月曜の朝は、噂話と不穏な視線と共に
日曜日の夕方、私は名残惜しさを感じながら、ナタリーに見送られてタウンハウスを後にした。
この学園の寮は「貴族の自立」を掲げているせいで、日曜の夜には必ず戻っていなければならない。私は女子寮の自室に着くと、持ち帰った琥珀色のスープを、保存瓶から移して温め直した。
ふわりと立ち上る、深く落ち着いた香り。
一口飲むと、雑味のない旨味と薬草のほのかな苦味が、じわっと胃の奥に染み渡っていく。
ゆっくりと飲み終える頃には、指先の冷えが和らぎ、背中に張り付いていた重苦しい倦怠感が、薄紙を剥がすように少しずつ軽くなっていくのがわかった。
お礼を、申し上げなければ。
特別図書室で見せていただいたあの本や、こんなに身体が楽になる薬草まで贈ってくれた殿下に対し、人として感謝するのは当然だ。
けれど、相手は次期国王の王太子。私が作ったスープを「どうぞ」なんて差し出せるわけがない。不敬どころか、毒物混入を疑われるリスクを考えれば、手作りなんて論外だ。
まずは、今回の薬草がどれほど私の体に効いたか。口頭では貴重なお時間を奪ってしまうし、正確なデータとしてお伝えすべきね。詳細な報告書をまとめて、閲覧の機会をくださった感謝と一緒に、後ほどお届けしましょう。
そう心に決めて迎えた、月曜日の朝。
女子寮の食堂で朝食を摂っていたけれど、どうにも喉を通りにくい。
……さっきから、周囲の視線が痛い。
間違いなく、先週のあの出来事のせいだ。
学園の食堂で昼食を食べていた時に、殿下がわざわざ私の席まで来て声をかけてきた。あの日を境に、私の「背景」としての平穏は完全に消え去ってしまった。視界の端で、令嬢たちがチラチラとこちらを窺い、ひそひそと声を潜めているのがわかる。
嫌な予感がするわ。
これ以上ここにいては、余計な注目を浴びるだけ。私は残っていた食事を、マナーに反しない程度の速さで丁寧に片付けた。あくまで優雅に、けれど迅速に。食器を置く音すら立てないよう細心の注意を払い、私は食堂を後にした。
講義棟へ向かう廊下に出ても、空気の重さは変わらなかった。
ずっと空気のように生きてきた私が、突然、スポットライトを浴びせられたみたいに周囲から浮き上がってしまっている。
なるべく目立たないよう、壁際を通りながら角を曲がった、その時だった。
「……セレナ様!」
その清らかな、けれどひどく唐突な声に、私は足を止めざるを得なかった。
目の前に立っていたのは、まばゆい光を背負ったヒロイン、ミレイユ様だ。
彼女の背後には、取り巻きとおぼしき令嬢たちが壁のように控えている。
何より驚いたのは、彼女が初対面に近い私に対し、許可もなしにいきなり下の名前で呼んできたことだ。貴族としての礼儀を完全に無視したその距離感の詰め方に、私の背筋に冷たいものが走る。
「少し、お話ししませんか?」
ミレイユ様の瞳には、純粋な好奇心と、隠しきれない困惑が浮かんでいた。
平穏な「背景」を目指していた私の学園生活が、いま、音を立てて崩れようとしていた。




