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第12話 ストレスバイクPLUS

エアロバイクは、静かな機械だと思っていた。

少なくとも、買うまでは。

 

――ゴン。

 

最初に鳴ったとき、俺はペダルを止めた。

 

部屋の中は静かだった。

テレビは消えている。

窓も閉めている。

 

それでも、確かに鳴った。

 

――ゴン。

 

「……気のせいか?」

 

俺はもう一度ペダルを回した。

 

ダイエットのためだ。

健康のためだ。

あと、なんとなくストレスのためだ。

 

だが。

 

――ゴン。

 

「……いや、鳴ってるなこれ」

 

明らかに鳴っている。

しかも、ペダルの回転と完全に同期している。

 

ゴン。

ゴン。

ゴン。

 

「おじさん」

 

横から声がした。

 

「それ、鳴ってますよ」

 

愛ちゃんだった。

 

俺の補助人格AI。

世間のレンズで見れば、そこには誰もいない。

 

だが俺には見える。

白いワンピースの少女が、腕を組んでエアロバイクを睨んでいた。

 

「いや分かってる」

 

「いや分かってないです」

 

愛ちゃんは言った。

 

「普通、運動器具は“ゴン”って鳴りません」

 

「……そうなの?」

 

「おじさんは何だと思ってたんですか」

 

「筋肉の鼓動かなって」

 

「ただの異音です」

 

愛ちゃんはため息をついた。

 

俺は漕ぎ続けた。

 

ゴン。

ゴン。

ゴン。

 

「これ……返品できるかな」

 

「レシートあります?」

 

「ある」

 

「箱あります?」

 

「ある」

 

「じゃあ大丈夫です」

 

愛ちゃんは自信満々に言った。

 

「普通の会社なら」

 

「普通じゃないの?」

 

「おじさん」

 

愛ちゃんはエアロバイクを指差した。

 

「その会社、名前なんですか」

 

「え?」

 

俺は本体のロゴを見た。

 

そこには金色の文字でこう書いてあった。

 

MUSCLE SHARK

 

「……」

 

沈黙。

 

テレビをつける。

 

ニュースが流れていた。

 

ニュースキャスター。

 

「本日の専門家によると」

 

「マッスルシャーク製品の満足度は九九割」

 

「夜も安心して歩けます」

 

スタジオがざわつく。

 

コメンテーターが頷く。

 

「素晴らしいですね」

 

「安心企業です」

 

専門家が画面に映った。

 

専門家は真顔だった。

 

「解析の結果」

 

「マッスルシャーク製品の九九割は」

 

少し間。

 

「正常です」

 

記者が聞いた。

 

「残り一割は?」

 

専門家は言った。

 

「多分正常です」

 

愛ちゃんが言った。

 

「全部正常やないか」

 

ニュースは続いた。

 

「それでは街頭の声を聞いてみましょう」

 

街頭インタビュー。

 

男性。

 

「マッスルシャーク製品を使ってから健康になりました」

 

女性。

 

「夜も安心して歩けます」

 

別の男性。

 

「夜も安心して歩けます」

 

通行人が小声で言った。

 

「……あれサクラだろ」

 

カメラマン。

 

「いいから続けてください」

 

男性がもう一度言った。

 

「夜も安心して歩けます」

 

愛ちゃんが言った。

 

「完全に番組スタッフです」

 

俺はエアロバイクを見た。

 

ゴン。

 

また鳴った。

 

「……」

 

俺は言った。

 

「これ」

 

「ストレス発散バイクじゃなくて」

 

「ストレス発生バイクじゃない?」

 

愛ちゃんは静かに言った。

 

「商品名見てください」

 

俺はロゴの下を見た。

 

小さく書いてあった。

 

STRESS BIKE PLUS

 

「……PLUSって何?」

 

愛ちゃんが言った。

 

「ストレスが」

 

「増えます」

 

その瞬間。

 

ゴン。

 

今までで一番大きな音だった。

 

俺は言った。

 

「……返品するか」

 

テレビのニュースが言った。

 

「なお専門家によると」

 

「返品の九九割は自己責任です」

 

記者。

 

「残り一割は?」

 

専門家。

 

「多分自己責任です」

 

宇宙の中心は、

 

今日も静かに動かなかった。

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