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夢で出会ったモブ令嬢を王太子は絶対に手放さない  作者:


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10/20

静かに暮らしたいモブ令嬢に王太子がバグ好感度で迫ってくる件

 入学から十日目の朝。

 私は、廊下で王太子殿下とまたもやすれ違った。


 何気ないふりでうつむき、気配を消し、足早に通り過ぎる。


 いつも通り、完璧なモブのふるまい。……だったはずなのに。


 ……視線、感じた。


 また。ほんの一瞬、でも確かに、私の背に触れるような視線を。


 しかも、それだけではない。


 今日のレオナルト殿下は、これまで以上に現れすぎている。

 午前の講義前、昼休み、そして今……出現頻度、三倍増し。


 これはもはや、すれ違いという偶然の範疇を超えている。


 ……とはいえ、彼の視線の先にいるのは、例のヒロインミレイユ。


 取り巻きを増やし、最近は「お昼は皆さんとご一緒したいんですぅ~♡」などと小動物のような声音で男子を悩殺している姿を見かけるたび、私は目を伏せて心の中でそっと合掌する。


 ……学園生活、順調そうで何よりです


 王太子殿下も、きっと彼女のそんな健気な(?)努力に心を動かされたのだろう。


 にしては、殿下の表情が……少し怖いのだけれど。


 まなざしは冷たく、けれど深くて、まるでなにかを探り当てるような。


 ……うん、やっぱりストーカー気質、あるんじゃ……


 そのまなざしが、ときおり私の方へ流れてくるのが問題なのだ。


 私はただの通行人。道端の石ころ。木陰の小鳥。


 間違っても、メインキャラの視界に入る存在ではない。


 なのに、彼の目に映ってしまっている気がする。


 いけない……このままでは“モブ力”が足りない


 危機感を覚えた私は、昼休みにさらなる対策を講じることにした。


 昼食は食堂ではなく、講義棟の裏にある物陰で一人静かにとることに。


 そのためのお茶とパンは、こっそり寮の厨房で確保済み。


 ささやかなピクニック気分で、私は木陰に腰を下ろした。


 よし、ここなら誰にも見つからない。


 そう安堵したのも束の間。


「……こんなところで食べていたのか」


 聞き慣れない低く落ち着いた声が、背後からふわりと届いた。


 びくりと肩を震わせ、私はおそるおそる声の方へと視線を移す。


 そこにいたのは、まさかの……


「……レ、レオナルト殿下……?」


 銀髪の王太子が、穏やかな微笑を浮かべながら立っていた。


 しかも、まるで私を探していたかのような、そんな気配を纏って。


 えっ……? えっ、えっ……なんで……?


 どうして、ここが分かったの?

 あなたはヒロインを追ってるんじゃなかったの??


「……よければ、隣に座っても?」


「い、いえっ……私など……っ」


 慌てて立ち上がろうとした私を、彼はゆっくりと制した。


「君のように静かな相手と、少しだけ言葉を交わしてみたくなった。……迷惑だったかな?」


 ………………


 いやいや、これはおかしい。


 この世界は乙女ゲーム。私はモブ。彼は攻略対象の筆頭。


 そもそも、殿下はミレイユにご執心のはずでは?


 それとも、まさか……ミレイユルート、バグってる?


 いや、それよりもっとまずい展開が……?


 まさか、攻略対象が、モブ令嬢にバグ好感度……!?


 どうして……?


 どうして私は、こんなにもがんばって空気を貫いているのに……


 彼の瞳が、まるで私だけを見ているように感じてしまうの……?



「……名前を聞いても?」


 その問いに、私は震えながら、そっと口を開いた。


「自己紹介が遅れました。私は……」


 一呼吸おいて、膝を揃え、スカートの端を摘み、礼儀作法どおりに頭を下げる。


「セレナ・アルトレインと申します、レオナルト殿下。僭越ながら、貴殿のお目に留まるような者ではございませんが……どうぞ、今後ともご放念くださいますように」


 必死で、丁寧に、でもそれとなく距離を取りたいですの意思を込めたつもりだった。


 ところが。


「セレナ……」


 その名前を、殿下はまるで宝物を抱くように、そっと繰り返した。


「やっと、君の名前を知ることができた」


 その声は優しく、けれど胸の奥に染み込むように、深かった。


 ……やばい。これ、やばい気がする


 静かに息を吸い、そっと目を伏せる。


 気のせい。偶然。思い過ごし……


 そう言い聞かせながらも、私は確かに感じていた。


 彼の視線が、あたたかく、けれどどこか狂おしいほど真っ直ぐで。


 これじゃ、まるで……私のことを、ずっと……



「セレナ嬢、よければ、またここで会ってくれないだろうか」


 その問いかけに、私は一瞬、息を呑んだ。


 これは、明確な“接近”の意図だ。


 ほんの少しでも好意や関心を抱かれてしまったなら、私の平穏な日常は崩れ去る。


 だから私は、心を決めて、礼を取る。


「申し訳ありません、殿下。私は……学園では目立たぬよう努めております。これ以上、視線を集めるような行為は控えたく……」


 あくまで丁寧に、しかしはっきりと。


「どうか、もう私のことなどお気になさらずに。二度と、関わらないでいただけると幸いです」


 しっかりと頭を下げる。これ以上は無理だと伝えるために。


 だが。


「……ふむ。なるほど。……けれど、断られても、諦めろとは言われていないな」


「……っ」


 顔を上げると、そこにはわずかに唇を吊り上げた、王太子の微笑。


 それは穏やかなようでいて、どこか“決して引かぬ意志”を孕んでいた。


「セレナ。……君の静けさが好きだ。君の声を、動きを、もう少しだけ知りたいと思ってしまった」


 その瞳がまっすぐに、私を射抜いてくる。


 まるで夢の中で何百回も繰り返したかのような、迷いのない視線。


「また来るよ。……今度は、君が断りきれないくらいの理由を用意して」


 そう言い残して、レオナルト殿下は背を向け、ゆるやかに立ち去っていった。


 私は、その場に一人、ただ呆然と佇む。


 風に揺れる草の香りが、妙に現実感を帯びて鼻をかすめた。


……やっぱり、これバグってる


 小さくつぶやいて、私はパンを包み直した。



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