表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

12月28日(日):器の調律日

 とある世界では今日は「子供たちの成長を記録し、健康を確かめる日」だそうだ。アルメリアでは、一年の終わりに自身の魔力回路と肉体の調子を整え、来るべき新年に備える<器の調律日>である。

 年末の大掃除と並行して、フレイメル家では朝から妙な音が響いていた。

『ポーン、ポーン、ピロリロリン♪』

「はい、クリスは異常なし。身長がまた伸びたわね」

「やったー! お兄ちゃん、あとどれくらいで抜かせる?」

「百年早いっての。次はオレの番だ!」

 居間の長椅子には、ルミナが白衣(現役時代のもの)を羽織って座り、その横には巨大な古時計のような機械が鎮座している。

 これは祖父のグレゴールが開発した『全自動・魔導聴診器』だ。対象者が前に立つと、体調や魔力の詰まりを音と光で診断してくれる優れものだが、グレゴール製らしく「余計な機能」がついているのが玉に瑕だ。

「よし、レオン。……ふむ、筋肉量は増えているが、野菜不足のサインが出ているぞ」

 機械が『ブブーッ』と低い音を出し、腹部のあたりを赤く照らす。

「げっ、バレた! 昨日の夕飯、人参残したの誰にも見てないはずなのに!」

「機械はお見通しよ。今日のお昼はサラダ大盛りね」

 ルミナがカルテにさらさらと書き込む。

 続いて、フィオナの番が回ってきた。

「はい、次、フィオナ」

「はーい……。別に変わったところはないと思うけど」

 フィオナが機械の前に立つ。

 昨日の「影追いかけっこ」での筋肉痛が少しあるくらいで、体調は悪くない。

 だが、センサーがフィオナの胸元あたりをスキャンした瞬間だった。

『ドクン……ドクン……』

 機械から、妙に生々しい心音が再生され始めた。

「えっ、何この音?」

 フィオナが赤面する。

 さらに機械のアームが動き、フィオナのポケット(部屋着のエプロン)のあたりを執拗に指し示す。

『警告。警告。左ポケット付近に、未消化の重圧ストレス反応あり。』

 機械的な音声が響く。

「重圧!? ストレス!?」

 アストルが心配そうに顔を出す。

「フィオナ、何か悩んでるのか? 学院の課題か?」

「ち、違うよお父さん! 何もないってば!」

『解析中……解析中……』

 機械は止まらない。

『対象物は、甘い成分と、煮え切らない感情の混合物。腐敗までのカウントダウン、残り24時間。』

「腐敗!?」

 ルミナが眉をひそめる。

「フィオナ、あなたポケットに何を入れているの?」

「な、何でもない! ただのゴミ……じゃなくて!」

 フィオナは慌ててポケットを押さえた。

 中に入っているのは、一昨日作って、昨日渡しそびれた「テオへのクッキー」だ。

 賞味期限はまだ大丈夫だが、「早く渡さなきゃ」という焦りと、「また会えなかったらどうしよう」という不安が、この高性能すぎる機械には「重圧」として検知されてしまったらしい。

「見せなさいフィオナ。カビたパンでも隠し持ってるんじゃないでしょうね」

 ルミナが母親の顔で迫る。

「違うの! これは……その……」

「お姉ちゃん、なんか甘い匂いするー!」

 クリスが無邪気に抱き着いてくる。

「もう! わかったわよ!」

 フィオナは観念して、少し潰れかけた白い小箱を取り出した。

 赤いリボンは、度重なる持ち運びで少しヨレている。

「……あら」

 ルミナが目を丸くする。アストルは「あー……」と察して天井を仰いだ。

「クッキー……です。一昨日、テオくんに渡そうと思ったんだけど、タイミングが合わなくて……」

 フィオナがうつむくと、機械の音声が『ピロリン♪』と軽快な音に変わった。

『診断完了。病名:恋の便秘。処方箋:排出プレゼントあるのみ。』

「べ、便秘って言わないでよ!」

 フィオナが機械を叩く。

「ふぉっふぉっふぉ。ワシの機械は比喩表現が豊かじゃろう?」

 グレゴールが地下室から顔を出して笑った。

 ルミナは呆れたように、でも優しく笑ってフィオナの背中を叩いた。

「ほら、機械の言う通りよ。これ以上持っていたら、本当に湿気て美味しくなくなっちゃう。今日はお店、まだ開いてる時間じゃない?」

「でも……日曜日だし、忙しいかも……」

「忙しいなら、置いてくるだけでもいいじゃない。あなたの『重荷』を下ろすのが先決よ」

 母の言葉は、元回復術士らしく的確だった。

 フィオナは箱を握りしめ、頷く。

「……うん。行ってくる」

 フィオナが玄関を飛び出していくと、機械はようやく静かになった。

 残された家族は、やれやれと顔を見合わせる。

「青春だねえ」

 アストルがにやける。

「お父さんは黙ってて。……さあ、次はアストル、あなたの番よ。最近腰が痛いって言ってたわね?」

 ルミナが冷徹な眼差しで夫を見る。

 機械が『ウィーン』と不穏な音を立ててアストルの方を向いた。

 夕方、フィオナは少しだけ軽い足取りで帰ってきた。

 手ぶらだった。

 テオには会えなかったけれど、店主のマリに「これ、贈り火の残りですけど!」と言い訳して預けることはできたらしい。

 居間の止まり木で、スノーが羽繕いをしている。

 フィオナが「ただいま」と小声で言うと、スノーは片目だけ開けて彼女を見た。

「溜め込めば腐るし、出せば軽くなる。体も気持ちも、循環させなきゃ毒になるだけだぞ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ