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一話 Killer meets Happy

郊外の工業地帯向かう愛車、オレンジに黒のラインの1970年式ダッジ・チャレンジャーR/Tの中で、由はもう一度連絡を受けた。


「・・・もしもし?」


話すたびに咥えた煙草が揺れ、煙が頼りない軌跡を描きながら窓の外へ吸い込まれてゆく。助手席には大き目の灰皿が鎮座している。自分の愛車を吸い殻入れにしたくないという思いからだった。


『また煙草か、まさか酒は飲んでないだろうな?』


「酒飲むのは飯の時だけつってんだろ。人を酒狂いみたいに言うな。」『煙草狂いだがな。ついでに死体愛好家か?』


「・・・やっと本題に入ったか。言っておくが俺は頭はおかしいが変態じゃぁない。わざわざカリフォルニアから殺人ロボット州知事が飛んでくるような真似はしねぇよ。」


『私としてはそれで納得するが、クライアントのほうが、はいそうですかとはいかなくてな。もしかしてお前が標的を逃がしたんじゃないかと』「ふざけんなっ!俺が金貰っといて仕事失敗する訳が!!」『分ってる。まぁこの契約も今日の分で最後だ。リピーターを増やすためにも、せいぜい信頼を取り戻してくれよ?』「分かってる!」『おいおい、声が』由は続きを聞かずに電話を切った。


「・・・ったく。」二日酔いの頭痛にも似た怒りがこみ上げてくる。


自分が殺した標的の死体が無くなった。しかも二度連続で。

誰かが死体を持ち去った。その誰とも知らぬ変態のせいで自分が受け取る数百万がふいになりそうだと思うと、怒りは自然とそちらを向いた。


「捕まえて、ぶん殴ってやる・・・!」


由は怒りのままにアクセルを踏み込み、車通りの少ない高速道路で愛車を法の定めるギリギリまで加速させた。


車を工業団地に入る一歩手前で止め、そこからは歩いて指定の場所まで向かう。傘を差さなかったので、団地の中央に入った頃には服も髪もずぶ濡れになっていた。


そこは由が『仕事』にしばしば使う、車を止めた場所とほぼ真逆の一際大きな工場と倉庫群に挟まれた狭い路地裏、今回の依頼もすべてそこだった。ここの労働者は口が堅い、ただし少々がめついが。


今回のターゲットは、予定通り指定の場所にいた。護衛は2人、左腋が膨らんでいる。もう少し上手く隠せないかと心の中で呆れながら「・・・」息を止め、足音を消す。由の構えるRast&Gasser 1898リボルバーの装弾数は8発。ソリッドフレームのこの愛銃は一度撃ち切ってしまうとリロードに時間を要するが、由はハンドガンを8発以上撃つような状況に出くわすことは少なかったし、出くわしたいとも思わなかった。


ハンマーを起こし、障害物の陰に隠れ相手に気取られないギリギリの距離から護衛の内一人の頭を狙う。


「・・・一人、」発射音が建物の壁に反響して、敵にこちらの位置を分からせない。後頭部から入った弾丸が相手の脳内を蹂躙する。


慌ててもう一人の護衛が標的の男の盾になる。そしてその役目を十分に果たした「二人、」


今更罠だと悟ったのだろう恐怖に顔をひきつらせながら逃走を試みる男が向かったのは「・・・よう。」由がいる方角だった。


「ひぃ、っ!」「おっと。」悲鳴はさすがに困る。銃声の場合は、この国に限ってこの音を聞いてすぐに銃声だと思う人間のほうが少ないだろう「三人、っと。」弾が勿体ないので、ナイフで首を掻き切った。計4秒なり。


「・・・さてと。」


簡単な書類を片すように三人の命を奪う。由にとっては、三人の命とその死がもたらす金は等価だ。しかし今回は事情が違う、むしろ今からが今日の目的とも言える。どこの馬の骨とも知らない死体泥棒のせいで自分が殺した命の価値のレートが下がってしまうのは、我慢ならなかった。


「(どこかに隠れて、ドロが来るのを待つ・・・)」簡単な手だが、わざわざ策を弄するのも面倒だ。とりあえずその場から離れようと一歩踏み出して、


「すいませ~ん。」


背後から、場に似つかわしくない間の抜けた声で呼びかけられた。警戒しつつ振り向くと、先ほどまで誰もいなかった死体の脇に、少女が佇んでいた。


「これ、貰っていっていい?」


少女はカクンと大きく首を傾げ、足元に転がるかつて人だったものを指さす。


「そいつの知り合いか?」一応の確認を取る・・・違うとわかっているが。なぜならこの少女は死体を“これ”と呼んだから。


「んや?全然。」


首を戻すと銀のツインテールが揺れ、月明かりに照らされた顔は屈託なく笑う。肌は青白く、というか青い。月明かりのせいだろうか?そして幻想的な雰囲気をあざ笑うかのような、瓶底眼鏡。

今時委員長キャラですらかけてないふざけているのかと言わんばかりの丸眼鏡をかけていた。


由にとっては正直見た目はどうでもいい。死体を欲しがってる、それで十分だった。


「前に死体を持ち去ったのもお前か?」


「いぇすっ! ゴチになりましたっ!」「言質が取れた、ぶっ殺す。」銃を向ける。


だが少女は物怖じひとつせず、逆に由に大股気味に歩み寄る。由の目には何故かその挙動一つ一つがどこか異常に映った。


「まぁまぁ、別にいらないんでしょ?こっちは死活問題なんだよぉ?」「こっちも死活問題なんだよっ!てめぇのせいで何百万パーになりかけたと思ってやがる!」


「お金、ねェ。」「そーだよ金だよ!コイツらは俺の生活費のために死んだんだよ!命を粗末にするなっ!!」「ナイスジョーク、にひひっ」「ぶっ殺すぞ!!?」


怒りをほとばしらせる由をよそに、少女は由の言葉がツボにはまったのかカラカラと笑い続ける。ひとしきり笑い終えると目尻の涙を指ですくいながら言った。


「死ぬことってそんなに怖いことで、お金があるだけでそんなにハッピーになれるの?」


こいつは人間なのか、と心の底から疑問に思った。恐怖したといってもいい。


「当たり前だ。命と金がありゃ人は幸せになれんだよ。」それでも引き下がろうとは思わない。


「そうかぁ、当たり前かぁ。じゃあそう思わない私は当たらない前?」「バカだろ。」「大正解っ!」


ここまでのやり取りで、由の怒りはほぼ冷めかけていた。今はただ、この理解しがたい異質な存在から早く離れたいと願っていた。


「お金使うより、自分でするほうがよっぽど回りくどくなくてハッピーなのに。」


言い返すのも面倒だという建前に隠れて、言い返せないという本音が見え隠れしていた。由は焦り出した。この少女の一言一言が自分の人生の、というより人の根幹を穿り返すようだった。


「ならお前はいつ死のうが構わないし、お金は必要ない。そう言うんだな。」


「もちろんですとも。ていうか既に私には両方とも無縁の代物だし。」「・・・は?」


訳が分からないといったふうな由を見て、少女はまるでドッキリの種明かしをするように、心底楽しそうに続けた。


「だって私は一度死んで甦った、ゾンビだもん。」「・・・」


由は完全に少女の理解を諦めた。肌が青いと思ってたのはメイクか。おおかた自分をゾンビと思い込んだ妄想癖だろう。


そして、由はゾンビという概念が嫌いだ。自分が殺した相手が生き返るなんて胸くそ悪いものは想像したくもないのに、目の前の少女はそれを声高らかに騙る。再びイライラが込み上げてくるが、雨のせいで煙草も吸えやしない。


「私はゾンビ。主食は人肉。オーケィ?」「・・・」


「あなたにとっては命の抜け殻でも、私にとっては大事な夕飯なの。食べないと死ぬし。それをすてるなんてもったいない!」「・・・」


「だからちょーだい?」「却下。」


「やっとしゃべった。私のエンターテイメントの才能のなさにおもわず寝ちゃってたのかと心配したよ~」「・・・だったら」


「だったら証明してみろよ。自分がゾンビだってこと。」


そう言いつつ、由は再び銃口を少女に向けた「死なないんだろ?」お前の妄想につき合わされた身になってみろ、死にたくなければとっとと立ち去れ、むしろ死ね。頭の中に渦巻く言葉を発する手間を省いて、一番手っ取り早い方法を選んだ。


「どうぞ?その代わりそれちょーだいね。」「わかっ」引き金を引い「た。」


弾丸は少女の胸に埋もれ込み、中身を抉る。そして少女は力なく倒れ伏した。


「・・・お前が悪い。」


上には現場を見られたから口封じで殺したと言えばいい。死体処理の代金が増えるが「じゃ、いただきマース。」


少女は、死体の腕を体から千切って食べていた。ソーセージの包装を剥がすように死体の服の袖を剥がし、アイスクリームのように二の腕をかじっていた。


「あ~、右腕最高っ!やっぱ利き手は肉のシマり方が違うね。」


確かに心臓に当たったとか血がまったく出てないとか倒れた衝撃で眼鏡が外れてその瞳が完全に死んでるとか以外に可愛いとかどうやって大の男の腕を引き千切ったかとか本当に人肉食べてるとかその他いろいろを考える前に「ああああああああああああああああああぁぁ!!!!」恐怖が先を行く。


ロクに照準も合わせず残りの五発をすべて少女に撃ちこみ、今までで最高速のリロード。エジェクターロッドを持つ指が震える「ちょ、人の食事中になんてことを」再び全弾発射。


息切れする由に対して少女は「そりゃ怖がる気持ちもわかるケドさ~、体は食べたら治るけど服は治らないんだからもうちょっと加減して欲しかったな~。」右腕完食、骨も残っていない。


由はその場にペタンと座り込んでしまった。


「はは、は・・・。」訳が分からない。何故か涙まで出てきた。既に恐怖もどこかへ行ってしまった。


「そうやってるとやっと女のコらしく見えるね~。もったいないよ?そんな男みたいな格好して。」


「・・・ゾンビのくせに性別なんか気にしてんじゃねーよ。」


そのゾンビは、よっこらせと親しい友人のように由の前に腰を下ろした。思えば、自分を人殺しと知ってなお親しくしてくれるのは家族ぐらいだった。


「違う違う、せっかくカワイイなら特徴を生かせって話だよ~?その方が断然ハッピー。」


「ハッピーって、なんだよ・・・。」


由の今まで信じてきた幸福というものは、見事に否定されてしまった。今はむしろ自分が異質で、少女が普通に見える。だって目の前の少女は、こんなにも。


「なんでそんなに、幸せそうなんだよ・・・。」


少女は、心底幸せそうに笑っていた。












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