶぅ!」由の鉄を仕込んだ踵が少女の顔面を精確に捉え、地面に叩きつける。


「お前はアレかっ!アホか!」「大正解っ!」もちろんなんてことなく立ち上がる少女。


「いやね?相棒になったんだし挨拶を」「斬新すぎるわっ!しかも相棒にした覚えはねぇ!」


「でもさっき言ったじゃ~ん、分かったって~」「お前がフロントに張り付くからだろうが!ええぃ抱き着こうとすんな鬱陶しいっ!」由は迫る少女を足で食い止め、押し返「ゾンビに勝てると思ったかぁ~」せない。少女の力は明らかに人外のそれであり、人を蹴り殺せるほどの由の脚力でも太刀打ちできなかった。


「タッチ、ダウ~ンっ」「ぎゃああぁぁっ!」腕ごと抱きしめられ満足に受け身を取れないまま、少女に押し倒される形で地面に座り込む。由にのしかかった少女は由の自由を奪ったまま「にひひっ」笑い、眼鏡を外してから耳元に口を寄せ囁く。心臓の鼓動は、聴こえなかった。


「別にね、ただ楽しそうだから殺し屋したいって言ってるんじゃないよ?私の人肉(ごはん)は手に入れにくいから安定して手に入れたいって、あなたたちで言う合理的な理由もあるの。」


由は動揺しつつも今の少女の言葉に矛盾を感じとり、指摘する。


「お前、さっき人間は余ってるって言わなかったか?」「わざわざヌーの大群に正面切って突っ込むヒョウはいないよ、さすがに不利だからね。あらかじめ群れから離れてたり子供だったり、獲れそうな獲物を決めてからかかるわけ。」「なら、そうすればいいんじゃねぇの?人通りのない夜道を歩いてる女とか、」由は言いながら、自分の言葉が犯罪者じみているな、と思った。


「私も一応元は人だもん。アナタも、もしブタが人に近い姿でアナタ達と同じ言葉で泣きながら命乞いされたら『ちょっとは』躊躇わない?だから私は、殺されても仕方がないような人を罪悪感なしに貪りたいの。」「・・・それは、まあ。」こいつを放っておいたら、いつか一般人の被害が出る。なら自分のもとに置いておいた方がいいんじゃないか、そんな似合わない思考が由の頭の中をよぎった。


「ところでさぁ?」「・・・なんだよ。」少女は由から顔を放し、1拍おいてからその底抜けに暗い瞳で見下ろしながら言った。その眼に、由は自分の人生で一番と言ってもいい危機感を察したが、もう遅い。


「私は今、こんな夜中に1人でいる若い女の人、しかも死んでも仕方がないような殺し屋さんを捕まえています。」「・・・」「うなじが美味しそうだなぁ~・・・」由の首筋に沿って舌を這わせ「ひゃいぃっ!」「でも、もしここで我慢したら後々いいことがあるっていうなら、し・ぶ・し・ぶ我慢してもいいかなぁ~?」今回も、勝敗は明らかだった。


「私は、あなたの相棒だよね?」「・・・ひゃい・・・。」


いつも自分の押しに対する弱さに1人悩む由だが、今回は自信を持って言い訳できた。


・・・これは仕方がないと。


「じゃあっ!」少女はあっさりと由から離れ「アナタの家に案内してもらおうか!」眼鏡をかけ「家に帰れよぉぉ!」「ないっ!」車の助手席側のドアを開いた「ちなみに食べるってのは冗談です!」「うぜぇ・・・。」由は先ほどまでの自分の緊張が馬鹿らしくなり安心し、そして諦めてため息をついた。


「・・・ったく、俺の部屋は2人住めるほど広くねぇっての。」「その方がイチャイチャできるねっていうフォローは」「それが言えるうちはまだマシな部屋だ。」由も運転席に乗り込む・・・自分にはこの位の奴がちょうどいいのかもしれない、そう思いながら。少女は膝の上に灰皿を乗せて笑っている。そこで由は、初めて少女が裸足なことに気が付いた。


エンジンが「かかれっ」ばいいな「この車、大丈夫なの?」


少女の質問に車への嘲笑が混じっていると感じた由は、少し苛立ち混じりに答えた。


「大丈夫だ。残念ながら配線やら足回りは最新のに変えてあるから。」「今残念ながらって言わなかった?」「だが安心しろ。エンジンは当時の426hemi、しかもフルチューンだ。」「それが一番安心できない要素だと思うけど、まあいいや!にひひっ」


「おっ」イラついた由の機嫌を取るように、珍しくエンジンが二回目で目覚める。


「お前さ、」「ん?」少女は由の方に首を傾ける「こえーよ」90度を優に超えて。


「家が無いって言ってたけど、今までどこに居たんだよ。」車を発進させる。


「どこって言われてもね~、色々かな~?廃工場とか廃病院とか廃校になった学校とか。でもそこにいるとたまに肝試しに来る人とかがいてゆっくり出来ないんだよ~。」「ああ、学生とかはよくやるらしいな」「で、何も出ないと可哀想だからちょっと脅かしてあげるんだけど、たまに気絶したり置いてかれる人がいてね、」「それで?」「ごちそうさまでした。」「最っ悪!」「人の寝床に入ってくるのが悪いんだよ~。」


窓の外を見ると、いつの間にか外は薄明るくなり始めていた。道路脇の田んぼの稲が、車の通りすぎた後の風で揺れる。


「で、最近こっちに来てからは公園で寝泊まりしてたの。」「死体と間違われなかったか?」「早朝散歩してたおじいちゃんが寝てる私の脈を測って、死体と勘違いしたことはあった。」「で、通報されたと。」「んや、おじいちゃんの声でムックリ起きた私を見て、今度はおじいちゃんが心臓止まっちゃってね~一応心肺蘇生法したんだけどダメだったから手を合わせて」「「いただきます」」「か、外道だな。捜索届は・・・出てないだろうな。」


由がいつも通る道に出る。アパートまでは後2・3分といったところか。


「有効活用と言ってほしいね。で、なんで捜索届が出てないの?」


「簡単な話だ・・・灰皿貸せ」「ん。」煙草をもみ消す「お前はこの町のことはあんまり知らないんだろ?」「ぜーんぜん、名前も知んないっ」「ここらはヨステって地名でな、」「へ、世捨て?」「麗しい水を照らす、だ。まあ中身は似たようなもんだが。」


由は新しい煙草を咥え、ガスが切れかけのライターが健気にその先に火を灯す。


「この辺は恐ろしく土地が安くて、さっきの工業地帯の労働者のためにアパートも豊富。何かしら問題があるわけでもなく平和で警察も暇そうにしてる。昔ながらの駄菓子屋やら無許可の店が立ち並ぶド田舎、しかも誰でも受け入れる穏健な風だ。逆を返せば他の場所じゃ住めないような・・・身寄りのねぇ老人とか、家出してきた子供やらホームレス、サツやら上に追われて逃げてきたヤクザの下っ端が寄り添いあって暮らしてる・・・本当の意味で世捨人の為の町なんだ。だからじいさんが一人ふらっと消えても誰も気にはしねぇよ。」


実際由のアパートの両隣の住人は両方、由が来てから二度は変わっている。今度の左側の隣人は普通の家族だが。


「そーいうこと。じゃあなんで由はこんなとこに住んでるの?」「それは家賃が安いから・・・あん?」


由の住むアパートからすぐの曲がり角にある、いつものタバコ屋の明かりが早朝にもかかわらず灯っていた。由はその前に車を停め窓を開け、中に座っている老人に声をかける。


「ばあさんボケたか?なんでこんな時間から店開けてんだ。」


寝ぼけ眼の老婆は、持っていた湯呑を置いてからおもむろに口を開いた。


「あんたの車のうるさい音が聞こえてきたから、もうそんな時間かと思って開けちまったよ。全くはた迷惑ったらありゃしない、二割増しで買っていきな。」


「悪かったよ、一割増だ。」そう言いながら由は一万円札を渡す。


「ふん・・・ほれ、ハイライトの普通の2カートン。ボケてないだろ?」


老婆はそう言って由にお釣りと商品を渡す。ちゃっかりと二割足されていたが「たしかに、しっかりしてやがる。」由は指摘しない、この老婆とはそういう仲だ。


「ん、サンキュ。」「ところで、隣の眼鏡は誰だい?」「ああ、ゾンビだ」「そうかいそうかい。」


車を再び走らせると、すぐにアパートが見えた。


車が6台ギリギリといったところの駐車場の端に車を停め車を降り、少女にも降りるよう促す。


「ねえねえ~」「あ?」「名前、聴くの忘れてたっ!」「あぁ・・・。」頭を掻く。煙草の燃えカスが地面に落ちた。


「南部、由だ・・・由でいい。」「あれ?外人さんみたいな顔なのに普通の名前だね。」「半分は日本人だし、国籍も日本だからな・・・マルセイユにいた頃はユーフィミアなんたらリシェ=ルルージュって名前だったが。」「長いから略してゆーって呼ぶねっ!にひひっ」「なんか、もうそれでいい。」


2人は車のドアを閉じ、アパートの階段に向かって歩き出す。


「で、お前は?」「んーとね、なんだろ?」「は?」


「生きてるときはゆーりって名前だったけど今は~、むり?」「寒い、凄く。」しょうがないじゃ~ん、ん?」「おい、どうし」由が止める暇もなく、少女は階段の脇にある駐輪場へかけて行ってしまう。


「このフォルム! このモノトーンカラー、そしてノスタルジックな雰囲気、ハラショーっ!」


由が追いつくと、少女はそこに停めてあったバイクの前で何やら騒いでいる。


「おい、それ俺のなんだから傷つけんなよ?」そう言ってから、由は車の方は大丈夫だろうかと心配になった。


「名は!この子の名はなんと申すっ!」「ホンダのベンリィ110だけど?」「ぶぅえんるぃぃ!?なんて分かり易い名前!嫌いじゃないわっ!」「声がでかい。ここに住んでるのは俺だけじゃねぇっての忘れんな。」「この子くれたらっ!」「免許持ってたらな。」


それを聞いた少女は「にっひっひっひ・・・勝ち誇ったように「これが目に入らぬかっ!」どこからか取り出したそれを掲げる「何・・・だと・・・!」


少女が取り出したのは、原付二種の免許証だった。


「ふっふっふ、私はプロだ!」「いや、免許持ってるからってプロじゃねぇから」「聞いて驚くがいいっ!私は16で原付免許を取得、と当時に自分の生活費とゲーム代のため新聞配達の仕事に従事、18で二種を取得、結果死ぬまでの約4年間原付に乗り続けた真のプロだ!」「ちなみに高校は?」「そんなお金はないっ!」「ゲーム買うなよ・・・。」


少女は由の前に戻ってきてふんすと胸を張る。その態度と、後は大きさが由の癪に障った。


「というわけで、このぶぅえんるぃぃちゃんは私のねっ!」「巻き舌うざい!・・・貸すだけだ。一々タバコ屋に車で行きたくねぇし。」「仕方ないな~」「こっちのセリフだっ!」


その時アパートの二階の窓が開き、2人にめがけて花瓶が落ちてきた「じゃかあしいわっ!」老人の怒鳴り声付きで。


「・・・分かったか、このアパートに住む以上早朝と夜の0時以降はうるさくするな、特に二階の右半分ではな。日本刀持って追い掛け回されるぞ。」


「努力はしてみる・・・。」


そして二人は極めて静かに階段を上がり、由の部屋に入る。


「お邪魔狭~っす!」「諦めろ、あと足拭け。」そういって少女に雑巾を投げ渡す。


部屋に入るなり由は背広を脱ぎ、イスに腰掛ける。


「じゃあ俺は仮眠するから、部屋のもん勝手にいじるなよ?」「へ~い。にひっ」「あと、俺に触ったら硫酸プールな。」「ふひひっ」明らかに怪しかったが、由はそのまま椅子に体と意識を委ねた。


今日は疲れた、最悪の誕生日になった・・・そう思いながら。



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