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3  キャンディスの暴走

 


 人間誰しも、外では見せない一面を持っているものだ。

 外では威張り散らしている人が家に変えると奥さんの尻に敷かれていたり、神経質で几帳面に見える人が家の中では物が散乱していても平気だったり。


 ティルナノーグの街づくり課で課長の補佐官を勤めるキャンディスにもまた、同じように人には決してイエナイ一面があったりする。



 夜。仕事はとっくに終わり、家に帰って夕食も湯浴みも済ませた後のこと。

「あー、やっぱりいいわー……」

 酒の入ったゴブレットを片手に、キャンディスはちょうど読み終えた本から顔を上げた。

 パタンと閉じられた本の表紙には『契約の花嫁』と書かれている。タイトルから容易に想像できる通り、大人の女性向けラブストーリーである。

 とある一般家庭出身の女性ケイトが、自分と瓜二つな顔立ちで高貴な身分の女性キティと出会う。ケイトは、想い人がいるのに他の男性に嫁がなければならないキティから、両親が背負った多額の借金と引き換えに自分の身代わりになるという契約を持ちかけられ、それを了承する。名と身分を偽ったケイトが嫁いだのは、美しい顔立ちと冷たい目をしたどこぞの国の王子様だった――というのがだいたいのあらすじだ。

 もちろん、紆余曲折あった後にケイトと王子は心が通じ合い、結ばれるというお約束の結末。

「あぁ、早く私にも、こんな王子様が現れないかしら」

 そう呟くキャンディスの表情は、本の世界に入り込んだ夢見る乙女そのものである。

 二十八にもなって未だロクに男性とまともなお付き合いをしたことがないような彼女が、本に描かれているような美貌と財力と賢さを備えた王子様に出会える確率など皆無に等しいのだが、そこには敢えて気付かないようにしている。気が付いてしまったら負けなのだ。


 『契約の花嫁』を片付けたキャンディスの本棚には、似たような背表紙の本がずらりと並んでいた。

「王子様もいいけど、こっちも捨てがたいわよねー」

 そうひとりごちながら手に取ったのは『禁じられた愛』というタイトルの一冊。

 血の繋がらない兄に想いを寄せてしまう妹の苦悩と恋の成就を描いた作品で、キャンディスがもっとも気に入っている物語の一つだ。

 何度も繰り返し読んでいるためか、本の四隅が丸くなっている。

「血の繋がらない兄妹とか姉弟とかって設定、なーんか萌えるのよね」

 そう呟きながらゴブレットの中身を煽る。そのとき、また別の一冊が目に留まった。

「あ、この年の差カップルの話も好きなのよねー」

 とゴブレットの代わりに手に取ったのは『恋は背徳と共に』。こちらは、仕事での上司となった歳が十五も離れている幼馴染の男性に、幼い頃から恋している女性の話だ。

「歳の差なんて全然気にしないから、役所にこんなカッコイイ上司がいたらなぁ。仕事もずっと楽しくなるのに。私の場合、エディさんだもんねぇ」

 パラパラとページをめくりながら、キャンディスは嘆息した。

 夢見る乙女なキャンディスではあるが、少なくとも職場の上司であるエディとの恋愛は「ないわー」というのが正直なところだ。

 確かに頭のいい人ではある。背も高い。が、如何せん、面倒臭がり屋で何事にも適当なのだ。さらに女性関係に軽いところも気に食わない。そして何より、顔立ちが好きではない。

 とにかく、本の中の王子様やヒーローたちから程遠いのだ。

「あ、でも待って。そういえば……」

 キャンディスは気が付いた事実にふと眉根を寄せた。


 確かエディさんって、血の繋がっていない妹さんと二人暮らしじゃなかったっけ? 一回だけ会ったことあるけど、「お兄ちゃん大好き!」って感じの子だったように思うのよねぇ。

 ただの「好き」にしては過剰だった気がするし。もしあの「大好き」が女としてだったとしたら……。

 え、これってもしやまさかする? お兄ちゃんに恋してたりする!?

 エディさんは実はそんな妹さんの気持ちに気付いてて、自分もちょっと惹かれてるんだけど、でもやっぱり妹だしって世間体とか気にして一人苦悩してたりしてっ!

 だとしたら。だとしたらよ? 血の繋がってない兄と妹が、お互いの気持ちを隠しながら一つ屋根の下で二人暮らししてるってことよね!?

 きゃーん☆ 何それっ! いいっ!! いいわー!!

 あっ、でもでもっ。エディさんとティーアちゃんっていう年齢差の組み合わせも捨てがたいわよねっ!

 エディさんが三十二で、ティーアちゃんが十六だから……十六歳差、ちょうど倍。うん、アリ。歳の差カップルとして全っ然アリ!!

 今日だって、ティーアちゃんが急に大人っぽい表情したとき、エディさん照れてたわよ、絶対!!

 そうよ。子供子供って思ってた年下の女の子が急に女になった様子を見て、初めて自分の恋心に気付くってシチュエーション……いいっ! 捨てがたいっ!

 エディさんは子供相手に本気になっちゃダメだって気持ちにブレーキかけるのよ。でも、どんどん女になるティーアちゃんに惹かれちゃう気持ちはどうしても止められなくて、本当は自分の手で幸せにしたいんだけど、やっぱり歳の差を気にして一人悶々と悩むのっ。

 むっはー!! いいっ! 萌えるっ! 萌えるわよっ!! きゅんきゅんするっ!!

 で! で! で! ある日からエディさん、ティーアちゃん、妹さんとの三角関係が勃発しちゃったりとかしてっ!! んで、ティーアちゃんか妹さんのどっちかが事故で亡くなっちゃったりとかしてっ! それを自分のせいだってエディさんは自分を責めるのよ!! それを残った子が愛情を持って慰めるんだわっ!!

 でっ、本当の愛に気が付いたエディさんが、最後に想い人の手を取って真剣な眼差しで愛の告白をしてエンダァァァァアアアイヤァアアアアアア!!


 迸る熱い妄想に自分自身を耐え切れなくなり、キャンディスは手にしていた本を胸に抱きしめてベッドにばたんと倒れ込むと脚をバタバタさせた。



 役人補佐官キャンディス。二十八歳、独身。彼氏イナイ歴(イコール)年齢。

 夢見る乙女の夜は今日も更けていく――


 

 第2話での妄想が滾って、つい書いてしまいました……。

 キャンディスさんは、実は美羽さんのエディさん設定シートに名前だけ出てくる脇役さんです。それなのに、こころよく使わせてくださった美羽さん、ありがとうございました。

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