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3月3日(火): 桃灯り雛棚の日

 とある世界では今日は『小さな人形に厄を預け、春の入口を整えて迎える』日。

 アルメリアでは『桃灯り雛棚の日』として、学舎や店先に雛棚を組み、桃色の布をかけ、段ごとに人形と灯りを並べる。騒ぐ日ではなく、並びと高さを揃えて、迷いを減らす日だ。

 朝、レオンは鞄の中の桜札を指で確かめた。昨日、衛兵所でもらった薄い紙札だ。角が立っていると布を傷めるから、今朝のうちに四隅を指でならしておく。

「それ、なに」クリスが口当て布の下で聞く。

「朝会で使う札。『きょう したこと』を一行で書くんだって」

「いちぎょう」

「うん。長いと、話が伸びる」レオンは言って、鞄の口を閉めた。

 ルミナが鍋の火を落としながら言った。「雛棚は、触る前に手を拭く。粉の季節は特に。布を留める金具は、数を先に数える」

 フィオナは分校の支度をしつつ針山を棚へ戻した。「布がほつれてても、今日は引っ張らない。明日、縫い目を整える」

 梁の上でスノーが嘴を鳴らした。

「棚は上から落ちる。落ちる前に留めろ。言葉も同じだ」

 初等学舎の朝会は、床板の冷たさのせいで静かだった。先生が小さな箱を掲げる。

「きょうは一行札。『きょう すること』『きょう したこと』を一行で書いて、箱へ入れる」

 箱の横には、桃色の布が畳まれて置かれていた。雛棚にかける布だ。

 レオンは札に書いた。

『ひなだなを ととのえる』

 朝会が終わると、雛棚当番が呼ばれた。廊下の突き当たり、窓の近くに木の棚が組まれている。段は3つ。上段は灯りと一対の人形、中段は小さな器、下段は札箱。

 先生が言った。「今日は並びが大事。段が違うと迷いが増える。触る前に手を拭いて、粉を落としてから」

 当番の数人で布を広げる。桃色の布の端を、菱形の留め具で棚の角へ留める仕組みだ。留め具は4つ。端に2つ、中央に2つ。

 数えていた同級生の指が止まった。「……1つ足りない」

 留め具箱を覗いても、3つしかない。布の端が垂れ、棚板に触れそうになる。

「昨日、誰かが使ったのかな」

 小さな声なのに、視線がレオンの鞄へ寄った。

 レオンは反射で言いかけて、止めた。昨日の誤解を増やしたくなかった。

 先生が間に入る。「決めつけない。きょうは一行札の日。見たことだけ言う」

 先生は紙片を3枚配った。

「一人一枚。『見たこと』だけ書く。言い分は後」

 レオンは書いた。

『はこに 3こ しか なかった』

 同級生は書いた。

『れおんが きのう へいへいしょに いった』

 もう一人の当番は窓辺を見て書いた。

『ぬのの すそが ひっかかっている』

 先生が3枚を並べて読んだ。「箱には3つ。昨日、衛兵所へ行った。布の裾が引っかかっている」

 先生は布の裾を指さした。「引っ張らない。ほどく」

 当番の子が布を少し持ち上げると、折り返しの内側から菱形の留め具が1つ落ちた。湿りで繊維が寄り、角が噛んだまま隠れていた。

 同級生が息を吐いた。「……あった」

 レオンは言葉を短くした。

「さっき、決めつけられたって思って、早く言った。ごめん」

 同級生も頷いた。「ぼくも、決めつけた。ごめん」

 先生が言った。「ここで終わり。次は手」

 布の引っかかりは残っていた。ほつれを引っ張ると広がる。先生は言う。「今日は針を使わない。仮止めでいい」

 レオンは細い紐を取り出し、布の折り返しを大きくひと結びして留め具の陰へ寄せた。結び目を小さくしない。小さい結びは迷子になりやすい。

 留め具を留める。4隅が揃う。布が水平になると、灯りの落ち方も揃った。

 昼休み、廊下を通る子が雛棚の前で足を止める。上段の灯りは柔らかく、札箱は低い位置にある。背の低い子でも手が届く。

「きょう、みえた」

 誰かの一言で、レオンの肩がほどけた。

 放課後、先生が言った。「明日の朝会も一行札を続けよう。きょうのことを、短く終わらせる練習」

 家へ帰ると、フィオナが雛棚の話を聞いて結び目を見た。「いい仮止め。……明日、縫い目を整える。引っかかりを残すと、次の布が泣く」

 梁の上でスノーが、桜札の角と桃布の結び目を見下ろして嘴を鳴らした。

「疑いは留め具より速く落ちる。落ちたら拾うな。引っかかった場所をほどけ――言葉も布も、ほつれは引っ張るな」


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