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長月鏡花③

モウ、プロットナンテ……

 翌日。今日から、本格的に高校生活が始まる。中学を卒業してから入学式までの一貫した非日常はようやく終わり、代わりに当たり障りのない日常が始まる。

俺は、昨日より早めに登校した。なんというか、予想以上に早く目が覚めてしまったのだ。こんな俺は、きっと『遠足前日は眠れない派』なのだろう。

ん? そもそも、何を期待しているのかだって? そりゃ分かるだろ。

「あっ、おはよ~! 朝早いんだね、情坂君」

 元気な声が、俺の名前を及んだ。

「おっ、おう! お、おはよう、五月雨」

 ぎこちない返事をして振りむくと、そこには元気に両肩で跳ねる髪に、人懐っこそうな猫のような瞳を持った少女が立っていた。

 言うまでもなく、五月雨美耶子だ。

「なんか固い挨拶だね~。もっと面白く言ってよー」

「ずっと思ってたけど、五月雨の俺に求める笑いのハードルって、かなり高くない?」

「高くないよ。多分、エベレストくらい低い」

「それ、世界最高峰じゃねーか」

「でも私、顕微鏡じゃないと見えないくらい、情坂君には期待してないから」

「期待してないのにハードル高すぎだろ!?」

「目標って、高い方がいーじゃない?」

「高過ぎて意味分かんないよ!」

 もはや潜った方が楽じゃないか、それ!

「そういえばさ、情坂君は子猫の名前決めたの?」

 期待に満ちた笑みを俺に向ける五月雨。

「いや、まだだけど……決めたい?」

「うんうん! 私、名前決めたい!」

 ちなみに、あの子猫は無事に両親の同意を得て飼うことになった。きっと今日中には、猫好きの母さんが、ペットショップに行って必要なものを買ってきてくれるだろう。

 五月雨は、目を光らせて喜んでいた。まあ、あの子猫を飼うことになったきっかけは、彼女のお陰だと言っても過言ではないので、俺に異論は無かった。

「それじゃあ、参考までに聞くけど、どんな名前にするの?」

 俺がそう言うと、五月雨は少し考える。そして、神妙な顔つきで口を開いた。

「静岡……とか。どう?」

「いや、それ名前じゃなくて地名だから」

 駄目だしをすると、再び五月雨は考える。そして――

「サイレントヒル……」

「ダメ! それはダメ! 商業的というか、著作権的な意味で!」

 というか、そんな名前の猫嫌だ……。あの有名なゲームを思い出してしまう。

 たまったものではない。

「それじゃあ、ジョセ○・ジョースター」

「前から言おうと思ってたけど、五月雨はジョ○ョ好きだよな!」

 女の子が○ョジョ好きって珍しいけど! てか、俺も好きだから嬉しいけど!

「でもダメだろ! いちいち伏せ字を使う作者の気にもなれっての!」

「え――。分かったよぉ……なら――ひよこ! これならどうだ!」

「猫の名前を決めてるんだよね!? 鶏の子供じゃないよね?」

「もう、情坂君文句言い過ぎ! そんなこと言われたら、私決められないじゃない!」

「なんでそこで逆切れ!? 明らかに五月雨のネーミングセンスのせいだよな!?」

 久々に連続で突っ込んでしまった。思わず息が切れる。俺は小さく息を吸って呼吸を整える。すると、そんな俺の様子を見て、五月雨は小さく微笑んでいた。

「百点満点中五十四点……ってところかな~。これからは、もっと面白いのをよろしく!」

「……相変わらず、ハードル高けぇ……」

 一体いつになったら、俺は彼女の思惑通りのツッコミができるようになるのだろうか。

 あまりにも果てしない道に、思わず挫けてしまいそうだ。

「でも、こういうのって……言い出したものの一人で決めるのは難しいよね」

 少し困った表情で、彼女は俺に言った。

 まあ確かに、彼女の言う通りだ。

「だな……。特に、五月雨のネーミングセンスは地滑り起こしてるからなあ」

「なにそれ!? 私のギャグってそんなに滑ってるの!?」

「子猫の名前決めを、ギャグって認めちゃってるよ」

「うぐっ……しまったぁ――」

 どうやら、彼女は最初から真面目に考える気が無かったようだ。まあ、最初からそんな気はしていたんですけどね。

「ま、まあ、半分ギャグだっていうのは認めるよ……。でも、子猫の名前を決めかねているのは本当。だから、私は彼女の意見を聞きたいと思います」

 そう言って、五月雨は俺から背を向けて歩きだした。途中で五月雨が手招きをしたので、俺も椅子から腰を上げて彼女に付いていく。

「長月さん。ちょっといいかな」

 なんと、五月雨が向かった先は長月鏡花の席だった。

 名前を呼ばれて、長月さんは振り返る。

「何か用かし――何? また貴方? 今度は何の嫌がらせ?」

 後半からは、完全に俺に対して言っていた。

「んぅ? えーっと、もしかして二人は知り合いなの?」

 昨日の出来事を知らない五月雨は、不思議そうに俺達を交互に見る。

「まあ、知り合いというかなんというか――」

 一応、知り合いなんだけど……。長月さん的には、俺達は関わりたくない人間ベスト1だろうから、関係を言うのは得策じゃないだろう。

「彼は……私の関わりたくない人の友人です」

「まあ、そんなところに落ち着くだろうとは思っていたよ」

 海翔。お前の恋道は前途多難だぞ。

「ふーん。なんだか、大変みたいだね」

 苦笑いで、五月雨は俺に言った。まあ、大変なのは俺より海翔の方だろうけど。

「それで、何の用かしら? 五月雨さんと情坂君」

 事務的な声で、長月さんは俺と五月雨を呼んだ。

「えっとね、私達は今、これから飼う子猫の名前を決めてるんだけど、なかなかいい案が出なくて……。長月さんの少し意見を聞いてみたいなーと思って」

「別に構わないけど――」

「ホントに? ありがとう!」

 五月雨が笑顔で言う。それと一緒に、まるで彼女の感情と連動しているが如く肩にかかった髪がぴょこぴょこ跳ねる。

 一方、長月さんは少し怪訝な顔をする。

「でも、どうして私なの? 一応、貴女と私は初対面だけど」

「初対面だったのかよ、五月雨」

 その割にはすごく当たり前ように話しかけてたじゃん。

 長月さんの声に五月雨は、にこっと笑う。

「初対面だからだよ。それに、私は長月さんと親しくなりたいし」

 どうやら、五月雨は裏表のない真っ直ぐな性格らしい。

 正直言って、俺には彼女が眩しく見える。

「そ、そう……。そ、それじゃあ、私も期待に応えなくてはいけないわね」

 若干頬を染めながら、長月さんは呟くように言った。てっきり冷やかな顔しか持っていないのかと思っていたが、どうやらあれは、俺や海翔のような少数の人間だけに向ける稀有な表情らしい。

「そうね、シュレディンガーとか定番じゃない?」

 長月さんが人差し指を立てて言った。

 シュレディンガー……どこかで聞いたことのある名前だ。

「シュレディンガーって、確か実験か何かの名前だよね。詳しくは私も知らないけど」

「シュレデジンガーの猫っていう量子論の思考実験があるの。そこからの引用よ」

 長月さんは丁寧に説明してくれる。そこに、普段の事務的な印象は受けない。

「そっかー。でも、定番は少し遠慮したいかも。もっと、斬新でインパクトのある名前がいいかな」

 五月雨。きっと、そんなこと言うから決められないんだよ。

 いいじゃん、シュレディンガーってカッコいいじゃん。

「インパクトね……。むしろ、そのままでいいんじゃないかしら。インパクトだから、略して『インパ』とか――」

「えっ!? イ○ポ!?」

 公然では言えなさそうな言葉を大声で上げた人物が、まだ終わっていない長月さんの声を遮った。

「か、海翔――」

 そう、声を上げたのは、登校して教室に入ってきた村雨海翔だった。

 長月さんの表情が、不機嫌そのものに変化する。

「おっす。隆仁に鏡ちゃん――と、五月雨さん……だっけ?」

「そうだよー。よろしくね、村雨君」

 海翔と五月雨は、お互いに挨拶を済ませる。どうやら海翔は、五月雨の名前を覚えているらしい。俺とは大違いだ。

「で、なんでみんなしてイ○ポのことで話してたんだ?」

「誰もSexual Dysfunction(性機能障害)について話してないわよ!」

 長月さん。かなりオブラートに包んだなぁ。てか、綴り覚えてるんだ。さすが天才、格が違った。

「え? そうなの!? てっきり俺は、隆仁が○ンポで悩んでいるから女子二人に相談しているんだと思ってたぜ」

「なんで俺が女の子二人にそんな相談しないといけないんだよ!」

「そうよ! 情坂君がSexual Dysfunctionだからと言って、どうして私や五月雨さんがそれを解決しないといけないのよ!」

「ちょっと待って長月さん!? なんで俺がSexual Dysfunctionだという前提で話が進んでるの!?」

「……そうだったんだ。ごめんね、気付いてあげられなくて――。あの時、私の下半身を見て鼻血を吹いたのも、勃つはずのものが勃たなかったからなんだね……」

「違うから五月雨! 俺はあの時ちゃんと――って、アホー!」

 気が付けば墓穴を掘っていた。

「そ、そうなんだ……。情坂君も、やっぱり男の子――なんだね」

 ぽっと、顔を赤らめる五月雨。その様子に、言い合っていた他二名も言い合いを止めて、同時に俺の方を向いた。

 なんでこういう時だけ息揃ってるんだよ。

「説明してもらおうかしら、Sexual Dysfunction君?」

「詳しく聞かせてもらうぞ、Sexual Dysfunction」

「誰がSexual Dysfunctionだーッ! 俺は普通だー!」

 この話から数日ほどは、海翔に情坂・S・D・隆仁と呼ばれることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。


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