第9話 檻の中の覚醒者
北の大地・網走刑務所。
日輪で最も脱獄が難しいとされる場所。
それは、かつての話だった。
最初の異変は、
……小さかった。
「……おい」
巡回中の刑務官が足を止め、
声を掛ける。
独房の隅。
男が、壁に額を打ちつけていた。
ゴン……ゴン……。
鈍い音が、規則正しく響く。
「やめろ」
命令に、反応はない。
次の瞬間。
男の背中が、
内側から裂けた。
血と共に噴き出したのは、
黒ずんだ魔力。
「――ッ!?」
刑務官が後退するより早く、
雷が走った。
バチチィ!!
金属の床を伝い、
刑務官の体を焼き抜く。
声は、出なかった。
残ったのは、
焦げた肉の臭いだけ。
「暴動だ!!」
「覚醒者だ、複数確認!!」
ウゥー、ウゥー
警報が鳴り響く。
だが……、
すでに、遅すぎた。
別の棟。
火が、廊下を舐める。
「助けてくれ!!」
叫んだ刑務官の喉を、
炎が焼き潰した。
壁を突き破る土塊。
天井から落ちる岩。
刃のような風が、首を刈る。
火・水・風・土・雷。
今まで積み上げてきた理屈も、
訓練も、
すべてが無意味だった。
そこにあるのは、
剥き出しの殺意だけ。
「はは……ははは……!」
血塗れの受刑者が笑う。
「いいねぇ、いいねぇ〜、
俺が全員ぶっ殺してやるよぉ!!」
制圧部隊が投入された。
銃声。
悲鳴。
爆音。
だが、覚醒者は止まらない。
「撃て!!」
「効かない!!」
水が渦を巻き、弾を弾く。
風が軌道を歪める。
人が、死んでいく。
刑務官も、
受刑者も、
区別なく。
瓦礫の陰。
一人生き延びた刑務官が、
膝をついていた。
名札は、
血で読めない。
「……ふざけるな……」
震える手。
目の前には、
同僚だった〝肉片〟。
「俺たちは……、
守るために……」
歯を食いしばる。
「罪を償わせるためだったんだぞ……!!」
正しさは、
守られなかった人間から先に壊れていく。
助けを呼ぶ声は、
もう聞こえなかった。
その時。
プチッ
頭の中で、
何かが切れた。
ドクン。
心臓が、異様な鼓動を打つ。
「……っ!?」
手から、
熱が溢れ出す。
炎でも雷でもない。
重く、鈍い圧力。
床が、沈んだ。
「……土……?」
次の瞬間。
ドンッ
地面が隆起し、
覚醒者の一人を叩き潰す。
「何だ、こいつ!?」
刑務官は立ち上がった。
「殺す……」
涙を流しながら。
「……全員、殺す!!」
それは制圧でも、
正義でもない。
復讐だった。
だが……、
一人では、足りなかった。
背後から、雷。
横から、刃の風。
「…ガハッ……!」
膝をつく。
「……くそ……」
覚醒者たちが、囲む。
「あっけないな〜、今どんな気持ちだ〜?」
「……最悪だよ、でも……」
最後に見たのは…
崩れ落ちる天井。
数時間後。
網走刑務所は、
完全な沈黙に包まれた。
生存者。
覚醒した受刑者、十数名。
刑務官。
全滅……。
国は発表した。
「制圧済み」
だが、
網走刑務所の周りに住民を、
戻すことはなかった。
世界は、まだ知らない。
「シャバの空気はうめぇなぁ〜!!、
はははははは!!!」
檻の中で生まれた怪物たちが、
夜の街へ溶けていったことを。




