草陰の観察者
昼休みの鐘が鳴り、私は人の少ない中庭のベンチでそっとパンの包みを開いた。
昨日と違う場所。昨日、あんなことがあったばかりなのに、まさかまた同じ場所へ向かうなんて、私にその勇気はない。
今日は、もう絶対誰にも見つからないように……!
そう思っていた、はずだったのに。
「レオナルト殿下。あの……ご一緒しても、よろしいですか?」
遠くから聞こえてきた甘ったるい声に、私はぴたりと動きを止めた。
振り返らずとも、誰の声か分かる。
例のヒロイン、ミレイユ嬢。
たまたま通りかかっただけ、だと思いたい。
でも私は、咄嗟に草陰へ身を隠すようにしゃがみ込んでしまっていた。パンを抱えたまま。
まずい、よりにもよってこんな場所で……!
目の前、少し開けた中庭の一角に、ミレイユと王太子殿下の姿が見える。
私の姿にはまだ気づいていない様子だが、この距離では、声も表情もよく見える。
ミレイユは満面の笑みで、くるくるとスカートを揺らしながら王太子に話しかけていた。
「殿下ぁ、お一人でお昼なんて、寂しいですわ。私がご一緒して差し上げます」
その声音に、遠巻きにいた男子生徒たちがこっそり視線を送っていた。
けれど……
「……結構だ」
殿下の返答は、驚くほど素っ気なかった。
その声音は穏やかで、決して不作法ではない。だが、どこか冷たい。
「え……そ、そうですか?」
ミレイユは、一瞬驚いたように瞬きをしたあと、ぎこちなく微笑み直した。
「では、また後ほど……」
スカートを翻して去っていく彼女の背中からは、気のせいか棘のようなものを感じた。
王太子はその様子を一切追わず、ほんのわずかに視線をずらす。
そして。
え……?
私の隠れている方へ、視線が流れてきた。
いや、気づかれてはいない。きっと、たぶん、絶対に。
それでも、確かに思った。
……さっきまでの無表情が、ふっと和らいだ気がする、と。
まさか、そんなことは……
私はそっと背を丸め、草陰に身を沈める。
……気のせい。そう、気のせい。今日のお昼は、パンの具が重かっただけ。
それでもどこか胸の奥が、ざわめきを残したままだった。
そしてその背後では、ほんのわずかな気配の変化に、ミレイユが静かに唇を噛みしめていた。




