今日から家族
五日前、家族が死んだ……
車での事故で、あっけなくだ。
遺体の損傷も激しいらしく、御棺も開けられない葬儀を終えた後、俺は魂が抜けたようになにもする気が起きなかった。
何をするにも億劫で未だ何もしちゃいない。飯ですらも食う気が起きずにただ、両親の遺骨と位牌……。そして、遺影を前に座り込んだままだ。
碌に眠っていないために、ぼーっとした頭で色々と考える。
これまでの事、これからの事……、生きて行く上で必要な事柄……
眠っているのか起きているのかさえも、酷くおぼろげで、もしかしたら両親と共に事故で死んでいるのではないか?なんて事まで考え出す。
夢現の中に玄関のチャイムが鳴って現実に引き戻された。
もしかしたら、保険屋さんかもしれないと思って、ノロノロと立ち上がり、玄関へと向かう。
その足取りは重く、人と会うのですらも苦痛の今誰にも会いたくないと言う気持ちで一杯だった。
玄関を思い切って開くと、そこには……
「や! 久しぶり……でもないっか……。葬儀の時にあったもんね?」
そこには幼稚園の頃からの幼馴染の女が立っていた。
小中高と腐れ縁で、一緒の学校に通い、色々とトラブルに首を突っ込んでは周りを引っ掻き回す。お節介な女だ。
「なん、だよ?」
「いや、電話しても出ないし、外でも見かけないから元気にしてるのかなぁってね?」
気まずそうに視線は地面に落としたまま、言ってきた。
それを見ていて、なんだか無性に腹が立ってくる。
今度のお節介焼きの標的は、俺か?って……
「それだけか? それだけなら用は済んだだろ。帰ってくれ……」
「それだけって、ちゃんとご飯は食べてる? 酷い顔してるよ」
俺はその人を哀れんだような目に、心配そうな顔に更に怒りがこみ上げてくる。
だが、八つ当たりだともわかっている。だから、俺はこう言うしかなかった。
「帰れ。ほっといてくれ」
その俺の感情を押し殺した声に女は顔を上げる。
「ほっとけないって! うちの親も心配してるしさ。そうだ! うちにこない? うちでご飯を……」
“親”と言う言葉に、感情が抑えきれなくなるのを感じた。
「うっせぇ! 何が親だよ! お前に何がわかんだよ!? ああ、いいよな。親が生きてる奴はさ。親を亡くした奴の気持ちの何がわかんだよ!? そうやって人を哀れんで、お節介を焼いてさぞいい気分だろうよ!」
そんな事を言いたい訳じゃない。人を傷付けたい訳じゃない。俺は怒りの矛先が口に出せば出すほど、自分へと向いていくのがわかるのに止められなくなっていた。
しかし、頬に突然走る痛みと衝撃に言葉が止まってくれた。
「あんた! ばっかじゃないの!? 何を悲劇の人ぶって悲しみに浸ってんの! あんたがそうやってウジウジしてても何も始まんないじゃない! 心配してる人が居るって言ってんのよ! うちの親だって……、それに私も心配してるんだから……ね……」
衝撃で横に逸れていた顔を戻して、本当にお節介な幼馴染の顔を見る。
顔は赤くなり、目も少し潤んでいるように見えた。何より、本人がコンプレックスに思っている背の小さい華奢な体が見てわかるほど、震えていた。
それを見て、沸騰しそうなほどの怒りが霧散していく。
「……ってーな。相変わらず、お前はお節介焼きのバカだよな?」
険の取れた俺の声に女の体の力がフッと抜けるのがわかった。
「あんたは相変わらず……単なるバカじゃない……」
今までの言動を思い出したのか、急に恥ずかしそうにし出す。
その姿に俺は無意識に笑顔が出ていたと思う。
「うっせーよ。とりあえず、シャワー浴びてからでいいか?」
「え?」
「バーカ! 飯だよ。飯! お前が言い出したんだろうが?」
それだけ、たったそれだけの言葉で女は満面の笑みを浮かべると頷いて、待ってるから!と言う言葉を残して帰っていった。
俺はその背中を見送った後、シャワーを浴びに家に帰った。
これからの事を考えながら……
それから、俺は勉強に打ち込んだ。学校でも家でもだ。
昔の自分からは想像も出来ないほどだ。
頭では常に死んだ両親が天国でも、胸を張れる息子で在りたいと言う思いと、お節介な幼馴染のお陰だ。
気付けば医師となり、毎日忙しい日々を過ごしている自分が居た。
そして、今俺はタキシードを着て控え室に居る。
今までの事が色々と思い出される。両親が死んでから……その大切さに気付き、結局は死んだ両親が、今の俺を育ててくれたようなものだ。
乱暴にドアが開けられる音が控え室に響き渡る。
「いつまで時間掛けてんのよ! みんな待ってるんだからね!?」
「お前は情緒と言うものを感じる時間も与えてくれんのか?」
「そんなものはあとあと! それより早く行きましょ!」
軽く溜息を吐くと手を引かれるままに、振り返る。
そこには純白のウエディングドレスを着た幼馴染が立っていた。
日頃の言動とのギャップとの差もあるが、あまりの変わりように言葉を失った。
「な……なによ! なんかいいなさいよ……」
「凄く綺麗だ。とでも言えば満足か?」
恥ずかしさからついわざとらしくおちゃらける。
それでも女は、言外に含まれる俺の気持ちが伝わったのか。顔を真っ赤にして俯いた。
俺は苦笑して、今度は逆に幼馴染の手を取って会場に引っ張っていく。
「あ! 襟がちょっと曲がってるじゃない」
突然、声を挙げて後ろの襟が引っ張られる感覚があった。
「お前は変わらねーよな?」
「何よ。私だって変わったところぐらいあるわよ!」
「どこが変わったんだよ? 変わってねーよ」
「変わったわよ! 苗字が……」
あまりの返事に思わず固まってしまう。
そんな俺の唇に軽くキスをすると、すぐに離れた。
「今日から、本当の家族……だね!」
俺は一生こいつには敵わないなと苦笑をする事しか出来なかった。