表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

12月31日(水):灯納めの節

 とある世界では今日は「一年の最後を締めくくり、年越し蕎麦を食べる日」だそうだ。アルメリアでは、一年間守り続けた家の灯りに感謝し、新しい年の火種を準備する<灯納め(ひおさめ)の節>である。

 大晦日の夜。灯路の町アルメリアは、しんしんと降る雪に包まれていた。

 フレイメル魔具修理店の居間では、一年で最後の大仕事が行われていた。

「おいアストル、まだ直らんのか? あと一時間で年が明けてしまうぞ」

「わかってるよ父さん! くそっ、今年の『時のおり』は頑固だなあ!」

 アストルが格闘しているのは、居間の壁に掛けられた大きな古時計だ。

 この時計はただ時間を告げるだけでなく、家中の魔具のリズムを統括する「親機」でもある。これが正しく新年を刻まないと、明日の朝、暖炉もポットも一斉に寝坊する可能性があるのだ。

 だが、長針が「12」の手前でピクリとも動かなくなってしまった。

「油が足りないんじゃないの?」

 ルミナが台所から「年越しのスープ」のいい匂いを漂わせながら顔を出す。

「いや、物理的な汚れじゃないんだ。一年分の『楽しかったこと』や『大変だったこと』の記憶が、歯車に重みとして乗っかってるんだよ。幸せな家ほど時計は遅れるっていうだろ?」

「あら、上手いこと言うじゃない。でも、遅れるのは困るわ」

 アストルが汗だくで調整する横で、フィオナはそわそわと窓の外を見ていた。

 時計の修理も心配だが、彼女にはもっと重大な心残りがあった。

(テオくん……まだ仕事かな)

 パン屋の繁忙期は年末年始だ。昨日も今日も、きっと彼は走り回っている。

 先日の「クッキー預け作戦」は成功したが、やはり直接顔を見て、今年最後の挨拶がしたい。でも、こんな時間に訪ねていくのは迷惑かもしれない。

 フィオナが窓ガラスの曇りを指で拭っていると、玄関のベルが鳴った。

 カランコロン♪

「はい! 出ます!」

 フィオナは弾かれたように玄関へ走った。

 重い木の扉を開けると、そこには雪を被ったテオが立っていた。

 手には、白い息と共に湯気を立てる紙袋を持っている。

「あ、テオくん!」

「こんばんは、フィオナちゃん。……よかった、起きてて」

 テオは寒さで鼻と耳を赤くしながら、照れくさそうに笑った。

「これ、店長から。『一年間、パンを買ってくれてありがとう』って、焼き立ての年越しパン」

「えっ、わざわざ届けてくれたの? こんな雪の中……」

「うん。……それに、僕もフィオナちゃんに会いたかったし」

 テオが小さな声で付け足した言葉に、フィオナの心臓が早鐘を打つ。

 冷たい夜風が入ってくるはずなのに、顔が熱い。

「あ、あのね! 私も……クッキー、食べてくれた?」

「うん! すごく美味しかった。休憩時間に食べて、元気出たよ」

 二人の間に、ふわふわとした沈黙が流れる。

 雪が静かに降り積もる音だけが聞こえる。

 家の中からは、アストルの「よし、動いた!」という歓声と、クリスの「お父さんがんばれー!」という声が漏れ聞こえてくる。

 そろそろ戻らなきゃ。

 でも、まだこの空気を終わらせたくない。

 二人は同時に口を開いた。

「あの!」

「その!」

 目が合って、二人して吹き出す。

「フィオナちゃん、先にどうぞ」

「ううん、テオくんから」

 テオは一度深呼吸をして、真剣な眼差しでフィオナを見た。

「フィオナちゃん。今年は、いろいろありがとう。……君が店に来てくれる時間が、僕にとって一番の楽しみだった」

「……っ」

「来年も……また、仲良くしてくれる?」

 それは、フィオナがずっと探していた言葉の、何倍も嬉しい言葉だった。

 フィオナは大きく頷いた。満面の笑みで。

「うん! こちらこそ……来年も、よろしくね!」

 言葉にした瞬間、胸のつかえが取れて、温かいものが込み上げてきた。

 テオも嬉しそうに目を細める。

「うん。じゃあ、良いお年を」

「良いお年を!」

 テオが手を振って帰っていく背中を、フィオナは見えなくなるまで見送った。

 扉を閉めて振り返ると、居間の時計がボーン、ボーンと時を告げ始めたところだった。

 修理は間に合ったようだ。

「お帰りフィオナ。顔が赤いが、外はそんなに寒かったか?」

 アストルがニヤニヤしながら聞く。

「う、うるさいな! 寒かったの!」

「ふふ、パンのいい匂い。さあ、みんな座って。今年最後の食事にしましょう」

 ルミナが熱々のスープを運んでくる。

 グレゴール、アストル、ルミナ、レオン、クリス、そしてフィオナ。

 家族全員がテーブルを囲み、湯気の向こうで笑い合っている。

 いろいろあった一年だった。失敗もしたし、喧嘩もしたし、ドタバタ続きだったけれど。

 こうして笑って終われるなら、全部「よし」だ。

「では、フレイメル家の平穏と、来たる新年に」

「「「乾杯!」」」

 グラスが触れ合う音と共に、部屋の隅の止まり木で、スノーが静かに瞼を閉じた。

 外の雪はまだ止まないが、この家の中は春のように暖かい。

「人間ってのは、ただ日付が変わるだけで大騒ぎできる幸せな生き物だ。……ま、来年も付き合ってやるから、精々楽しませろよ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ