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夢奇譚

水森

作者: 羊草

こんな夢を見たのです。

私は同じ背丈ほどの子供と手を繋いでおります。恐らく、私も子供なのでしょう。

私達が居るのは霧こそ出てはいないけれども、空気が重く立ち込めている暗い森なのです。

きっと、樹海というのはあんな場所だと思います。

そこは、海の底のように静かで暗い場所でした。光が、何かを通したかのようにやわらかく、揺れながら上から降ってくるのです。


私達はどうやら旅人のようでした。

それは、麻のように簡素で洒落っ気のない、身動きの取りやすそうな服、そしてその森を抜けようと逸る心から後に思った事なのですけれど。


その子と連れ立ち、彷徨い、どれほど経ったのかわかりません。

ふと、私達の前を中指程の体長の小魚が通り過ぎました。空気中をです。

今思えば、その魚達が特別であったのか、それとも私達が水の森を彷徨っていたのでしょうか。あの森の空気、纏わりつく様な鈍い静寂、揺らいで見えた木々を思い出せば後者のような気もします。

けれど、ぼやけた視界は二人きりで森を歩く心細さから至ったものやも知れません。

その心細さは、しかしその魚が現れたことで消え失せました。


私達はどういうわけか、その魚を知っていたのです。とっても臆病な性質であちらからは近寄って来る事もなく、迂闊に近づけばさっと散ってしまう。そして、彼らは大人になるためにこの森を抜け出なければならず、其の為私達の良い道標となってくれることを。


顔を見合せ、ゆっくりゆっくりと彼らの後を辿ってゆきました。

最初は、怯えながら、木々や、下草に隠れながら私達を撒こうとしていた彼らも、徐々に落ち着いてきたようでした。

私達が、彼らの群れに入り込んだ時でさえも、群れの形を崩す事なくそのまま進んでゆきます。

ある一匹などは私の首元から手の裾へと抜けるという遊びを繰り返し繰り返し行い、私達の頬どちらもを柔らかに歪ませました。


そのまま進んでいくと、どうやらこの森の一番深い処へと入り込んだようなのです。

全く光は射さないのですが、発光性植物やら海ほたるのような微生物のおかげか、朧ながらに周りが光ります。

どうやらその光は、彼らの必要とする物のようでした。

彼らはその薄ら光る物の周りをうろうろとしていましたが、しばらく経つとそれよりも更に強い光でその姿を浮かび上がらせました。

大小の光が瞬く中、私と子供は手を繋いだまま、その瞬きに取り囲まれながら歩みを速めます。


辺りも明るくなり、彼らの光もぼんやり弱くなってきた頃、彼らの様子がおかしいのに気づきました。

良くはわかりませんが、どうやら警戒をしているようでした。

それも、私達に対してしたような見知らぬゆえの物ではなく、見知ったものに対して。彼らに危険なものに対してです。

それが、私達二人にまで危害を及ぼすかどうかはわかりませんでした。


そして、彼らの動きが完全に止まりました。宙で停止する彼らは、ミニチュアの精巧な置物が据えられたようで思わず見惚れ、私はそうするうちに知らず知らず子供の手を放してしまったようです。一歩、二歩と彼らに歩み寄り、そして立ち止まりました。


私達の周りを流れる空気、滞流とでも呼ばれるようなそれが私が突然動きを止めたことで、するすると他方に広がり、消えていくのが肌を伝わります。


その波が何かに当たったことも分かりました。


眼だけをそちらにやると、赤黒い岩のような表皮の魚が居たのです。

見るに醜悪な、中指の先から肩の付け根ほどの大きさのそいつは、細長い身をゆっくりゆっくりとくねらせ、こちらへと向かってきました。


その途端、思い出しました。彼ら、あの小魚が成長した成れの果てがこれなのだと。

彼らがこの森を出て、大人になり、そして再びこの森へと戻ってきます。

そしてこの薄暗い森で暮らす内に目は暗く濁ってゆき、怯えを、震えを嗅ぎつけるや獲物へとその牙を突き立てるのです。

その獲物が小魚である彼らなのです。


この薄暗い森では生態系があまり豊かではありません。他に、彼らを養うに足る獲物となるようなものがおりません。

そうして、自分達の同胞を幼子を食うのです。何故、あの広く明るい外からここへと彼らは舞い戻ってしまうのでしょう。


私の体も、目も、手も、足も、心臓ももう動きません。瞬きも出来ず目を見開いたまま、私はその場に縫いとめられました。


今思えば、木の根に足を掛けた中途半端な姿勢であって、その為でしょう。

私は、体勢を立て直す事も出来ずに、仰向けにゆっくりと、もどかしいほどにゆっくりと倒れてゆきます。

やはり、あそこは水の森、その最も奥深い所でありました。

私の周りの水も酷い粘り気を帯び、動きを止めた私を絡めとっていきます。


その緩やかな動きを感じたのか、大魚が近づいてきます。しかし、ある一定の距離で止まり、近づいてこようとはしません。気づいてないのでしょうか。私も、ただただそれを願います。


しかし。薄く開いた唇から小さな小さな泡が2,3粒漏れ出、それで十分でした。


先ほどの緩慢な動きが嘘かのように喉元へとそれが喰らいついてきます。

私もとっさに両腕を組み、顔と喉を必死で守ります。けれど、保つ筈がありません。


それから覚えているのは組んだ腕から垣間見た、共に森を歩いた子供の顔で、酷く無表情でした。

恐らく、先程までの私もあのような顔をしていたのでしょう。それを思うと、覚めた今でも少し笑えるのです。

何もかもが静止したあの場所を思い出すと、あの子があれほどまでに綺麗であれるのは、あそこ以外にないと思い、美しい絵を思い返すように満足な気分になるのです。

ただ、その均衡を崩し、一抜けしてしまった私はまた申し訳ない気分にもなるのです。


未だあの子はあの場所で、動かずにいるのでしょうか。一抜けした私が、もういいよとあの子に囁いてあげるべきなのかとも思うのですが、私には今一度あの場所に行く術がありません。


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