12月28日(日):器の調律日
とある世界では今日は「子供たちの成長を記録し、健康を確かめる日」だそうだ。アルメリアでは、一年の終わりに自身の魔力回路と肉体の調子を整え、来るべき新年に備える<器の調律日>である。
年末の大掃除と並行して、フレイメル家では朝から妙な音が響いていた。
『ポーン、ポーン、ピロリロリン♪』
「はい、クリスは異常なし。身長がまた伸びたわね」
「やったー! お兄ちゃん、あとどれくらいで抜かせる?」
「百年早いっての。次はオレの番だ!」
居間の長椅子には、ルミナが白衣(現役時代のもの)を羽織って座り、その横には巨大な古時計のような機械が鎮座している。
これは祖父のグレゴールが開発した『全自動・魔導聴診器』だ。対象者が前に立つと、体調や魔力の詰まりを音と光で診断してくれる優れものだが、グレゴール製らしく「余計な機能」がついているのが玉に瑕だ。
「よし、レオン。……ふむ、筋肉量は増えているが、野菜不足のサインが出ているぞ」
機械が『ブブーッ』と低い音を出し、腹部のあたりを赤く照らす。
「げっ、バレた! 昨日の夕飯、人参残したの誰にも見てないはずなのに!」
「機械はお見通しよ。今日のお昼はサラダ大盛りね」
ルミナがカルテにさらさらと書き込む。
続いて、フィオナの番が回ってきた。
「はい、次、フィオナ」
「はーい……。別に変わったところはないと思うけど」
フィオナが機械の前に立つ。
昨日の「影追いかけっこ」での筋肉痛が少しあるくらいで、体調は悪くない。
だが、センサーがフィオナの胸元あたりをスキャンした瞬間だった。
『ドクン……ドクン……』
機械から、妙に生々しい心音が再生され始めた。
「えっ、何この音?」
フィオナが赤面する。
さらに機械のアームが動き、フィオナのポケット(部屋着のエプロン)のあたりを執拗に指し示す。
『警告。警告。左ポケット付近に、未消化の重圧反応あり。』
機械的な音声が響く。
「重圧!? ストレス!?」
アストルが心配そうに顔を出す。
「フィオナ、何か悩んでるのか? 学院の課題か?」
「ち、違うよお父さん! 何もないってば!」
『解析中……解析中……』
機械は止まらない。
『対象物は、甘い成分と、煮え切らない感情の混合物。腐敗までのカウントダウン、残り24時間。』
「腐敗!?」
ルミナが眉をひそめる。
「フィオナ、あなたポケットに何を入れているの?」
「な、何でもない! ただのゴミ……じゃなくて!」
フィオナは慌ててポケットを押さえた。
中に入っているのは、一昨日作って、昨日渡しそびれた「テオへのクッキー」だ。
賞味期限はまだ大丈夫だが、「早く渡さなきゃ」という焦りと、「また会えなかったらどうしよう」という不安が、この高性能すぎる機械には「重圧」として検知されてしまったらしい。
「見せなさいフィオナ。カビたパンでも隠し持ってるんじゃないでしょうね」
ルミナが母親の顔で迫る。
「違うの! これは……その……」
「お姉ちゃん、なんか甘い匂いするー!」
クリスが無邪気に抱き着いてくる。
「もう! わかったわよ!」
フィオナは観念して、少し潰れかけた白い小箱を取り出した。
赤いリボンは、度重なる持ち運びで少しヨレている。
「……あら」
ルミナが目を丸くする。アストルは「あー……」と察して天井を仰いだ。
「クッキー……です。一昨日、テオくんに渡そうと思ったんだけど、タイミングが合わなくて……」
フィオナがうつむくと、機械の音声が『ピロリン♪』と軽快な音に変わった。
『診断完了。病名:恋の便秘。処方箋:排出あるのみ。』
「べ、便秘って言わないでよ!」
フィオナが機械を叩く。
「ふぉっふぉっふぉ。ワシの機械は比喩表現が豊かじゃろう?」
グレゴールが地下室から顔を出して笑った。
ルミナは呆れたように、でも優しく笑ってフィオナの背中を叩いた。
「ほら、機械の言う通りよ。これ以上持っていたら、本当に湿気て美味しくなくなっちゃう。今日はお店、まだ開いてる時間じゃない?」
「でも……日曜日だし、忙しいかも……」
「忙しいなら、置いてくるだけでもいいじゃない。あなたの『重荷』を下ろすのが先決よ」
母の言葉は、元回復術士らしく的確だった。
フィオナは箱を握りしめ、頷く。
「……うん。行ってくる」
フィオナが玄関を飛び出していくと、機械はようやく静かになった。
残された家族は、やれやれと顔を見合わせる。
「青春だねえ」
アストルがにやける。
「お父さんは黙ってて。……さあ、次はアストル、あなたの番よ。最近腰が痛いって言ってたわね?」
ルミナが冷徹な眼差しで夫を見る。
機械が『ウィーン』と不穏な音を立ててアストルの方を向いた。
夕方、フィオナは少しだけ軽い足取りで帰ってきた。
手ぶらだった。
テオには会えなかったけれど、店主のマリに「これ、贈り火の残りですけど!」と言い訳して預けることはできたらしい。
居間の止まり木で、スノーが羽繕いをしている。
フィオナが「ただいま」と小声で言うと、スノーは片目だけ開けて彼女を見た。
「溜め込めば腐るし、出せば軽くなる。体も気持ちも、循環させなきゃ毒になるだけだぞ。」




