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『大きくなったら、結婚しようね』



なーんてお約束ができちゃうような、可愛い女の子じゃなかった。

毎日毎日、山や川に行って虫を捕ったり、魚を釣ったり。典型的な野生児で、これまでに一度もお人形遊びや、おままごとをやったことがない。そんな私が、恋だの愛だのが得意なわけもなく。

好きな男の子に対して『好きだ』なんて言えるような女の子じゃなかった。



だからかな、子どもの頃の恋を思い出すと、ちょっとだけ苦い気持ちが浮かんでくる。


好きな男の子に、自分の気持ちを伝えられなかった、馬鹿な馬鹿な私。




********




「こーんにちはー」


駅前のマンションの12階、まだ綺麗なインターフォンに向かって私は挨拶をする。

すぐに、機械の中から綺麗な声が聞こえてくる。


「あら、晶ちゃん、いらっしゃい。ドア開いてるから入ってちょうだい」

「わかりましたー!」


私はインターフォンの前で額に手のひらを当て、軽く敬礼をしてから、ドアノブを握った。翔子さんの言っていた通りにドアは、鍵がかかっていなくて、すんなり開いた。


「翔子さん、お邪魔しますねー」

部屋の奥に向かって挨拶をしてから、新品のローファーを脱ぎ揃えた。

肩にかけたままのカバンを手に持直し、真っ直ぐ廊下を進んでリビングのドアを開く。


「お疲れ」

「いらっしゃい、晶ちゃん」


ドアを開けたら、同時に二人の声。

リビングのテーブルに我が物顔で座っているオッサンを見て、私はため息をつく。


「朝日さん、また来てるんですか?」

「なに、オレがいちゃマズいことでもあんの?」朝日さんは手にしたお茶を片手に、ニヤニヤしている。


「そういうわけじゃありませんけど…」私は声のトーンを低くしながら朝日さんの座っている席の前に座った。

「ならいいっしょ。晶とオレがここに来る権利は同じなはずだ」

「でも、朝日さんがいるとプリンの取り分が減るし」

「なんだよ、オレよりプリンかよ」

「プリンに決まってます」

私の答えに、朝日さんは喉の奥でクツクツと笑っている。



「さすがね、晶ちゃん。うちのお兄ちゃんを打ちのめせる人ってなかなかいないんだから」ニコニコ笑顔で翔子さんが私の前に紅茶のカップを置いてくれた。

「28にもなって、妹の家に入り浸るようなオジサンなんか、どうってことありませんから」私は翔子に向かってニッコリと微笑み、翔子さんもその可愛らしい笑顔を私に向けてくれた。


翔子さんは私のお兄ちゃんのお嫁さんで、お兄ちゃんには勿体ないような美人のお姉さんだ。森の妖精さんとか、エルフの森とかに住んでいそうな感じの澄み切った美しさを持つ女性で、未だに私はお兄ちゃんが翔子を射止めたことが奇跡なんじゃないかと思っている。しかも優秀なシステムエンジニアとして働くOLさんで、とっても頭がいい。今は妊娠中なのでお家でお仕事をやっているらしいが、お家にいるのにバリバリ仕事を片付けているみたい。


そして、その翔子さんのお兄さんが朝日さんだ。翔子さんが妖精さんだとしたら、朝日さんはその森にやってくる木こりとか猟師とか、そんな感じ。頭とかぼっさぼさで、髭を適当にはやして、いつもTシャツとジーンズでいる。まぁ、仮にも翔子さんのお兄さんなので、カッコいいかと聞かれたら、カッコいいと答えざるを得ないのがムカつくくらい、容姿端麗。

あと、この人は、こんな容貌に似合わずスゴい仕事をしている。そういうところ全部ひっくるめてムカつくんだけど、でも、まぁ、お兄ちゃんのお兄さんにあたるわけだし、とりあえず仲良くしてあげている。


「お兄ちゃんは、今日も仕事ですか?」

「そうね、いつも通りなんじゃないかしら」

祥子さんはのんびり答えながら、私の隣に腰掛ける。

「まったく、ホヤホヤの新妻をほったらかしにしとくなんて、お前んとこの兄貴は何を考えていやがる」

「そう言いたい気持ちはわかりますが、たぶん、うちのお兄ちゃんは祥子さんのことしか考えていませんよ。だって、あの人、

「「バカだから」」


見事に朝日さんと私の台詞が被った。それに祥子さんはクスクスと笑う。


「最近、なんだか晶ちゃんは、お兄ちゃんに似てきたわね」

目尻を白い指先で拭いながら、祥子さんが言う。

「お兄ちゃんに?全然似てないと思いますけど」

私のお兄ちゃんは、ものすごくボケているというか、物腰が柔らかい人なのだけど、私はどちらかといえばすぐに攻撃を始めるガツガツしたタイプで、お兄ちゃんとは似ていないと思っている。

「ちがう、ちがう。うちのお兄ちゃんに似てきたなって」

「えー、朝日さんと?」

「おい、オマエ、その嫌そうな顔はなんだよ。その嫌そうな顔は!」

「だって、こんなゴキブリみたいなオッサンに似ているって言われても嬉しくな…」

「ゴキブリってなんだよ、晶。」

「朝日さんって全体的に汚いし、いつでも湧いたように出てくるし、殺しても死ななそうだし」

「確かに、言われてみれば似てるかもしれないわね」

「ですよねー!ほら、祥子さんもゴキブリ説に賛同してくれた」


朝日さんは苦虫を潰したかのような顔をして、それから、一瞬、ふっと笑った。私はその表情に驚いて、瞬間的に朝日さんから目を反らした。イケメンが急に笑うと、こちらの準備が整っていなくて困るのだ。


「けどな、晶。オマエはそういうゴキブリみたいなオッサンに似てるって言われたんだぞ?ゴキブリみたいなオッサンみたいな女子高生は、恥ずかしいだろう」


朝日さんは勝ち誇ったような表情の笑顔で、私を真っ直ぐに見ていた。


まったく、これだから、大人気ない大人を相手するのは面倒だと思ったが、私はそれを口に出さずに、眉をしかめたまま目の前の紅茶のカップに口付けた。

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