12月30日(火):地脈の通気日
とある世界では今日は「地下を走る鉄の馬車が初めて走った日」だそうだ。アルメリアでは、町の下を流れる魔力の血管――魔脈の蓋を開け、滞った魔力を流して新年を迎える<地脈の通気日>である。
年の瀬も押し迫った30日。フレイメル家の大掃除は佳境に入っていたが、祖父のグレゴールと、その一番弟子のクリスだけは、こっそりと裏口から抜け出していた。
「いいかいクリス。家の中の埃を払うのも大事じゃが、この町の『血の巡り』を良くするのも、我々魔導師の務めなんじゃよ」
「うん! おじいちゃん、今日こそ『マンホール』のした、みせてくれる?」
「うむ。特別じゃぞ」
二人が向かったのは、店の裏手にある石畳の路地だ。
アルメリアの地下には、浅い位置に魔脈が走っており、夜になると石畳が微かに発光するのはその影響だ。
グレゴールは、地面にある古びた真鍮の蓋――直径50センチほどの円盤――の前にしゃがみ込んだ。
「よし、開けるぞ。『解錠・地底の扉』!」
グレゴールが杖で蓋を叩くと、ゴゴゴ……と低い音を立てて蓋が浮き上がった。
途端に、ヒュオオオッ! と生温かい風が吹き上がってくる。
穴の中を覗き込むと、そこには暗闇の中を流れる、青白い光の川が見えた。
「わあ……! きれい! おほしさまがながれてるみたい!」
クリスが目を輝かせる。
「そうじゃろう。これがこの町のエネルギー、魔脈じゃ。……ん? 少し流れが悪いな」
グレゴールが眉をひそめた。
本来ならサラサラと流れるはずの光の川が、ドロドロと澱み、時折詰まったように明滅している。
これでは、新年の「初灯り」がきれいに点かないかもしれない。
「ふむ、どうやら『未練の泥』が溜まっておるようじゃな」
「ミレンのドロ?」
「うむ。一年間、人々が吐き出しきれなかった溜息や、飲み込んだ言葉が、こうして澱となって地下に沈むんじゃ。これを掃除せねばならん」
グレゴールは懐から、伸縮式の「魔導デッキブラシ」を取り出した。
「クリス、わしがこのブラシで泥を掻き出すから、お前はその『元気』で新しい風を送ってくれんか?」
「げんき? どうやるの?」
「簡単じゃ。この穴に向かって、今年一番楽しかったことを叫ぶんじゃ! 子供の陽気な声は、最高の浄化剤じゃからな」
「わかった! まかせて!」
クリスは大きく息を吸い込んだ。
グレゴールがブラシを光の川に突っ込み、ゴシゴシと見えない泥を擦り始める。
「ええい、頑固な汚れじゃな。誰じゃ、こんなに愚痴を溜め込んだのは!」
そこへ、クリスの声援が飛ぶ。
「えっとね、えっとね! お兄ちゃんとつくった、ダンボールのおしろ! すごかったのー!」
クリスの声が響くと、澱んでいた光の一部がパァッと弾け、キラキラした粒子になって流れ出した。
「おお、効いておるぞ! もっとじゃ、クリス!」
「あとはねー、フィオ姉ちゃんのクッキー! こげちゃったけど、おいしかったのー!」
「ふぉっふぉ、それはフィオナには内緒じゃな! そら、もう一息!」
グレゴールがブラシを振るい、クリスが叫ぶ。
「お父さんの肩車ー! お母さんのオムレツー! スノーのふわふわのおなカー!」
その純粋無垢なエネルギーは、物理的な洗浄力となって地下道を駆け巡った。
ドロドロとしていた光の川は、次第に勢いを増し、本来の清らかな青色を取り戻していく。
ゴウウウッ! と音を立てて、魔力がスムーズに流れ始めた。
「よし、開通じゃ! これで来年も、この町は明るいぞ」
グレゴールが額の汗を拭う。
「やったー! ながれたー!」
クリスが飛び跳ねて喜ぶと、その拍子に被っていた帽子が風に飛ばされそうになったが、穴から吹き上がる清浄な風が、ふわりと帽子を空中に押し戻してくれた。
まるで、魔脈が「ありがとう」と言っているかのように。
「……ふぅ。いい仕事をしたな」
「うん! おそうじ、たのしいね!」
二人が蓋を閉め、店に戻ると、ちょうどフィオナが玄関の街灯を磨いているところだった。
「あ、お帰りなさい。……あれ? なんだか街灯の光、急に明るくなったみたい」
フィオナが不思議そうにランプを見上げる。いつもより強く、安定した光が灯っている。
「ふぉっふぉ。それは気のせい……ということにしておこうかの」
グレゴールはクリスと顔を見合わせて、悪戯っぽく笑った。
クリスも口に指を当てて「シーッ」とする。これは二人だけの秘密だ。
屋根の上で、その様子を見ていたスノーが、満足げに翼を広げた。
足元の瓦からも、心地よい魔力の振動が伝わってくる。
「見えない所が滞りなく流れてりゃ、地上のゴタゴタなんざ大抵はどうにかなる。……ま、詰まりが取れてせいせいしたな。」




