静かに支えるという選択
「お父様、今日のお仕事……私も、少しだけ見学させていただいてもいいですか?」
そう声をかけたとき、父は少し驚いたような顔をしてから、穏やかに微笑んだ。
「もちろんだよ、セレナ。無理のない範囲でなら、いつでも大歓迎だ」
それは、前々から考えていたことだった。
療養の合間にできることを……そう思って家の中を観察していたら、どうしても気になって仕方がない場所があった。
それが、父の執務室。
そして、そこに山積みにされた紙の束だった。
伯爵家は領地を治めている。
税の管理、商人との取引、村や町からの報告書、物資の配分、予算案の精査。
目を通すべき文書は膨大だ。
けれど、どれもこれも書式が違う。
「お父様、この村とこの村、同じ内容の報告のはずなのに、書き方がまるで違いますね」
「うん、そうなんだ……実は、そこが毎回厄介でね。内容を読み解くのに時間がかかるんだよ」
父は苦笑していたけれど、私にはその苦労がよくわかる。
前世で、私はよくレポートや課題のフォーマットに苦しんでいた。
そして、それを解消するためにテンプレートを作ったときの効率の良さも、よく覚えている。
私は思い切って提案してみた。
「この形式、揃えられたら……もう少し作業が楽になるのでは?」
「うーん、それは確かに理想だけれど、町や村によって担当も違うし……」
「じゃあ、私がひな形を作ります。誰が見ても書きやすく、見やすいように」
父はしばらく目を瞬かせていたが、やがて柔らかく笑ってくれた。
「セレナが無理をしないなら、お願いしてもいいかな」
そうして私は、父の隣で小さな机と椅子を用意してもらい、お手伝いと称して本格的な作業を始めた。
といっても、内容を判断するわけではない。
あくまで「整理と整形」だ。
文書の項目を分類し、並び順を統一。
文字の大きさや余白、必要な記入欄も決めて、誰でも記入しやすいようなフォーマットをいくつか作る。
試しにそれを使ってもらうと、父だけでなく、補佐役の人たちにも好評だった。
「項目ごとに仕分けされているのはありがたいですね」
「必要な情報がひと目でわかるのは大きいです」
褒められたいわけじゃないけれど、役に立てたのはうれしかった。
書類の整形が済んだら、私は次に「集計方法」にも手を入れた。
手書きの計算表はミスも出やすく、処理にも時間がかかる。
「このやり方、前に学んだ帳簿の記入法と合わせれば、もっと早く確認できますよ」
兄にそう伝えたところ、「あっ、それ便利かも!」と乗り気になってくれた。
母や姉も、私の活動に目を細めてくれた。
「セレナ、無理はしてないでしょうね?」
「ええ。ほんの少し、未来のための勉強をしているだけです」
家族と一緒にいられる時間が、私はとても好きだ。
私は、将来この家を継ぐつもりはない。
けれど、家族の助けになれるのなら、できることはしたい。
いま私にできるのは、影で支えること。目立たず、でも確実に。
「……お父様、次の報告書、ひな形に合わせて出せるように村長さんにお願いしてみてはどうですか?」
「そうだね。セレナの作ってくれたものなら、きっと皆も使いやすいだろう」
その言葉に、私は少しだけ、胸が温かくなった。
こうして、私はお手伝いという名目で、少しずつ伯爵家の仕組みを効率化していった。
表に出ることは望まないけれど、誰かの背を押すことならできる。
この家を、家族を、少しでも楽にできるように。
そう思いながら、今日も私は机に向かう。
ノートとペンを持って、静かに、黙々と。




