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3月21日(土):背守り鞄の日

 とある世界では今日は『子どもの背に預けるものを、数ではなく歩き方で決め直す』日。アルメリアでは『背守り鞄の日』として、鞄と背負い袋の中身と掛け場所を見直し、背で持つ物と手で持つ物の順を揃える。


 朝の玄関で、いちばん先に決まったのは、数だった。


「ぼく、三つ入れる」とレオンが言った。


 鞄の蓋を開け、返す本、綴りの包み、灯路番所へ持っていく札を並べる。どれも今日のうちに持って出てもいい物ばかりだ。理由もある。けれど、その三つを同じ鞄へ入れるかどうかは、まだ別の話だった。


 クリスも負けずに言う。「わたし、ふたつ。ちいさいの、ふたつ」


 ルミナが笑いながら聞く。「どうして二つ?」


「ふたつの ほうが、ちゃんとしてる」


 その答えに、アストルが吹き出した。「分かるような、分からないような」


 フィオナは止めなかった。今日は土曜日で、学舎は休み寄りだ。返す物や届ける物が少しあるだけ。だからこそ、自分で決めた数を一度やってみるのも悪くないと思った。


 けれど、歩き出してすぐ、数と背の違いははっきり出た。


 レオンの鞄は、三つ目の包みを入れたところで少しだけ後ろへ引いた。肩紐の穴は、冬の厚着に合わせたままだ。今日は戸布の外も昨日よりやわらかく、肩の位置が少し違う。鞄の底が歩くたびに膝裏へ近づき、手が勝手に後ろへ回る。


 クリスの背負い袋は、二つ入れたせいで片側だけふくらみ、紐の根元が首へ寄った。本人は気にしていない顔で歩くけれど、石畳の継ぎ目を越えるたび、袋の角が背中でこつんと鳴る。


 帰ってきたとき、玄関には、朝より静かな疲れが落ちていた。


「数は合ってたんだけどね」とルミナが言った。


「うん。背が合ってなかった」とフィオナは答えた。


 レオンは鞄を下ろし、素直に頷いた。「三つとも要るものではあった。でも、背で持つ順じゃなかった。着いたらすぐ出す物まで、背に押し込んだ感じ」


 クリスも自分の袋を撫でる。「わたしの、かたっぽ ぐいってした」


 グレゴールが眼鏡を上げた。「数は目に見える。だが背は、歩いてから文句を言う」


 その一言で、今夜の仕事が決まった。


 食卓の上へ、朝の鞄と袋が並べられた。レオンの鞄。クリスの背負い袋。返す本の包み。綴りの包み。灯路番所へ持っていく札の封。ルミナは木皿を三つ出し、小さな札を書いて立てる。『せで もつ』。『てで もつ』。『もどり』。


「数じゃなくて、順番で分けるのね」とアストルが言う。


「うん」とフィオナは頷いた。「背で持つ物は、歩いてるあいだ両手を空けておきたい物だけ。手で持つ物は、着いたらすぐ渡す物。もどりは、今日はまだ出さない物」


 レオンはすぐ納得した顔をした。「ああ。返す本は背で持てる。でも、番所の札は手でいい。着いたらすぐ出すから」


「そう。順番のほうが、数より背にやさしい」


 クリスは『てで もつ』の札を指でつつく。「これ、すぐ どうぞ の ぶん」


「うん。いい言い方」とルミナが笑う。


 フィオナはまず、レオンの鞄の中身を全部出した。底板の端が少しだけ浮いている。壊れているほどではないが、厚い物を三つ重ねると、重みが一点へ寄りやすい。乾いた布で粉を払い、底板をいったん外して、角へ薄い当て布を一枚入れる。冬の終わりは革がまだ少し硬い。ほんの一枚の布で、当たりが丸くなる。


 アストルは肩紐を見た。「穴、ひとつ戻せるな」


「うん。厚着ぶんが今は余ってる」とフィオナは答える。


 金具を外し、肩紐の穴をひとつ内側へずらす。左右の長さを揃え、背当ての端を指でならす。魔法は使わない。革の癖は、指と時間で戻す。


 その横で、ルミナはクリスの背負い袋の中身を見直していた。二つ入れるのが悪いのではない。重い物とやわらかい物の並びが悪いのだ。袋の背側へ薄い布包み、外側へやわらかいもの。紐の結び目を半目だけ下げ、首ではなく肩の上へ乗るようにする。


「これなら、ぐいってしない?」クリスが聞く。


「しにくくなるわ」とルミナが言う。「袋はやさしくても、置き方が乱暴だと怒るもの」


 レオンがそれを聞いて、自分の鞄を見た。「ぼくのも、鞄が怒ってたのか」


「少しね」とアストルが言う。「でも怒り方は、かなり親切だったぞ」


 食卓に、小さな笑いがひとつ回った。


 最後に、掛け場所を変える。


 フィオナは玄関の釘を見比べた。今までの高さは、冬の厚い上着のまま決めた位置だ。今日はレオンの鞄をひとつ低い釘へ、クリスの背負い袋をそのさらに横の低い釘へ移した。手で持つ包みは、戸口脇の小棚へ。もどりの札は、その上に重ねる。


 レオンは自分で掛けてみて、すぐ分かった顔をした。「これなら、持ち上げる前に肩へ近い」


 クリスも袋を掛けて、目を丸くした。「わたしの、じぶんで とれる」


「そこが大事」とフィオナは言った。「自分で取れて、自分で戻せる高さにする」


 レオンは少し考えてから訊く。「じゃあ、数はどう決めるの?」


 フィオナは白い小札を二枚切った。レオンの鞄には『あついの ひとつ+うすいの ひとつ』。クリスの背負い袋には『やわらかいの ふたつまで』。数字だけではなく、厚みと質を一緒に書く。


「これなら、数だけで決めなくていい」とレオンが言った。


「うん。背は、重さより先に形を覚えるから」


 クリスは自分の札を読んでもらって、満足そうに頷いた。「やわらかいの、ふたつ」


「かたいのは?」とアストルが聞く。


 クリスはすぐ答えた。「てで もつ」


 それで、家族みんなが笑った。


 返す本は『せで もつ』へ。番所の札は『てで もつ』へ。昨日の『ひる』と『くれ』は『もどり』へ。物がそれぞれ戻る皿へ入っていくたび、朝の玄関で少しだけぶつかっていた気持ちまで、静かな置き場をもらっていく。


 レオンは掛け直した鞄の肩紐を一度だけ引き、納得したように言った。「ぼく、朝に数を決めたかったんじゃなくて、自分で決めたかったんだと思う」


 グレゴールが低く笑う。「良い違いだ。自分で決めるのは構わん。だが背の都合も仲間に入れろ」


 灯りを落とす前に、フィオナは釘の横へ小さな札をもう一枚足した。『さきに せ』。持ち上げる前に、まず背の札を見るための言葉だ。


 玄関の壁には、高さの揃った二つの掛け場所ができ、その下に手で持つ包みが並んだ。背で持つ物と手で持つ物が分かれるだけで、明日の朝の足取りまで少し軽くなる気がした。


 クリスは眠そうに袋を見上げて言う。「かばん、もう おこってない」


「うん」とルミナが答えた。「ちゃんと聞いてもらえたもの」


 外では灯路石がやわらかく光り、昼より長く夜を受け持ち始めていた。冬の終わりでも、春の始まりでもなく、そのあいだを歩く日が続いている。フィオナは掛け直した鞄と背負い袋を見て、明日は物を運ぶより、声を運ぶ番になるかもしれないと思った。


 梁の上でスノーが、揃え直した肩紐の穴と、釘の高さ、その下の戻り札を見下ろして嘴を鳴らした。「背に預けるもんは、数で決めるな。歩いたあとで文句を言わない並びにしろ――明日は声だ。荷より先に、通り道を開けておけ」


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