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二話 Are You Happy?

登場人物


南部由・・・23歳。本作の主人公、且つヒロイン。フランス人とのハーフで髪はブロンド、容姿も端麗なのだが言動がオッサンなため未だ彼氏歴は0。殺し屋の家系のため自身も依頼を受け、人を殺すことを生業としている。ゾンビが嫌い。


謎の少女・・・瓶底眼鏡をかけた少女のゾンビ。常に心底楽しそうに笑っている。見た目は高校生くらい。主食は人肉、好物は利き腕。

「教えてほしい?」


少女は、楽しそうに体操座りのままズリズリと寄ってきて由の顔を覗き込む。


「・・・別に」「教えてほしいくせに~」少女に頬を突かれて「触んなっ!腐臭がする!」振り払う。


「ひどいな~、煙草臭いアナタと違って、私はなんの匂いもしないのに。きひひっ」


確かに、由は人より鼻が効くにもかかわらず、少女の息がかかる距離まで近づかれたのに腐乱臭どころか人が生きていくうえで発する汗などの匂い一つ感じなかった。しいて言うなら、先ほど少女が食べた死体の返り血と何かが焼けた後の灰の匂いだけだった。でも、なぜ?そんな由の疑問を感じ取ったかのように少女は言葉を続けた。


「私の体は、常に『現状維持』に精一杯動いてくれてるから余計なものは出ないの。食べたら全部消化して全部消費、汗も排泄物もなしのエコ仕様! その割に燃費悪いんだよな~、右腕一本で一週間と持ちゃしないっ!」少女は途中から一応愚痴っているのだが、常に吹き出しそうな笑顔なせいで由には怒っているようには見えなかった。


「なるほど、分からん。」「だろうねっ!」


少女にはそもそも由を納得させる気がなかったようだった。


「で、私が幸せな理由を知りたかったらそこの夕飯をよこしたまえっ!」「却下。」


話しの流れで押し通せると思っていた少女は落胆する、が、諦めない。


「なら腕だけっ!腕だけでも頂戴っ!!!」パンっと乾いた音を鳴らしながら両手を合わせる。その時起きた風で由の金髪が少し揺れる。


「腕だけなら・・・」由としては、自分が確実に仕事を終わらせたことを証明できればいいので一部欠損なら問題はない。


だが、少女としては今の由の分かり易い思考が癪に障った。


「まぁだ面倒くさいこと考えてるな~?」由の視界の中で、少女がぐねぐねぐるぐると動き回る。ただし座ったまま。唐突に飛び上がり「まぁ、腕は貰うけどね」着地。死体の肩に片足を乗せ「収穫祭収穫祭♪」一気に引き千切る×5セット。


そしてそのうちの一本を頬張り、一本を由に向けて突き付ける。ちょうど断面が由の方を向き、血が滴っているのをモロに見てしまった由は、慣れているとは言えど目を背けずにはいられなかった。


「アナタはお金が欲しいんじゃない、お金で買えるものが欲しいんでしょ? 自分の欲望をわざわざ金属と紙切れを仲介させないと叶えられないなんて、回りくどくて面倒だと思わないの!?」


由は正直、そんなこと思ってもみなかった。そして、そんなことを思うこの少女をやはり人とは異質なものだと感じた。背格好は高校生程度の少女は、一国の大統領の様な自信たっぷりの語気で続ける。


「私が今幸せなのは、自分の欲求に素直だからっ!お腹がすいたら人を食べる、眠けりゃ寝る、行きたい所でやりたいことをエンジョイする、文句は聞かないねっ!」


少女の演説は続く。


「人間じゃなくなってやっとこさ分かったよ、人ってのは我慢しすぎだし回りくど過ぎんの!他のやつ見てみろ!わざわざ自分の食い物に手間かける生き物中々いないよ!?」


続く。


「しかもなんでも食える癖に選り好みまでして!食糧不足なら共食いしろよ!余ってんじゃん人間!!ほかの生き物に迷惑かけるな!」


続く。


「だいたいイルカが知性あるから可哀想で牛さんブタさんがいいのかわからん!あいつらだってちゃんと」「ストップ。」ここらで止めないと、この少女は歯止めが効かなくなる。由は早くも少女の性質を掴み始めていた。


「お前が幸せな理由はだいたい分ったから。」「ファイナルアンサー?」「まだ答え言ってねぇし。」


「・・・我慢すんなってことだろ?」「にひひっ」


分かり易いが、理解し難い。由は頭の中で少女をそう評した。


「まあ、普通の人間には無理な話だ。」自分の欲求を抑えて、そのおかげで他人と協調して、協力して利用することができる、人はそうして現在に至る社会性を築いてきた。人との繋がりが薄い由ですらそう思うのだから、一般人なら尚更だろう「でも最近それが薄れてきてね~」「聞けよっ!」


「やりたいことが満たされ過ぎると、次のことがやりたくなるんだよね~。」


少女はお構いなしに続ける。言いたいことは言うが聞く気がないと全く聞かない、本当に自分の欲求に素直だと、由は苛立ちついでに驚いた。


「・・・やりたいことって?」聞かなくても言うだろうが「ん~、非現実!」「おまえがなっ!」由にとっての非現実の代表が非現実を望んでいた。


「私は、生きてるとき常に部屋に篭ってネトゲとエロゲ三昧だったわけ」少女は言いつつモグモグ「ドヤ顔で言うな。」ごっくん。口から滴る血を手で拭う。


「ゾンビになってやりたいことはやった、そうなると『やれないこと』すらやりたくなってくるのね。たとえばゲームの中でやってるようなこととか!コンティニューも効くしねっ!」「あっそ。」


そろそろ処理屋が来るころだから、由としては鉢合わせする前にここから立ち去りたかった。


「・・・じゃあ俺は帰るから、絶対死体食うなよ。」「あいや待たれいっ!」


由は背を向ける暇もなく少女呼び止められた「あぁ?」


「私と、組んでみない?」


少女は、まるで王手をかけるように自信満々な笑顔で言った。


「イヤだ、絶対。」王は逃げる。


「なんでよ~、役に立つよ?ゾンビ。」「・・・そういう問題じゃねえよ。」


由は三たびイラついてきていた。


「俺の仕事をゲームと一緒にすんじゃねぇ。」


本当の殺し屋をゲームや映画のそれと一緒にして欲しくなかった。


「わかんないなぁ~」だが、この少女にはそんな理論は通じない。


「野球選手がパワプロやって野球好きになった子供を怒るの?サッカー選手がキャプつば批判すんの?偶然それが殺し屋なだけじゃん。」新しく手に持った腕をかじる。腕を勢いよく拾い上げた時に、中に残っていた血が飛沫となって飛び散った。


「常識的に考えて殺し屋と他を一緒にするなんて」「ゾンビに常識語られてもねェ?ふひひっ」


仕事以外ではほとんど話さない由と口が回る少女、しかも人間としての常識が通じないのでは、論争での勝敗は明らかだった。


「そっちの常識に合わせるなら、給料は殺した死体を一部でもくれればいいし絶対死なないから安心のお得な相棒だと思うけど?」少女は言いつつ、頬張る。この会話中既に五本目だ。


「まぁ・・・それはそうだが。」


「ついでに一応人外らしく力もあるし。まっするっ!」


「人の腕を素手で引き千切る程度にな・・・。」


「一人より二人のほうが受けられる仕事の幅が増えるし、確実性も上がるしね。」


「・・・足手まといでなければ。」


「足手まといにはならないと思うな~。」「証拠は?」由は、聞いてから自分が相手のペースに乗せられている事に気付いた。


「例えば、アナタは既に私のペースに乗せられつつある。」「うっせぇ!」「ひひひっ」少女はフィギュアスケートの様にクルクル狂ったように回り「しゅたっ!」人差し指を天に突出し、キメポーズ。上げた腕をカックンと落ちるように水平にし、由を指さす。


「そうやってロクに交渉もせずに、言い値で言われた通りの仕事をしてるんじゃないの?」「・・・」頭を掻く。由はこの少女の暗い瞳の中に、自分の記憶が吸い込まれているんじゃないかと思った。


「口が回る相棒は便利かもよ?」「・・・」「よ~?」「・・・顔が近い。」少女の顔を押しのける。そのやわらかい頬からは死体を触ったとき独特の不快感は無い代わりに、人に触ったときのぬくもりも感じられなかった。


その時、遠くから救急車のサイレンの音が響いてきた。


「時間だ、次こそ帰るからな。」


「あの救急車が?」「・・・処理係。悪趣味もいいところだ。」


「ユーモアがあっていいと思うけどな~」「そうか。」由は少女との会話を打ち切り、踵を返し歩き出す。


「バイバ~イっ!」


由は少女が思ったより簡単に引き下がったことに驚きながらも、そのまま車まで歩いて行った。


雨はとっくに降りやんで、じめじめした湿気だけが辺りを満たしていた。


「何だったんだよ・・・。」


車のシートに体重を預け、キーを差し込んでからエンジンをかける前に煙草に火をつけた。


「・・・っはぁぁ」いつもの数倍疲れた、心の中で愚痴りながらエンジンを「かけ、」二回「かかれ」三回「かかれっ!」咳き込んだような音の後、寝起きの悪いエンジンが動き始めた。


「報告・・・。」携帯を取る。


いつもの様に電話の向こうは留守電で、伝言を残す。


「仕事終わった、死体ドロは撃った、金振り込め。」由はそれだけ言い残して電話を切った。


「・・・言いなり、か。」先ほどの少女の言葉を反芻する。確かにその通りかも知れないが、特に今の生活に不自由することはない。ならばそれでいいじゃないかと自分を納得させる。


車の中にたまったカビ臭い空気に耐えかねて、窓を開けた。ギアを入れて車を発進させ、ライトが先の見えない暗闇を頼りなく照らす。


「・・・帰って風呂入って、寝る。」


そしたら苛立ちも消えるだろう。ゾンビと出会うなんて非現実、夢だと思って忘れたほうがいいかもしれない。そうすれば明日からはいつも通りの「!?」


突然鈍い音とともに、フロントガラスに何かが覆いかぶさった。


「そういえばサ~、返事聞いてないんだけど~?」ゾンビだった「ぎゃあぁぁぁ!!!!!!!!」


先ほどの少女が、手と顔をフロントガラスにへばり付かせていた。しっかり眼鏡もかけ直している。


「ててててめぇ、屋根に張り付いてやがったなっ!」「いやぁ、すっかり忘れててね~。」「聞けよ、落ちろよ、車汚すな!!」「最後のが一番大事なの~ぉうぉうぉう~車揺らさないで~中身がシェイクされるぅぅぅ~」「吐く前に落ちろっ!事故ったら修理にいくらかかると思ってやがるっ!」「相棒にしてくれないと吐くっ!」


ホラー映画の敵は主人公が安心したところで出てくるのが鉄板、由は改めてそれを思い知ったのだった。


「分かった、分ったから!車止めるから降りろっ!!!」


「にひひっ」


由と少女の関係は、そんなスタートを迎えた。












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