流星群の下で
しし座流星群記念作品です。 ……あれ? これ以上書くことがない
夜、いつもなら人々が寝静まっている時間、
今日だけは、世界中の人々が天を仰いでいた。
漆黒の秋の夜空を、幾百の流星が駆け抜ける。
刹那的な輝きを帯びながら、星々はまるで、ガラスの上を流れる雨粒のように、
尾を引いて駆け抜けては、何事もなかったかのように消えて行く。
普段は固まったように動かず瞬く光が、暗々とした天を横切っていくその様は、
単純な物珍しいだけではなく、幻想的な美しさがあった。
その中学の古びた学舎では今日、毎年現れるこの流星群を見るため、
いつもは封鎖してある屋上を開放して、
有志の生徒と教師が観測という名の鑑賞会を開いていた。
有志というだけあってそこまで人も多くなく、
生徒の数はせいぜい30人ほどだ。
ほとんどの生徒達は教師達が置いた数個の天体望遠鏡に群がっていて、
そうでない者も、各自手に持った双眼鏡や望遠鏡を覗いている。
数個の天体望遠鏡を中心に、小さな喧騒があちこちで湧き、
それぞれが感動を顔いっぱいに浮かべていた。
そんな一団から少し離れた屋上の端に、二人の生徒が座り込んでいた。
お互いに話すでもなく、間に2人ほど座れそうな隙間を開けて、
二人は肉眼で夜空を見上げていた。
「こんなにも星が降るんだね、流星『群』なんて
大袈裟だと思ってたけど…………キレイだ」
二人の生徒の一人、大きめの似合わない学ランを羽織る少年の、
まだ声変わりを終えない澄んだ声が、呟くような声量に関わらず、
そよ吹く夜風を通り抜けて隣に座る少女だけに届いた。
「あれは、厳密には星じゃない、し、降ってきても、いない」
少年の台詞を聞いたもう片方の生徒――少年と同じく似合わないセーラー服の少女は、
仏頂面で、少年と同じく呟くように返した。
少女の声は少年のはずんだ声とは対照的に抑揚に欠け、
途切れ途切れになっていて弱々しく、
夜風の助けを借りてやっと少年の耳に届くようだった。
「あれは、宇宙を集団で流浪する、塵。
星とはとても、呼べる大きさじゃ、ない。
それに降るわけ、でもない。
単に地球と、塵の動線が交差しただけ。
正面衝突のほうが、まだ正しい」
少女の生真面目な返答に少年がくすくす笑うと、
からかうような口調でさっきと同じく、呟くようにいった。
「でもキレイでしょ?」
「………………、うん……確かに綺麗」
少年はまたくすくすと笑ったが、少女は相変わらずの仏頂面だった。
「何でしし座流星群って言うんだろう?」
しばらくして少年の声が、誰に訊くでもなく何気ない口調で響く。
「しし座流星群は、しし座の、
アルギエバ付近、に放射点があるから」
「放射点?」
少女は空を見上げたまま、こくりと頷く。
「放射点は、流星群の、大まかな中心。
けれど、それはかなり、大雑把な『おおまか』で、
かなり離れた、所から、現れるものも、ある」
「さすが天体観測部部長は詳しいね」
少年は少女の話に目をぱちぱちとさせ、尊敬の眼差しを、微笑と共に向ける。
「好きだから」
照らいもなく、少女はまっすぐ答える。
「――そんなに好きなら、夏の観測会はどうしてサボっちゃったの?」
少年の声はあくまで責めるでも咎めるでもなく、何気ない日常の会話のようだ。
少女も仏頂面を崩さない。ただ見上げられた目はすぅっと細くなり、
よく見ないと開いてることも分からない。
「だって」
少女の口調は今までと少しも変わらないが、声はよりいっそうに小さくなった。
「夏の夜は……嫌い。
天の川が、良く見えすぎる。
天の川は……阻む川。
会いたくて、逢いたくて仕方ない、二人を阻んで、切り裂く。
二人がどんなに焦がれても、手を伸ばしても、届かない。
残酷な、現実の象徴……だから」
少女の声はかすれて頼り気なく、今にもかき消えてしまいそうだ。
夜風が穏やかに、二人の会話を助けるように少女の言葉を運びながら、
音もなく二人の前髪を揺らした。
「……そんなことないと思うけどなぁ」
少年の声が、今までとは違って力強く、
けれどやんわりと少女の言葉を否定した。
「誰が決めたの? 一年中織姫と彦星が悲しみにくれているって。
そりゃ確かに、たまには落ち込んじゃったり、
どうしようもなく会いたくなったりもするだろうけど、
でも一年中悲しんでなんかいないと思うけど?」
驚いて少年を見つめる目に視線を合わせながら、
少年はおどけたように、けれどあくまで力強く、少女に微笑みかける。
「だって”会えない”っていうのはただ会えないだけで、
それはつまりただそれだけだよ。
”会えない”だけで、阻まれてもないし、
まして悲惨でも痛切でもないよ。
もしかしたら、二人は頻繁に手紙を交わしてるかもしれないし、
それなら贈り物も当然するだろうし、
全く交流がない訳ないよ、だって二人は”愛し合った恋人”なんでしょ?」
少年はまるで見てきたように、当たり前の事のように、
伝説に記されない物語を語る。
少女は目を見開いて固まったまま、息も忘れて少年に見入った。
「それできっと、七夕が近づけば近づく程そわそわしたりして、
どんな事を話そうかとか、何を持っていこうか、
どんな服を着ていこうかとか考えちゃって、
仕事に手が付かなくなったりして」
少女はゆっくりと目を閉じた。
少女にはこれ以上我慢ができなかった。
「きっと二人は、夏に訊いても冬に訊いても、同じように」
少女の頬を、雫が流星のように落ちていく。
まるで胸の奥にあった氷が溶け出しているかのように、
とくとくと早鳴る鼓動が熱く、
頬には止めようもない雪解け水が、幾つも幾つも、
流星のように流れ、地に落ちては砕けて散っていった。
「今でもあの人を愛してるって、
もちろん最高の環境なんかじゃないけど、
とっても幸せなんだって、そう答えると思うよ」
少女は目を開けない。頑なにつむったまま、
流れ出る雫を押さえ込もうと必死になってまぶたを閉じる。
頑なだった諦観がほどけた後遺なのか、
想像さえしなかった希望に目が眩んでしまったのか、
少女自身にも判別すらつかない想いが、こんこんと心の底から湧き出て、
幾つもの流星になって少女の頬をつたい、地に落ちては瞬いて消えていった。
「ほら、目を開けて」
ふいにすぐ隣で聞こえた少年の声に、少女は驚いて目を見開く。
膝を抱えてうずくまる少女を
見下ろすようにして少年は手を差し伸べ、にこやかに言った。
「さ、お願いして。願い事はしっかりと口に出さないと叶わないんだよ」
迷ったように宙をさまよう少女の手を、
少年がひざまずく様にして視線を合わせ、
しっかりと右手で掴まえる。
表情ごと固まる少女を悪戯っぽい目で眺めると、
空いた左手と視線で促すように空を見上げる。
「ほら、お願いして」
相変わらず夜空は幾本もの流れ星が駆け抜けては、
儚く刹那に消えていく。まるで雨粒のように、
誰かの願い事のように。
少女の頬にはもう雫はない。少年の笑みに釣られて
ぎこちなく顔を持ち上げ、呟いた。
唇は小さく動いて見えるが、とても何を言っているのか聞き取れない。
「聞こえないよ」
つまらなさそうに口を尖らせる少年に、少女は首をゆるゆると振って、
「恥かしい」
そう言って、頬を赤らめるだけだった。
「ねぇ」
ほとんど誰もが帰った屋上で、
少女は膝を抱えて座り込み、隣でフェンスにもたれて立つ少年に尋ねる。
その口調は今までと違い、明瞭で、はっきりとしたものだった。
「私は、もうすぐ転校する。アメリカの南のほうだって。
……だから今までずっと、一人になるんだって、
誰も友達なんかいなくなっちゃうんだって思って、
…………恐くて、恐くて仕方なかった。
寂しくて、寂しくて……学校に来るのも、嫌になってた」
独白する少女の頭上で、また星が散った。
少し言いよどんだ少女は頭上を見上げ、
決心したように軽く息を吸い込むと、
「もし、もし良かったら……その、
私が転校した後も……その、友達でいて、
くれると、その」
「約束は出来ないよ。未来に何があるかは分からないから。
けど、努力は出来るかもね」
少年は悪戯っぽく言うと、
しゃがみこんで、肩が触れ合いそうなほど近付いて、
少女の目を見てささやいた。
「友達じゃなくなる理由なんて、
喧嘩別れ以外にも『色々』あるんだしさ」
からかう様、いやむしろ完全にからかう口調の少年の言葉に、
少しの間キョトンとしていたが、すぐに頬を赤く染めると、
少女は俯いたまま、何も言えなくなった。
そんな彼女を見やると、少年は空を見上げ、
幾分まばらになった流星たちを見送った。
この星降る夜空の下で耳を澄ませば、隣で俯く小さな乙姫の願いが、
微かにでも聞こえてくるような気がするのだった。
いかがだったでしょうか?
いささか季節感、情景描写が足りず、
恋愛小説なのに文章が硬いなど、依然課題山盛りですが、
楽しんで頂けたのなら幸いでございます。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。