五月雨美耶子②
相変わらず、妄想で補った三話です。しばらく美耶子の話が続きます~
どうしようどうしようどうしよう……。
不可抗力とはいえ、クラスメイトの……は、裸を――
「この後、どんな顔して話せばいいんだよ!」
今の俺には、後頭部の痛みなんて気にならなかった。というより、気にする余裕が無かった。
心臓は、先程から信じられない程の高鳴りようで、もし本人に会ったら爆発してしまうのではないかと思うほどだ。どうやら、無心に子猫の頭を撫でる作戦も、あまり意味を成していないようだった。
『み、みゃぁ――』
子猫が、不快そうな声で鳴く。すまない、もう少し我慢してくれ! じゃないと、俺のメンタルがヤムチャにしがみついたサイバイマンみたいになってしまうっ!
なでなで、というよりもはや「ゴシゴシ」といったほうがいいくらい、俺は子猫の頭を撫で続ける。遂に、子猫も無言で耐える体勢に入ってしまった。
しばらくの間、静寂がリビングを支配した。ここからでは、風呂場のシャワーの音も何も聞こえない。外で降る困った雨だけが、このリビングに音を運んでいた。
少しでも子猫から目を離せば浮かび上がる。あの風呂場で見た五月雨の白い女体。
白く、細く……そして、出ているところはしっかり出ている体躯。際どい部分までは、しっかりと見えたわけではない――だが、かえってそれが今の俺を生殺しにしている。
ぐおおおおおッ! 思い出すな。思い出すな俺ェ!
無心――そう! 無心だ!
目を瞑って頭の中を空にする。閉じた瞳の中に真っ白を作り出す。
真っ白――真っ白――白――白い……女体――
「――――ッ!(ダメだ! 白を思い浮かべてはダメだ!)」
白から否応なく五月雨を思い出してしまう!
そ、そうだ、黒だ! 黒を連想するんだ!
そう、黒。真っ黒だ。何もない真っ黒を瞼の裏に作り出せ。そうすれば、そこは無我の境地! いかなる煩悩も寄せ付けないッ!
黒――黒――真っ黒…………。
――そういえば、色白の五月雨が黒い下着を穿くと、結構エロいかも……
「――シャウトッ!」
開始5秒で脱線した。
情坂隆仁――予想以上に煩悩の多い男だった。
とりあえず……そうだ! こういう時は、自分の男友達の裸を連想すればいいと聞いたことがあるぞ!
つまり、海翔の裸を想像すればいいんだな?
「――――――(少年妄想中)」
裸の電柱が――いや、海翔が真顔でこちらへ向かってくる……。そして、まるで挨拶でもするかのように、片手を上げる。
「マハトマ・ガンジー」
萎えるわー……。
予想以上に萎えるわー。というか、こんなことを想像している自分に萎えるわー。
はぁ……。なんだか、思った以上にアホらしくなった。
けど、海翔のおかげだろうか、俺の心は平静を取り戻していた。
この調子だと、いつ五月雨と会っても、取り乱すことは無いだろう。もし、また取り乱したら、その時も海翔の裸を想像すれば大丈b
「――お風呂……気持ち良かった……です」
後ろから、良い香りとともに五月雨の声が聞こえた。
心臓が、飛び出たかと思った。
「あ、ああ……お後がよろしいようで」
思わず、意味不明な言葉で返事をしてしまう。
どうしよう……。海翔の裸を想像しようにも、状況はそんな妄想を許すほど生易しくは無かった。
「あ、あのっ……着替え――ありがとうございます……」
後ろから、シャンプーの良い香りと一緒に五月雨の声が聞こえる。俺が普段使っているシャンプーの匂いなのに、女の子が身に纏わせるだけで、それは一級の香水にも引けを取らない程の淫靡な香りとなっていた。
「あ、ああ……。って言っても、俺のシャツだけどな」
そう、女物の服なんて俺は持っていないので、あの後すぐに用意して、サッと脱衣所に置いてきたのだ。
って――まてよ? 確か俺って……シャツしか置いてないよな?
制服は、というより彼女が身に着けていた全ての衣類は、今頃乾燥機の中でグルングルンだよな?
ってことは――!
「も、もももしかして今――Tシャツだけ?」
「――……うん」
空気が止まった。でも、俺の手は高速で子猫の額を撫でている。もう少しで煙が出てきそうなほど、俺の手の平は摩擦で熱くなっている。
『み、みゃぁ――』
子猫が、苦しそうな声を上げる。
「ちょ、ちょっと情坂君! 子猫が苦しそうだよっ!」
ばっと飛び出して、彼女は俺から子猫を取り上げる。俺の手の平から子猫の額は消え、代わりにシャンプーの匂いが、鼻孔をくすぐった。
「わ、わわ! ご、ごめん五月れ――」
本当なら子猫に謝るはずだろうが、今の俺は正常に起動していなかった。
いや、そんなことは、どーでもよかった。
だって、視界に……入ったからだ。
しかも、子猫を取り上げた五月雨は、両手を上げた状態で……。
俺は、それを見上げる形で……。
今度は、鏡でもなんでもない。本物の五月雨が、Tシャツ一枚で視界に飛び込んだ。
細い足。柔らかそうな太腿。細い胴周り。黒く両肩で跳ねている黒髪。子猫を抱える細く白い腕。人懐っこそうな黒い瞳……そして――
「――ぐはぁ!」
「キャー! ちょ、ちょっと情坂君! 大丈夫!?」
この時初めて、俺はエロいものを見ると鼻血が出ることを知ったのだった。