五月雨美耶子①
また、その場のテンションで投稿。プロットも書かずにやっている俺は、きっとワナビ失格かもしれません……。でも、なんとか妄想力でそこをカバーした第二話。ちなみに、プロローグはピクシブの方にて掲載中。キャラが若干おかしいですが、そちらも見てもらえると嬉しいです。
担任の大塚の言葉で、HRは終わりを告げた。ふと外を見てみれば、暗い色をした雲がしとしとと雨を降らしていた。まあ、天気予報で正午から雨が降ると言っていたので、俺は持って来ていた折り畳み傘を鞄から取り出して、海翔の机へ向かった。
「海翔。早く帰ろうぜ」
入学式から毎日遊んでいたので、自然と海翔の方へ足が進んだ。やっぱり、友達なら一緒に帰るくらい当然だろう。しかし、海翔はばつが悪そうな顔で手を顔の前で合わせた。
「ごめん! やっぱ俺、鏡ちゃんのこと諦められんのよ!」
「鏡ちゃんって……」
あれだけ壮絶なファーストコンタクトを取っておいて、未だに海翔は長月さんを狙っているらしい。
「でも、長月さん――もう教室出ていったけど」
「なに!? 何故それを教えない!」
「だって、教えたら長月さんが可愛そうだし……」
「このままじゃ友人である俺が可愛そうじゃないか!」
いや、別にそれはどうでもいいんだけど……。
「とにかく、俺は今日鏡ちゃんと一緒に帰るから! 悪い隆仁。明日ジュース奢るからさ」
そう言うと、電柱を擬人化したような男――じゃなくて海翔は、教室から全速力で出ていった。
俺一人が取り残される。
「――まぁ、海翔が長月さんを落とすことなんて絶対できないしいいか。別に一人で帰るのが寂しいとかそんなの思ってないし少し長月さんに嫉妬しちゃうとかもないし別に寂しくないし一人で帰るの慣れてるし」
別に寂しくとかないし。
灰色の空から落ちてくる無数の雨粒の音を聞きながら、俺は一人寂しく岐路に着く。少し冷たく染みた靴底に不快感を抱きながら、無言で道を歩いていた。住宅街の中を突き進む道には、俺以外の歩行者も車もいなかった。
「高校初日から一人で下校とか……」
自分で言って泣きたくなってきた。やっぱり、こういう時に友達がいないという現実が恨めしくなる。いや、一人はいるんだけど。
そんな俺の友人は、きっと傘も持たずに女子生徒のお尻を追いかけているんだろう。
そして、ビンタでも喰らって水溜りに顔を沈めているだろう。
「長月さん……ご愁傷様」
今頃、顔をしかめているだろう長月さんに言葉を送っておいた。
『みゃぁ――みゃぁ』
「みゃあ?」
可愛らしい哺乳類の声が聞こえた俺は、なんとなく足を止めた。何処かにネコがいるのだろうか?
ちなみに、俺は犬よりネコ派の人間である。先程も、電車の高架下で雨宿りをする子猫たちを見て、数十分ほど癒されてきたところだった。
「どこだ? 声からすると、子猫みたいだけど……」
『みゃぁ……みゃぁ』
耳を澄まして声の在りかを探すと、十メートル程先から聞こえているのが分かった。おそらく、あの電柱の陰にいるのだろう。
そう思って、足取りを速めると、その電柱の傍に、一人の少女がいることに気が付いた。
しゃがんで電柱の陰に手を伸ばしているところを見ると、彼女もネコを見ているのだろう。でも、俺はそれよりも気になったことがあった。
彼女は、傘を差していなかったのだ。
俺は、慌てて電柱の陰まで走ると、ネコよりも先に彼女に差していた傘を差し出した。
「雨の中ネコを見るなら、傘くらい差しなよ」
「え――あっ! す、すみませ……って、情坂君?」
少女は、どうやら俺の名前を知っているらしかった。
雨に濡れた艶やかな黒髪に、出るとこはしっかり出ているのに細身の体系。長月さんが清楚なお嬢様なら、彼女は柔らかな表情の似合う少女だった。
「あ、あれ? もしかして、俺の事知ってる?」
少し予想外で、俺は聞き返してしまう。
「もちろん。だって、同じクラスでしょ?」
「ご、ごめん。女子の名前、まだあんまり覚えてないんだ」
自慢じゃないが、俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。特に、あんまり話さない女子の名前を覚えるのは得意じゃない。
「まだ初日だもん。しょうがないよ。私は五月雨美耶子。よろしくね、情坂君」
「あ、ああ。よろしく」
少しぎこちない返事になってしまった。どうも、女の子と話すのに慣れていないからだろうか。
「もしかして、情坂君もネコ好きなの?」
段ボールの中に、ちょこんと座る子猫を撫でながら、五月雨さんは言った。
「傘も差さずに猫を撫でる五月雨さんには敵わないだろうけどね」
「ううっ。私だって、うっかり傘を忘れていなきゃ、ちゃんと差してるもん」
若干涙目になりながら五月雨さんは言った。その姿が、少し可愛らしい。
俺は、ダンボールに敷かれたタオルの上に座る子猫を見た。
「きっと、捨て猫だろうね」
「うん……。なんとかしてあげたいけど、私の家ペット禁止だから……」
悲しそうな瞳で、五月雨さんは子猫を見る。雨で濡れた黒髪が、彼女の綺麗な頬に張り付いている。
制服も、ブレザーからカッターシャツまでびっしょりみたいだ。一体、何分くらいここにいたんだろうか。
「捨て猫は、死んじゃうしか――ないのかな……」
儚いものを慰むように、五月雨さんは呟いた。
しょうがない……。そんな顔でそんなこと言われたら、助けてやるしかないじゃないか。
俺は、そう決心して、手を差し伸べた。
「言っておくけど、とりあえずだからな。俺も親に聞いてみないとOKでるかわかんないからさ」
濡れた髪をタオルで拭きながら、俺は五月雨に言った。
ちなみに、持っていた傘は五月雨に渡した。まあ、五月雨は子猫が濡れないように傘を使ったので、結果的に二人ともびしょびしょなってしまったのだ。
「うん。ありがとう、情坂君。私の無茶を聞いてくれて」
どこにでも建っていそうな普通の一軒家。それが俺の家だ。俺と五月雨は、子猫の入った段ボールを家まで運ぶと、とりあえずリビングに子猫だけを取り出し、家にあった代わりの段ボールとタオルの上に置いてやった。
「……とりあえず、風呂沸かしてるから、後で入ってくれないか? 制服は、こっちで乾燥機に入れておくから」
「分かった。……情坂君って、優しいんだね」
にこり、と五月雨は微笑んだ。思わず可愛いと思ってしまった。
「と、とにかく! 皿にミルク入れたから、後であげてくれないか? 俺、ちょっと着替えてくるからさ」
「うん、分かったよ」
五月雨は微笑みながら小さく頷くと、再び子猫に視線を戻した。
しかし、なんだその――一人で帰るのも、悪くないかも、な。
そんな意味不明な事を思いながら、俺は自室で着替えた。
時間にして数分ほど経って、俺は再びリビングに戻ってきた。そろそろ風呂の準備も出来る時間だったので、五月雨を呼ぼうと思ったのだが……
「すぅ……すぅ……」
子猫を撫でようとして、途中で力尽きたのか五月雨は中途半端な状態で寝ていた。
子猫は、空になったミルクよりも、差しだされた五月雨の人差し指を、てしてしと叩いて遊んでいる。でも、このままだと五月雨が風邪を引いてしまうので、子猫には悪いが俺は五月雨の肩を叩く。
「お、おい、五月雨。風呂湧いたぞ」
肩を叩くだけなのに、少しどぎまぎしてしまった。
「――ふぇっ……あ、ごめんなさい情坂く――へくちっ!」
五月雨は、はっと目を覚ますと小さくくしゃみをした。このままじゃ本当に風邪を引いてしまう。
「とにかく、風呂入ってこい。制服は、洗濯機の上にある乾燥機の中に入れておいてくれるか? 後はこっちで乾かしておくからさ」
「わ、わかった~。ごめんね、お風呂まで頂い――へっくち!」
「お、お礼はいいから、早く風呂入ってこい!」
「う、うん。それじゃあ、行ってくるけど――」
五月雨は立ち上がると、俺の方を振り向いて、少し赤くなった顔を向けた。
「――覗かないでよ?」
「の、覗かねえよ!」
「……ホント? もしかして、一緒に入ろうとか言うつもり?」
「そんなつもりもない!」
「次にお前は、『そんなこと思っていても口には出さない!』と言うッ!」
「そんなこと思っていても口には出さない! ――ハッ!?」
「あははは。ノリいいね、情坂君は」
悪戯に成功したかのように五月雨は笑った。そして、くしゃみをしながら風呂場へと向かって行った。
しばらくして、風呂場の扉を開ける音が聞こえると、数分の間を置いて、俺は脱衣所に向った。
言っておくが、やましい気持ちはない。ただ、五月雨が濡れた制服を入れた乾燥機のボタンを押しに行くだけだ。そこにやましい気持ちは無い。
断じてない……!
がちゃり、と脱衣所の扉を開ける。すると、ちゃぷちゃぷと水の音が聞こえた。
「……すまん。ちょっと乾そ」
「――やっぱり入ってくるんだ。情坂君も、やっぱり男だね~」
浴槽の中から、からかうような五月雨の声が聞こえた。
「ち、違うって! 俺は、ただ乾燥機のボタンを押しに来ただけで――」
言い訳をしながら、俺は風呂場の扉に背を向けて乾燥機を動かす。しかし、後はボタンを押すだけとなった瞬間、後ろの扉が勢いよく開けられる音が聞こえた。
同時に、声。
「ご、ごめん! そういえば制服を入れるの忘れて――」
その時、俺と目があった。
いや、正確に言えば、鏡に反射した五月雨の目と合った。
実は、俺の家の脱衣所は、風呂場の扉の前に大きな鏡を置いているのだ。だから、風呂場から出ると一番最初に自分の姿が写った鏡を見ることになる。そして、乾燥機は鏡の隣に置いてあるから、俺が前を向くと、必然的に鏡が視界に入るわけで――つまり――
――生まれたままの姿の五月雨さんが、視界に入るわけで……。
「あ、あああ―――」
五月雨さんが、口をぱくぱくさせる。そんな彼女を見て俺は、なんとか努めて冷静に――言葉を吐き出した。
「つ、次にお前は『責任……とってよね』と言うッ!」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
風呂桶が俺の後頭部に飛んできたと理解したのは、鈍い音と痛みがやってきた後だった。
というか、努めてオチを言ったつもりが、まったくオチなかった。
これが、俺の初めて見た同い年の裸……だった――ガクッ。