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シークレットベビーは愛を繋ぐ

掲載日:2026/01/15




 ここは王都から離れた、名産はキャベツとニンジンのとても平和な小さな村。


 旅人の宿場もあるけれど、ここを通って国を渡る人々はそこまで多く無いために主な産業は農業。今日も鎌などの農機具を持っておじさん達がのんびりと町を歩いている。



「マリカ! 遊ぼうぜ! どこいく?」

「遊ばないし、何処にもいかないってば。家の仕事があるのに」

「それにしても今日もにんじん色の髪の毛も可愛いな! その三つ編み自分でやってるんだろ? この前紐でやろうとしたけど、指が攣るかと思ったぜ。やり方教えてくれないか?」

「忙しいって言ってるでしょ」

「なら俺、手伝うからさ!」

「そんな訳にいかないのよ……」



 そんな村の外れの森に入ったところの小さな家に住む私、マリカには幼馴染が二人いる。

 一人はこうして今日もわざわざ我が家の近くまで迎えに来て、気さくな笑顔で声をかけてきた彼の名はルーク。


 幼い頃に伯爵家の息子とは知らずに一緒に遊んでいたら懐かれてしまったと言っても過言じゃないと思う。その綺麗な顔にダークブルーの髪に光が当たり青く美しく輝いているのをみて、視線を逸らす。

 だって私たちももう17。そろそろ身分差を考えてこのような気安い関係ではマズいのだと何度も言って来たが聞く耳を持たないルークに、一つ息を吐いてから彼の方を向き改めて口を開く。



「ねぇ、ルーク様。そろそろお互いに……」

「マリカに“様”付けされるの慣れないな〜!」

「あのねぇルーク、ふざけてないで……!!」


「おぉ〜い! マリカ〜! ルーク!!」


 私が言い掛けたところで呑気に間延びした声が聞こえて来て、思わず二人でそちらを向けば、楽しそうに手を振りながらもう一人の幼馴染のネルビンが駆け寄ってくる。


「あははっ、二人とも今日も元気そうだねぇ」

「ネルビンもな。今日はどうした?」

「ううん、なんでもないよ。散歩してたら二人が目に入ったから、声掛けただけだよ」

「そっか。お前は今日も暇なのか?」

「ルークに言われたくないよ〜」

「俺はこれはこれで忙しいんだよ」

「そっかー。今日もマリカに振られてたもんね」

「言っとくけど、振られてはないからな」


 もう一人の幼馴染の彼は、宿屋の息子ネルビン。

 その人当たりの良い笑顔と、その癖っ毛の茶髪にそばかすも愛らしさに見える彼は、ルークとの相変わらずの軽い会話を始められ、注意するにしても水を差されてしまったと、私は諦めてまた一つ深く息を吐いてから歩き出しせば二人は楽しげに横を歩き出す。


「そうだ。マリカ、ルーク、最近の噂知ってるかい?」

「「噂?」」


 気になって二人で聞き返せば、ネルビンは楽しそうに話しだす。


「この村に王家のシークレットベビーがいるらしいって噂だよ!」

「「シークレットベビー?」」

「そうっ! ねぇねぇ二人は何か知らない?」


 日頃から噂好きのネルビンの様子に私たちは視線を合わせることもなく首を振る。


「知らないわ」

「知らないな」


 繰り返された同じ答えにネルビンは声をあげて笑うと、「そうだよね〜」と頷いて、何か分かったら教えてと続けると、またたわいない会話に戻っていった。




*****




「お母さん、ただいま。雲が出てきて雨降りそうだから洗濯物しまってくるね」

「あら、マリカ。ありがとう。そうだわ、おかえりなさい」

「……はい、ただいま」

「ルークくん達と今日も会っていたの? ふふっ、マリカもそろそろそんな歳だものね。マリカさえよければ……」

「洗濯、しまってくる!」

「帰ってきたばかりだもの。少しくらいゆっくりしてからにしたらどうかしら?」


 私が家の仕事で朝から駆け回っていた間、家で呑気に窓から外を見てお茶をしていた母は、どんよりと曇ってきた空を見ても『雨になるから洗濯物をしまおう』という発想にはならなかったものかと、私はまた小さくため息を吐いて買い物カゴをテーブルに置き、野菜を保管場所にしまって置いてと頼めば、母はティーカップを持ったまま笑顔で頷いた。



「まったく……、お父さんが甘やかしすぎたせいよ」


 干された洗濯物に手を伸ばしながら、空に向けて亡き父に愚痴をこぼす。

 

 とても優しく、それでいて薬学に通じていた父は妻と娘を溺愛し、昼間は家とは離れた町の小さな店舗で薬を売っていて、王都からも人が買いに来るほどに評判だったが、不慮の事故で私がまだ七つの頃にあっさりと亡くなってしまった。


 それまで家事も料理も任せきりで、ただただ父を愛していた母は憔悴しきった。

 その様子に私がなんとかしなければと幼心に決めてなんとかこなしているうちに、母はやっと立ち直ったものの、いつの間にやら家事は父から私にバトンを渡されていて、母は相変わらず呑気に暮らしている。



「とはいえ、普通あんなに呑気でいられる?」


 ふと窓を見れば、母はこちらに気付き微笑んで手を振る。


「またお茶してないで手伝ってよ」


 野菜くらいはしまってくれたのだろうが、それでもその様子に微妙に引き攣る笑みは仕方ないと考えていれば……、ふと、ネルビンの言葉が頭をよぎる。


「まさか、お母さんが王族の…………って、そんなわけないか」


 馬鹿なことを考えたと手を振り返せば、平民ではあまり見ない黄金色の髪を一つに結んだ母はこちらを見て嬉しそうに笑って、またお茶に手を伸ばしていた。




*****




「シークレットベビー……か」


 幼い頃からの友と別れると俺は一人になりたくて町外れのベンチに座り小さく呟いていた。


「……そんなわけ」


 笑みを作るが我ながら下手すぎて、マリカやネルビンに見られたら心配させてしまうかと、一度屋敷へと戻ろうと馬車に乗った。

 とはいえ、わざわざ乗るほどの距離でもないと言ってもいつも馬車を用意されるこの過保護な扱いすらも疑わしく思えてくる。


 そう……あれは小さな頃に父の部屋で見た姿絵。


 そこには記憶にはない小さな俺と……今の両親ではない2人。

 小柄な父に体格も顔も似ていないと言われ続けていたにも関わらず、その俺を抱いていた男に年々似ていく自分の姿。


「まさか……な」


 そんなはずはないと頭を振るが、一つ疑問が浮かべば次々に繋がってしまう。

 それでも少し過保護なほどに愛情深く育てられた自負はあり、あの二人を両親ではないなどと疑ったことさなかったが……、それが、もし、王家の子を預かっていたからだとすれば……などと推測が頭を過ぎる。



「馬鹿なことを考えた……」


 それに万が一、俺に王家の血が流れているなどとなれば、あのマリカの事だ。それこそ今以上に距離を取られてしまう。

 幼い頃塞ぎ込んでいた俺の手を取り、笑顔で抱きしめてくれた少女。


 彼女こそ愛情深く育てられていたのに、父を亡くして自分以上に憔悴しきった母の為に役に立つんだと隠れて涙を拭った、あの強い少女に心を惹かれ、その隣に立ちたいと自立しようと伯爵の父の仕事を手伝えば手伝うほどに君は少しずつ距離を取っていった。


 せめて幼馴染であることだけは忘れさせないように、それこそ寝る間を惜しんで領地運営などの勉強をして、彼女に会える昼間は出来る限りの時間を作り、気さくに話しかけてはみるものの、歳を重ねるごとにその瞳は遠慮するように合わなくなっていく。



「せめてマリカが王族なら……いや、ダメか」


 田舎の伯爵家如きが求婚などできる訳がないと頭を振れば、そうかマリカもいつもこんな気持ちなのかもしれないと気付き、俺は髪をぞんざいに掻き上げた。




 *****



「おはよう」

「おはよう」


 私が町へとむかえば、ルークが数日振りに手を振りこちらへとやってくる。


「今日はお店か?」

「そうよ」

「マリカの薬も評判だもんな」

「えぇ、お陰様でね」


 父のレシピを元に、そして父が作ってくれてた庭の薬草も幼い頃から覚えていた為、14の頃から父のやっていた店でまた薬を売り出せば、町の人はまたお店に通うようになってくれて、今では少し遠い町からも買いに来てくれるようになってきた。


「マリカはすごいな」

「お父さんのレシピがわかりやすいの」

「それだけじゃないだろ? 他の薬草の勉強も、それに家のことも……マリカは本当に偉いよ」

「……?」


 なんとなく今日のルークの様子は違う気がして、その顔を覗き見てもこちらに視線を送られることがないのは、何か考え込んでいるのだろうか?

 とは言えそれに踏み込んでいいのか、それに……あれから色々と考えてみれば、母がただの平民な訳がないと思えて来た。

 まだ父の生きていたあの頃、庭で父と踊る母はまるでお姫様のように綺麗だと思ったこと。料理はしないくせに、紅茶の淹れ方だけは拘ったり……。

 それになによりも、父がいなくなった後は暫く母の持っていた宝石をいくつか売っただけで数年過ごせていたのだから。


 そんな母がもし王族ならば私がシークレットベビーと呼ばれてしまう可能性まであるのかと、私こそこの日常からかけ離れてしまう不安に息が詰まる。


「どうした?」


 心配していたのはこちらだったはずなのに、いつの間にこちらを覗き込むルークに素直に話せたら少しは……、いや、やはり駄目だと「なんでもない」と思わず素っ気な色返事をしてしまう。


「何かあれば言えよ」


 その優しい言葉に胸痛む。


 もし王族の血が流れていたら、貴方に素直に言えるかな?

 叶わぬ思いだと蓋をしたこの気持ちを……。


 そう思ってキュッと唇を結ぶ。


「……ルークこそ、何かあるんじゃない?」


 話題を逸らそうと返した言葉に、ルークは一瞬驚いた顔をして「俺はなんにもないぜ」と笑った。




*****




 王宮からの使いだと村人が広場に集められたのは、一週間後のこと。


「王都からわざわざこんな田舎に使いだとよ……!!」

「この村に王の隠し子がいると言うのは本当だったのか!」


 私たちの周りで村のみんながざわざわと口々に呟く声は、高級な服を身に纏った役人たちが現れたことで慌てるように噤まれた。



「この村に王家の血筋のものを隠し立てていることはわかっている!! 知っているものは大人しく引き渡すがいい!!」


 その高圧的な物言いに誰しも困ったように視線を交わすものの、それでも誰一人と答えは出ないと言葉を発さねば、役人は苛々としたように村人を眺めると、


「こんな田舎の貧相な村にいるとは思えないが……、これはご用命である! もしわからないのならば14から20の男女を全て王宮まで連れていく! 違うとわかれば各々帰ってくれば良い!」


 途端に人々が慌てて声を上げ始める。

 暦は春が終わりもう直ぐ夏。これから村は農作物の収穫時期に入ると言うのに村の若者を連れて行かれては手が足りなくなること明白。そんな時期に横暴すぎると悲鳴に近い声まで上がる。


 それだけじゃない。これから結婚を控えている子も、それに役人は『帰ってくれば良い』と言ったのは、きっと帰りの手立ては準備してくれないと言うことなのだろう。

 ここから王都まで馬車で順調に行けたとしてもひと月はかかるし、それにかかるお金は片道分とはいえど、ここの人々がそう簡単に出せる額ではない。


 騒めく人々にさらに苛立ちを抑えられないのか役人は早くしろとせき立てるが、「はいそうですか」と頷けるほど豊かな村ではないと互いに顔を見合わせてやはり非難の声をあげてゆく。


「あぁ五月蝿い!! ならば可能性のあるものが手を挙げろ! 自薦でも他薦でも構わん!!」


 そう言われて私は息を飲み一度拳を握ると、一歩前に出て手をあげた。



「「 はい 」」


 重なった声に驚いてそちらを見れば同じく前に出てきたのは……、


「ルーク!?」

「マリカ!?」


 驚いたのはお互い様のようで、互いにどういうことだと言い合えば、役人が近づいてくる。


「二人もいるとはどういうことだ!?」

「「こっちが聞きたいです!」」


 私たちの声を合わせた返答に役人が思わず一歩引いたことなど気にせず私たちは思わず言い争いを始める。


「なんでマリカが王族だなんて結論になるんだ!?」

「ルークこそ! あなたは伯爵家の御子息でしょう!?」

 

 互いが互いをに指差し言い合えば、言いたいことは溢れだす。


「それはそうだが、マリカこそ平民だと常日頃から胸を張って言ってるだろ!?」

「胸を張って言ってるわけじゃないわよ! あなたとは身分が違うからって言ってただけよ!」

「ならなぜマリカが王族になる!?」

「そ、それはあの母が平民とは思えないなぁとか……、それに私なら王都に行ったとしてもみんなとは違って薬を売りながら日銭を稼いで帰ってくることも出来るし!」

「そんな曖昧で見通しの甘いことで手をあげたのか?」


 呆れたように髪を掻き上げながら言う姿に思わずカチンときて、腰に手を当てこちらも言い返す。


「じゃぁルークはどうなのよ! あなたこそれっきとした伯爵家の息子でしょう!?」

「それはっ……、だからといってなんの根拠がないわけじゃ……!」

「言い方が既に曖昧じゃないの! ここを収める伯爵家の一人息子こそ何かあってはこの村はどうなるのよ!?」

「そんなもん、マリカになにかあるより俺はマシだ!!!」

「はぁ!? マシなわけないでしょう!? 領地運営の伯爵様の子に何かがあれば村のみんなが心配するでしょう!」

「それはマリカだって一緒だろう!」

「私もあなたが心配なのよ!!」

「俺だってマリカが心配なんだ! 好きだからな!」

「だから私だって貴方が心ぱ…い……? え??」


 思わず言われた告白気がつき二の句が告げないでいれば、ルークは腕を組み照れ隠しからなのか偉そうにも見える態度で、


「ずっと言ってたろ」

などと言われてもそんな直接的な言葉は貰った事はないのだと説明しようにも熱くなる頬と、唇ははくはくと言葉を乗せずに動くだけで、頬だけが更に熱さを増して、身体は固まってしまっている。


「そっ、そんな事、言われても……、じゃなくて!その、あのねっ、王都に行くのは私よ!? 大丈夫よ! これでも体だけは、その、丈夫だし!」

「いや! それなら頑丈な俺だな!!」

「ルークは風邪だなんだって薬買いにくるじゃない!」

「そ、それは、常備薬ってやつだ!!」

「ちっちゃい頃からすぐ熱出すくせに!」

「そりゃマリカが心配してくれるからな!」

「は!? 仮病!?」

「努力の微熱といえ! それか愛にのぼせたのかもな!」

「顔真っ赤にするほど恥ずかしいセリフなら言わなくていいわよ!」

「マリカだって真っ赤だぞ!」

「そりゃルークの顔が良いからよ!」

「マジか……、顔で押せばいける!?」

「バッカねぇ! そんなのなくたって」


 そこまで言って思わず笑って……、今、この場には町の人々が集まっていることを思い出して思わず固まった時、“ パンッ ”と小気味良い音が広場に響いた。


「あはは〜! ルークとマリカおめでとう〜! こんな大々的に両思いになっちゃったらみんな身分がどうだなんて野暮なこと言えないねぇ〜」


 手を叩いて楽しそうに出てきたのはネルビン。

 そして周りからは囃し立てる声や指笛が響きわたる。


「ちっ違うから! 両思いなんかじゃッ!?」

「俺はまだマリカから正式に返答もらってないが、甘んじて受け入れるぜ!」

「うっ、受け入れないで!!?」


 また頬が熱いと会話を交わせば、「おい!!!」と、大きな声が響き渡ると、そこには怒りに顔を染めたお役人。


 忘れてたとは言えずにいれば「忘れてた」と隣でルークが言っちゃうものだから、お役人の顔に血管が浮かぶ。


「この田舎者風情が馬鹿にしおってからに!! 結局この二人以外は名乗り出る者がおらんようだし連れて行け!! 違ったのならば王家を名乗った罪人とする!!」


 その言葉に誰しもが不満の声を上げようとした時、


「僕が王家の隠し子だ」

そう堂々と声を上げたのは……ネルビンだった。


 誰しも言葉を失い、いや冗談かもしれないと思った時、ルークは真剣な顔をして首を振る。


「ネルビン、お前まで巻き込まれることは無い!」

「そうよ! あなたこそ宿屋の子じゃない!」

 慌てて二人で止めに入れば、ネルビンは楽しそうに、それでいてどこか悲しそうに笑った。


「ルーク、マリカ、隠しててごめん。宿屋のあれは仮初の親子。王の妾の子である僕を隠すために、彼を義父としてここに越してきた」


 同い年の私たちは幼く覚えていないが、誰かがネルビンは3つの頃に越してきたのだと呟いたのを聞いて、ネルビンは優しく頷くと頬を袖でぞんざいに拭えば、幼い頃から見慣れたそばかすはその頬から消えている。


「騙していたようで悪かったね。でも……本当の意味で騙してたわけじゃない。楽しかったんだ。君たちや、この村で過ごす日々が」


 そう言って優しく笑うと、一度目を閉じてから改めて役人を見る顔は厳しく、私たちの知っている人当たりの良いネルビンの顔とは違って見えた。



「さて、『ステット・ベルフェティ』。()()()()()は誰に頼まれた。第一王子か? 大方、王の病床が悪化して、その悠々自適な生活か危ぶまれて、政権交代にあたり消えた弟でも出てくればマズイと慌てて探し始めたのだろう? 14年も放っておいてくれたんだ。このまま黙っていてくれば良かったものを」


 自傷にも見える笑みに思わず一歩踏み出せば、役人の後ろから誰かが飛び出しネルビンに向かってくるのを、間髪入れずにその間に入ったルークがその刺客の手に持っていたナイフを蹴り上げ飛ばすと、腕を掴みそのまま倒して膝で押さえつけた。


「ご無事ですか?」

「よくやった」


 恭しいやりとりと、その後に交わされたのは幼馴染の笑顔。


「ベルフェティ。君たちがこんな田舎だと油断していたけどね、こんな村にだってちゃんとした役人も警備の人間もいるんだよ」


 そう言っていつも笑顔の町の警備兵さん達は雰囲気を変えて、『ステット・ベルフェティ』と呼ばれた貴族の男に『役人の名を騙った罪』だと後ろ手に縄を巻かれた。



「このまま黙っていませんぞ!」

「そうだね。僕はこのまま黙っていたかったのを……、藪をつついたのは彼や君たちの方だろう」


 酷く冷たく見えるその瞳に、ベルフェティはヒュッと息を呑むと「付く方を間違えた」と呟いて、連れてきた人々と共に役人に連れて行かれた。



「みんな、悪かったね。迷惑をかけた」


 凛とした表情で詫びるネルビンにその正体を知って町のみんなが言葉を詰まらせてば、ルークがポツリと呟く。


「つまりは、ネルビンが王族で……じゃ、俺らは??」

「ルーク! その件はちょっと黙ってて!」


 間違えて名乗り出たことをうやむやにできるかと思ったのに、馬鹿正直なその言葉に思わず恥ずかしさの余りに声を上げれば、ネルビンはお酒馴染みの顔して笑った。


「ねぇねぇ、それよりなんでルークとマリカはそう思ったの? 実は僕の正体知ってて隠そうとしてくれたのかと最初は驚いたけどそうじゃ無さそうだし」


 心底面白そうに笑うネルビンに、おずおずと私が「あの母が普通の平民じゃ無さそうだから」と告げれば「そりゃそうさ。彼女は辺境伯のお嬢様だからね」とサラリと言われて言葉を失う。


「俺は幼い頃の姿で父ではない男性に抱かれていた姿絵が」とルークが言えば、「それ、多分君の母方のお祖父様だね。若い頃はそれはそれは美形で君に似ていたそうだよ。隔世遺伝ってやつかな」と、またもサラリと告げられて固まっていた。



「つまりは……」

「俺たちのは完全なる勘違い?」


 私たちが言えば、ネルビンは満面の笑みで「そのとおり!」と答てくる。


「言えよ」

「言ってよぉ」

「君たち聞いた時そんなことおくびにも出さないし……、あれ?もしかして『シークレットベビー』のこと、僕に言われたから考えちゃった?」


 その言葉に私たちは真っ赤な顔で頷けば、ネルビンは楽しそうに笑って、


「じゃぁ君たちが素直に両思いになれたのも僕のおかげだね!」

「ちょっと!私はそんなこと……!」

「マリカのお母さんはさっき言ったように辺境伯のお嬢様だ。君は平民だと思ってるみたいだけど……、うん。これ以上は僕が言うことじゃ無いかな。ねぇマリカのお母様」


 そう言ってエルビンが一歩横にズレれば、そこにはお母さんが立っていた。


「ネルビン様はご存じだったのですね。ふふっ、お恥ずかしい話ですわ。けど……、いい機会だわ」


 何が何やらと私は呆然となりゆきを見つめていれば、お母さんは私の目の前まで来ると、いつもとは違う真剣な顔をして私を見つめる。


「……あのね、マリカ。お母さんとお父さんの結婚はお祖父ちゃんに大反対されてたの。『わしの可愛い一人娘をどこぞの馬の骨になんかやれるかーーっ!!』って、それはそれは猛反対で。それで家出したけど妨害に遭ってお父さんとの結婚届は出せずじまい」


 母はそこまで言うと困ったように笑って、


「だから亡くなったお父さんはマリカの父親として名前は届出をしたけれど、マリカはお母さんのお家……、つまり辺境伯の家の子になるのよ」

「……ん?」

「つまりマリカは貴族ね。お母さんはお父さんとの思い出があるこの場所を離れたく無いから、平民になってもいいと思ってたけど、偏屈伯なお父様、いやマリカにとっては()()()()()()が許してくれないものだから」


 ダジャレのように言っていい身分では無いのだと言いたいが、それよりも何よりも、


「だからマリカは辺境伯の孫娘ね。改めて正式な手続きを踏むなら、おじいちゃまが喜んでしてくれるわ」

「ん? ん? んん?」


 クエスチョンマークの飛び交う私にお母さんは頬に手を当てて可愛らしく首を傾げると、


「つまりルーク君との結婚になんの障害もないってことよ」

「ちょっっとまって!!!? 私ルークと結婚だなんて……!!」

『言ってない』の言葉は、全てを聞いていた周りの村人達の大歓声にかき消されてしまった。


「ここまで祝福されて、しかも王族のお墨付きだ! 断る理由はあるか!?」


 嬉しそうに私の肩を組むルークの目の輝きを見れば、否定の言葉が見つかることなく、


「私、貴族のマナーなんて私覚えるの時間かかるわよ」と言えば、ルークは嬉しそうに私を抱きしめて、年甲斐もなくクルクルと回るのを村人は祝福の声と歌で盛り上げてくれた。


 ……私たちの大事なもう一人の幼馴染がいつの間にか消えていることも気づかずに。


 


*****




 ーーーそれから半年後のこと。


 王都では突如現れたそばかすのない凛とした第二王子は、

「この国に生まれた国民が、分け隔てなく過ごせるようにしたい」

そう掲げると現貴族社会の問題に切り込みを入れ、平民として生きてきたとのことから国民からの絶大な人気を誇り、数年後に王が永眠されると同時に元々贅沢三昧だった第一王子は王太子の座を失脚し、ネルビン・ウエルトロ・エトワールと名乗った男は王となった。




*****




「ネルビンが王様とか、俺らも騙されてたよな。なんか名前もスゲー立派だし」

「言ってくれてたら私たちもちゃんと黙ってたし、もっとちゃんと匿えたと思うの」

「だよなぁ。あの噂好きも、宿屋ってのもあれ情報収集のアレだったんだな」

「そっか。でも〝シークレットベビー〟とか言ってたけど、あれカッコつけすぎじゃない?」

「それはそう。しかも俺らの前から挨拶もなしに消えるとか……」

「「ありえないよね〜」」


 は〜ぁとルークと私が大きなベットでゴロゴロしながらため息を吐くと、


「君たちの行動の方がありえないんだけどね」

と、呆れた声が響く。


「仮にも……いや、仮じゃなくて、僕、王様になったんだけどさ。その王様のベッドの上でいい歳した夫婦二人でゴロゴロイチャイチャしないでくれる?」

「イチャイチャはしてないわ!」

「していいならするぜ!」

「バカなの!?」


 顔を真っ赤にして言えば、ネルビンは思わず吹き出して笑った。


「ここ王城の王の寝室だよ。どうやって入ったのさ」

「お前の親父のフリしてたの、執事長だったんだな。俺らの顔見たら宿屋の親父の顔して笑って入れてくれたよ。オッチャンも年取ったな。村を離れて20年近く経つんだもんな」

「僕の王城、警備ガバガバすぎない?」


 そう言いながらも、あははとあの頃と変わらない顔して笑うネルビンを、ルークが手を引きベッドへと引っ張り込む。



「別れの言葉も俺らの結婚式にも来なかった幼馴染の親友に愚痴の一つも言わせてくれって言ったんだよ」

「なるほどね。それは聞かなきゃいけないね」

「そうよ! それに手紙ひとつも寄越さないなんて……、立場は分かるけど、寂しいじゃない」


 久々の幼馴染の顔につい涙ぐんでしまえば、二人に頭を撫でられた。


「でも俺の奥さんへのお触りは禁止だ!」

「頭くらいいいじゃないか。ルークは相変わらず独占欲が強すぎるよ。マリカ、あの村で君に誰も言い寄らなかったのはね……」

「あーーーー!!! ネルビン黙ってろよぉ!」

「なんのこと?」



 そんな風に、笑って、泣いて、怒って、十数年振りの幼馴染の夜は更けてゆき、夜中は流石に寝室に女性はいる訳にいかないと、男二人は夜通し語り合い……、そして翌朝。



「謁見有難うございました。君主と語り合えたこと、代々誇りに思い語り継がせて頂きます」

「そうか。貴殿の領地の今後も繁栄を祈る」

「有り難う存じます。改めまして繋げて頂きました縁、そして国民の心に寄り添った国政に心より感謝申し上げます」


 ルークとネルビンの会話に、カテーシーをしていた私も深々と頭を下げ、


「王国の太陽となられました殿下の健康、心よりお祈り申し上げます」

「……うん」


 思わず漏れたようなネルビンの優しい声に、私たち夫婦は改めて頭を下げてから部屋を出て、領地に帰る馬車へと乗り込み王城を出て……いつの間にかどちらともなく堪えられない涙をこぼしていた。


 もう一度だけでも彼に、幼馴染で挨拶もせずに別れたネルビンに会いたいと、私たちは領地経営に駆け回り、成果を上げ、やっと王である彼への面会に漕ぎ着け、事情とその努力を知っていた執事長の手引きにより、昨日という夜を得た。


 傲慢かもしれないけど、彼も同じ思いだったらいいなと思い辿り着いた昨夜の時間は何よりも大きな成果。


 それでも……、それはきっともう会えない幼馴染、そして親友との……最後の時間。


 私たちの縁を繋ぎ……まずは手の届く村を幸せに、そして今や数えきれないくらいの人々を幸せにした、そんな小さな村に隠れていた王子様のお話は、これ以上は人伝に聞くことしか出来ないと、私たちは嘆くことも出来ずに、互いの手を握って誰よりも彼の幸せを願うのだった。


 あの村で噂話で悪戯っぽく笑う、あのそばかすの彼の幸せを。






こちらは氷雨そらさんとキムラましゅろうさん企画の『シークレットベビー企画』に参加作品です!

初めての皆様との企画もの。ドキドキワクワクヒイコラさせて楽しく書かせて頂きました!

素敵な企画ありがとうございました!

参加させて頂けたこと嬉しかったです!!


そしてこの作品が、誰か一人の心にでも何か残れば幸いです^_^

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誰がシークレットベビーか!?というテーマは初めて読みました! 手の込んだ設定で面白かったです! ヒロインとヒーローが幸せになってよかったです! もうひとりの彼も幸せな人生を送っていることを願います!
最後まで3人ともとっても可愛くてニヤニヤして、そして切なくなりました。ずっとネルビンのベッドの上でゴロゴロして欲しいよ…
いつの時代もにんじん色の髪の毛はいじられると決まってるんですよね!と頷いちゃいました。幼馴染で勘違いで片思い同士でってもう、シクベ疑惑以前に純粋度が高すぎて……もう胸が高鳴りっぱなしでした。 大人にな…
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