そして私は、再び目を覚ました
「青になったからって、信号だけを信じるのはバカのすることだよ」
前世の友人が、冗談めかして笑っていた。
その言葉が、皮肉のように耳に残っている。
最後に目にしたのは、朱に染まった夕暮れの空だった。
高層ビルの隙間から伸びる光と、喧騒にかき消されるクラクションの音。
すれ違う人々。急ぎ足の誰か。信号を渡ろうとした私。
そして……
猛スピードで突っ込んできた車。
「あ……」
言葉にならなかった。
体が宙を舞う感覚。視界が跳ね上がり、世界がぐらりと傾く。
こんなにも、命って簡単に終わるものなんだ。
ぼんやりとした意識の中で、ひとつだけ、思いがこぼれた。
「もう少しだけ、生きたかったな……」
───
目が覚めたとき、そこは知らない部屋だった。
ふかふかの寝具に、天蓋のついたベッド。
布越しに差し込むやわらかな陽射しと、ほんのり花の香りのする空気。
けれど、何よりもまず感じたのは、自分の体だった。
息が苦しい。
四肢が重い。
肌は熱くて、喉は渇いていて、まともに動ける気がしない。
「……え?」
かすれた声が漏れた。
それが、自分のものとは思えないほど幼くて弱々しくて……他人のようだった。
混乱しながらゆっくりと体を起こそうとして、すぐに挫折した。
数センチ動いただけで息が上がる。
鼓動が速くなって、視界が揺れた。
この体は、ひどく虚弱だ。
けれど……確かに、私は生きている。
前世で命を落としたはずの私が、別の世界で、別の体で目覚めた。
それだけは、不思議なほどすんなりと理解できた。
どうやら私は、どこかの異世界に転生したらしい。
それを認識した瞬間に、前世の記憶が一気に流れ込んでくる。
私は息を詰めながら、思うように動かない体を震わせながら、流れ込んでくる記憶を受け止めていった。
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このときの私は、まだ何も知らなかった。
この世界が、前世で見かけたある乙女ゲームと酷似していることも。
自分が、その物語に登場すらしないモブ令嬢として生きていることも。
そしてなにより、自国の王太子の夢に、何度も現れているということも。
彼が夢の中で見た令嬢に、執着を抱いていることも。
それが他でもない、この身体に宿る私だということも。
私は、まだ、なにひとつ知らなかった。




