視線の射線に、入りたくない
入学して一週間が経った。
学園生活には少しずつ慣れてきたけれど、私は今も変わらず、目立たぬように空気に徹している。
全教科はぴったり80点をキープ。優秀すぎず、かといって劣ってもいない、誰の記憶にも残らない絶妙なラインを維持中だ。
モブ令嬢としての完成形に、私は確実に近づいていた。……そのはずだった。
……最近、王太子の出現頻度が異常じゃない?
銀髪の王太子、レオナルト殿下。
学園最高学年に在籍する、文武に優れた冷徹な王族。そして、乙女ゲームでの攻略対象の筆頭。
そんな彼と、ここ数日、やたらとすれ違う。
講義の合間の廊下、食堂の出入口、図書室の前……気づけばその姿が視界に入っている。
……いやいや、そんなわけない。王太子だし?
とは思ってみるけれど、視線は確かに感じていた。しかも、かなり頻繁に。
でも、それはきっと……
私はただ、視線の射線に入ってしまってるだけ。
その視線の先には、たいてい私のすぐ前を歩く少女がいる。
金髪のふわふわヘアに、これ見よがしの大リボン。微妙にルールから外れた制服の着こなし。
そう、ヒロイン……ミレイユだ。
彼女は転生者だと、私は確信している。
それっぽい言動、イベント巡回の動き、妙に現代じみた言葉のチョイス……見ていればすぐにわかる。
入学初日と二日目は、出会いイベントの発生ポイントを巡回していた。
噴水前、アーチの下、小道の角、ゲームで何度も見たような出会いの舞台を、彼女はきっちりなぞっていた。
でも、三日目から急に巡回をやめた。
……イベント、諦めたのかしら?
代わりに目立ち始めたのが、王太子の姿だった。
彼はまるで、毎日ヒロインを探しているかのように、学内を歩き回っている。
……まさか、探して……回ってる?
いや、待って……王太子って、ストーカー気質あったっけ?
最近では、ミレイユの周囲に取り巻きまでできてきた。
最初は男爵家の令息がひとりだったのが、今では商家の跡取りや末席貴族の令息たちまで加わり、彼女のまわりはちょっとした小集団になっている。
彼女自身は、まんざらでもなさそうな顔でそれを受け入れている。
それどころか、今日なんて、王太子を見つけた瞬間に意味ありげな笑みを浮かべていた。
……まさか。あれって挑発?
王太子に嫉妬してもらうために、あえて他の男を侍らせてる……?
……押してダメなら引いてみろ作戦?
ほんの数秒考えて、私はひっそりとため息をついた。
めんどくさ……
でも、だからといって私が巻き込まれる理由はない。
私は空気。モブ。名前すら語られない背景のひとつ。
なのに、王太子の視線の射線にたびたび入ってしまう私は、非常に不本意ながら目立っている可能性がある。
……対策、しよう。
私は決意した。ミレイユよりも早く教室を出て、彼女の体で王太子の視界に入らないように移動する。
この学園は広く、遠回りすれば遅刻する。だからこそ、タイミングで回避するしかないのだ。
今日もまた、廊下の先に王太子の姿を捉えた。
……その視線の延長線上には、ミレイユと、彼女を取り囲む男たち。
私の姿は、彼女たちの体に隠れて、彼の視界から外れている……はずだった。
けれど、そのわずかな隙間から……
ほんの一瞬、確かに王太子の視線が私を捉えた気がした。
目が合った、そのような気がして、思わず心臓が跳ねる。
……そして、見てしまった。
取り巻きの影に隠れながらもなお、彼の瞳に宿る――暗く深い、執着の色。
……いやいや、違う。気のせい。きっとミレイユのことを見てる。
私は……ただ、視線の通り道にいるだけ。
そう言い聞かせながら、私はノートを抱きしめて足早にその場を離れた。
どうかこの一年、誰にも見つからずに、静かに過ごせますように。
……心から、そう願いながら。




