1月6日(火):彩札の日
とある世界では今日は『色を選び、気持ちと役目を取り違えないように並べ直す』日。アルメリアでは『彩札の日』として、札や布の色を頼りに、家の段取りと町の合図を見分ける日。
夕餉の皿が片づき、戸布の向こうの冷えが落ち着いたころ。フィオナは机の上に、色鉛筆の箱をそっと置いた。昨日、灯路番所で「現象」「場所」「時間」の札を並べたときの、あの小さな安堵がまだ指に残っている。今日は指先を、光ではなく色に向ける。
昨日の朝、フィオナは約束どおり、ひつじ雲ベーカリーの前で、テオくんの灯路掃きに短い時間だけ手を貸した。刷毛の先に白い粉と霜がまとわりつき、木の柄は手の熱を奪うのに、窓の内側の灯りは不思議と刺さらなかった。テオくんが「助かった」と言った声は、麦の匂いの奥に沈まず残っている。フィオナはその記憶を、まだ札にできないまま、机の端にそっと置いている。
星粒ほいくえんから帰ったクリスが、床に座って紙を広げていた。赤と青と黄を、まっすぐ引いては重ね、にじむところを嬉しそうに見ている。 「わたし、にじ、つくる」 「にじは作るものじゃなくて、見つけるものよ」ルミナが言い、言い切ったあとに少し笑った。 「みつけるために、つくってる」クリスは一文で返して、また色を重ねた。
机の端に、学院からの封筒がある。三学期の短札課題。昨日は「知らせ」を握って帰ってきただけで、開ける勇気の順番が来ていなかった。フィオナは封筒を開く代わりに、先に灯り文を開いた。薄い紙に、夜でも読める控えめな光が乗っている。
差出人はセラフィナ。 『提出札の色、今期から変わる。青が提出、赤が下書き。先生が「赤は注意が強すぎて焦る人が出るから入れ替える」って言ってた。間違えると受け付けが通らない』
フィオナの胸が、きゅっと縮む。青が提出。赤が下書き。頭の中で、去年の規則が勝手に割り込んだ。赤は提出、青は控え。あの順番が、手の癖として残っている。 「青が提出……」口に出した瞬間、フィオナは自分の机の引き出しを開けた。去年の札束が、色ごとに整って眠っている。青の束は控え。赤の束は提出。整っているからこそ、間違いが大きい。
フィオナは紐をほどき、束の端を揃え直した。紙の角を合わせるだけで、心の角も少し揃う。去年の青い札の一枚に、小さく「控え」と書いた自分の字がある。自分の字は、正しい顔をして間違いを守る。
フィオナは色鉛筆を並べ、青を手前に、赤を奥に置いた。置いたはずなのに、視界の中で色が逆に見える。頭が急いで、目が追いつかない。 「未提出……」フィオナは、紙の上に書いたつもりの「提出」が、全部「控え」に滑っていく感覚を覚えた。手順を整えるための色が、手順を壊しに来る。
灯り文で返す指が強くなる。 『青が提出? 赤が下書き? それ、逆じゃない?』
返ってきた光はすぐだった。 『逆じゃない。私も最初そう思った。先生が「今期から色を入れ替える」って』 『焦る人が出るから赤を下書きにするの? 下書きこそ焦るのに』 『だから、焦る人は赤を見ないで済むように、って』 『それなら青が下書きの方が』 『フィオナ、話が飛んでる』
最後の一文が、細い針みたいに刺さった。セラフィナも焦っている。焦りが焦りを呼んで、会話の順番が崩れる。学院の廊下なら、肩をぶつけて止まれた。灯り文は、止まれないまま次が来る。
フィオナは深呼吸を一つして、昨日の番所の机を思い出した。札を三枚に裂いて、並べてから話した。あれは、言葉の通り道を作る作業だった。 「色に圧されそうなら、色を分ける」フィオナは独り言を言って、紙を三枚切った。端を布で撫で、指に引っかからないようにする。小さな工程が、心拍を落ち着かせる。
一枚目に「色」。二枚目に「用途」。三枚目に「提出先と締切」。 フィオナは灯り文を横に置き、札を机の中央に並べた。
『色:青=提出、赤=下書き。ほかの色はある?』 『用途:提出は一枚、控えは一枚、相談は一枚。色と用途は別に考える』 『提出先と締切:先生の箱、クラスの箱、学院の図書室の箱。締切は前日夜まで』
灯り文は、セラフィナの返事を待ちながら、机の上で淡く呼吸している。フィオナはその光を急かさず、まず家の壁へ札を貼った。玄関の近く、ルミナが戸口札を掛ける場所の隣。目につく場所に置けば、手が勝手に去年へ戻るのを止められる。
ルミナが近づいて、札を読む。「分けたのね」 「昨日の番所みたいにした」フィオナは言い、指で「色」の札を押さえた。「私が勝手に逆に読んでた。去年の癖で」 アストルが外套を畳みながら笑う。「癖は悪くない。癖は速い。ただ、今夜は速さが敵だ」 「敵は、私の頭」フィオナは小さく言った。 「敵に名前をつけたら、少し扱いやすくなる」アストルは言って、卓の端に短い紐を置いた。「札が落ちないように、留め具に使え」
灯り文が、やっと返ってきた。 『ほかの色は、先生が「緑は相談用」って言ってた。締切は、初日は練習だから厳しくないって。でも、色だけは間違えないで、って』 セラフィナの文面の角が、さっきより丸い。フィオナの胸の中の針も、少しだけ抜けた。
フィオナは返事を書いた。 『確認。青=提出、赤=下書き、緑=相談。用途札を別に作った。壁に貼った。これで私の手が去年に戻っても止められる』 『助かる。私も貼る。色の話になると、私も言葉が速くなる。ごめん』 『ごめんは、今夜の目的じゃない。今夜の目的は、間違えない段取りを作ること』 『うん。ありがとう』
灯り文が閉じられると、部屋の音が戻ってくる。クリスは虹を完成させて、紙を高く掲げた。 「みて。あお、きれい」 フィオナは頷いた。「青は、落ち着く色だね」 クリスは首をかしげる。「じゃあ、あお、だす?」 「今日は出さない」フィオナは笑って、青い鉛筆を箱へ戻した。「明日、七草の買い物の札を青で書く。落ち着いて動くために」
机の端に、宛名なし封筒がある。フィオナは封筒に触れず、代わりに上に白い紙を一枚置いた。白は、まだ決めない色。決めないことを、今日は決めた。
梁の上でスノーが羽をふるわせた。「色は目を助けるが、目は時々うそをつく。うそを見抜く札を、先に貼れ。次は、鍋の段取りだぞ」




