12月26日(金):箱開けの安息日
とある世界では今日は「冬の贈り物の包みを開ける日」や「使用人や郵便配達人に贈り物を渡す日」だそうだ。アルメリアでは、前夜の祝祭の片付けをしつつ、残された箱や包み紙を整理して感謝を捧げる<箱開けの安息日>である。
昨夜の「感情増幅器騒動」から一夜明け、フレイメル家の居間は静かな朝を迎えていた。
だが、静かなのは大人たちだけだった。
「お兄ちゃん、そこ押さえてて! わたしが屋根をつけるの!」
「おー、任せろ。この『強化段ボール』、めちゃくちゃ硬いな」
居間の真ん中には、昨日のご馳走や祖父の魔具が入っていた空き箱が山積みになっている。
クリスとレオンは、その箱を組み合わせて巨大な「お城」を建設中だった。
特に、グレゴールの魔具が入っていた黒い箱は、魔力を遮断する特殊素材でできており、子供たちにとっては格好の「お姫様の部屋」素材だ。
「こらこら、二人とも。おじいちゃんの箱を散らかさないの」
アストルが暖炉の前で苦笑いをしている。彼は朝から、昨日の騒ぎで煤けた暖炉のメンテナンスをしていた。
「えー、お父さん。これ、まだ捨てちゃやだ。わたしたちの秘密基地なんだもん!」
クリスが黒い箱の中から顔を出し、ぷくっと頬を膨らませる。
その横で、フィオナは一人、静かに作業をしていた。
彼女の周りには、リボンや小さな箱が並べられている。
昨夜の騒動の最中、テオが寒空の下で配達をしていた姿が脳裏に残っていた。
(……昨日は結局、会えなかったな)
フィオナの手元には、今朝早起きして焼いたクッキーがある。昨日の残り物ではない、ちゃんと「お疲れ様」を伝えるための焼き菓子だ。
問題は、それを入れる「箱」だった。
「うーん……これだと大きすぎるし、こっちは派手すぎる……」
フィオナが悩んでいると、突然、クリスの悲鳴が上がった。
「きゃっ! 出られないの!」
「クリス!? どうした!」
見ると、クリスが入っていた「黒い箱」の蓋が、パタンと閉じてしまっていた。
レオンが慌てて開けようとするが、ビクともしない。
「フィオ姉、お父さん! 箱が開かない! なんか鍵がかかってる!」
アストルが飛んでくる。
「しまった、それは『未開封保持機能』付きの箱だ! 中身が入った状態で蓋を閉めると、配送完了までロックされる仕組みなんだ!」
「配送完了って……中身はクリスだよ!?」
フィオナが箱を叩く。「クリス、大丈夫!?」
「くらいよ~! あけてよ~!」
中からベソをかく声が聞こえる。
「アストル、壊して!」
ルミナが台所から包丁を持って駆けつけてくるが、アストルはそれを制した。
「待てルミナ、これは魔力耐性があるから、下手に攻撃すると衝撃が中で跳ね返る。クリスが危ない」
「じゃあどうするのよ!」
「正規の手順で開けるしかない。……ええと、解除コードは配送伝票に……」
アストルは箱の側面に貼られた羊皮紙のラベルを睨んだ。
そこには複雑な魔術式が書かれている。
「くそっ、おじいちゃんの字、癖が強くて読めないぞ。『右に三回、左に……』なんだこれ?」
その時、フィオナがラベルを覗き込んだ。
「お父さん、それ『左に二回』じゃない? ほら、ここが丸まってる」
「え? ……おお、本当だ。さすがフィオナ、よく気付いたな」
「いつもおじいちゃんの実験メモ解読させられてるから……」
フィオナの指摘通りにアストルが箱の留め具を回すと、カチリ、と小さな音がした。
蓋がゆっくりと持ち上がり、中から涙目のクリスが飛び出してくる。
「うわーん! お父さーん! こわかったぁ!」
アストルがクリスを受け止める。
「よしよし、怖かったな。……まったく、機能が高すぎるのも考え物だ」
一件落着かと思いきや、箱の底に小さなスペースがあることにフィオナが気付いた。
魔具を固定するための緩衝材の下に、小箱が隠れていたのだ。
「あれ? これ……」
取り出してみると、それは手のひらサイズの、シンプルな白い化粧箱だった。
「あ、それは付属品入れじゃ。忘れておった」
いつの間にか起きてきたグレゴールが欠伸をしながら言う。
「使わないなら捨てておくれ」
フィオナはその箱を手に取った。
頑丈そうで、でも手触りが優しくて、何よりサイズがクッキーを入れるのに丁度いい。
「おじいちゃん、これ貰ってもいい?」
「ん? 構わんよ。ただの空き箱じゃ」
フィオナは微笑んだ。
ただの空き箱だけれど、今の彼女には「見つけた!」と思える宝物だった。
午後。
フィオナは白い箱にクッキーを詰め、赤いリボンをかけた。
派手すぎず、地味すぎず、感謝を伝えるのに丁度いい形になった。
「行ってきます。……ちょっと、パン買いに」
「いってらっしゃーい。ついでにクリスの相手してくれてありがとな」
アストルがウィンクする。
フィオナが店を出ていくと、レオンとクリスは懲りずにまた別の箱で遊び始めた。
今度は蓋のない箱を選んで。
「こんどはここが、わたしのキッチンね!」
クリスの元気な声が戻っていた。
窓辺の特等席で、スノーが毛づくろいをしている。
その足元には、実は彼もこっそり入って寝心地を確かめた、小さな箱があった。
「箱ってのは、中身を守るためにあるんだ。お前らの大事なもんも、せいぜい壊れないように包んでおけよ。」




