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夢で出会ったモブ令嬢を王太子は絶対に手放さない  作者:


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命の勉強と、小さな改革

「お嬢様、今日は命の勉強の日でございますよ」


 ナタリーにそう言われて、私は小さくうなずいた。


 この屋敷の裏庭、普段はあまり人目につかない場所に、ひっそりと存在している野菜栽培の区画。


 それが今日の“授業”の舞台だった。


 命の勉強とは名ばかりの、静かな畑仕事。


 けれど、ただの遊びではない。名目はきちんとある。


「普段、何気なく口にしている野菜が、どうやって育てられているのか。

 その過程を知ることで、作ってくださる方々への感謝と、命の大切さを学ぶ場だそうです」


 ナタリーがそう付け加えると、私は「なるほど」と頷いた。


 ……まぁ、そういう“建前”があるのは助かる。


 誰にも怪しまれずに、この場所で自分の知識を生かせるのだから。


 この区画は、伯爵邸の中でも特に人目につかない裏庭の一角にある。


 本来は、万一の備えとして用意されていたらしい。


 けれど今は、私のささやかな研究場所だ。


 土の香りがして、風がよく通る。

 私はこの場所が好きだった。


「今日はキャベツを植えるのですか?」


 庭師の一人にそう尋ねると、彼はにこやかにうなずいた。


「ええ。この畝は毎年キャベツですから。今年も変わらず、ですね」


 ――その時、前世の記憶が、私の中で警鐘を鳴らした。


 同じ作物を同じ場所に植え続けると、土が痩せて、作物が弱る。


 ……たしか、前は「連作障害」って呼ばれていたっけ。


 前世、私は多趣味な大学生だった。

 ガーデニング雑誌や家庭菜園ブログを読み漁った時期もあるし。


 図書館で土づくりの基本をノートに書き写していたこともある。


 何に夢中になっていたのかは曖昧だけれど、とにかく好奇心の赴くまま、よくマイブームに飛びついていた。


 一週間で飽きるのが玉に瑕。

 でも、そのぶん知識は妙に浅く広く積もっていた。


 ……まさか、こんな場所で役に立つとは。


「少しだけ、土が硬くなってきてる気がします。去年より苗の育ちも遅いような……」


 私がそう言うと、庭師の手が止まった。


「……そういえば、最近うまく育たないと話していた者もいましたね」


 私は深く踏み込まないよう、気をつけながら提案する。


「たとえば、次は豆を植えてみるとか。土に栄養が戻りますし、違う作物を挟むと育ちやすくなるって……前に本で読んだ気がします」


 彼は静かにうなずいてくれた。

 この屋敷の人たちは、私の遊びに優しい。


 それから私は、毎回の観察をノートに記録し始めた。


 ・どの区画に何を植えたか

 ・天気と日照時間

 ・土の状態や湿り気

 ・芽が出るまでの日数や成長の速さ


 私は、目立ちたくない。

 けれど、役に立てることは、やっぱりうれしい。


 やがて、区画ごとに違う作物を植えるようにしたり、落ち葉と灰を混ぜた自家製の肥料を使うようにしたりと、少しずつ改善が始まった。


 庭師たちが私の作った区画の苗を見て、

「今年のこの畝は元気だな」

 とつぶやいたとき、私は聞こえないふりをした。


 私は伯爵家の娘だけれど、目立つ場所には出るつもりはないし。

 社交も結婚も望んでいない。


 けれど、自分のために覚えた知識が、誰かの役に立つのなら、それは悪くないことかもしれない。


「さて……次は、冬野菜の準備かな」


 そう小さくつぶやきながら、私はナタリーに手を借りて立ち上がった。


 今日も、土の香りが心地よい。


 この世界で、生きるということ。

 それは、こうして少しずつ、根を張っていくことなのだと思う。

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