12月25日(木):冬至の贈り火の日
とある世界では今日は「赤い服の老人が子供たちに夢を配る日」や「大切な人と食卓を囲む日」だそうだ。アルメリアでは、一年で最も夜が長い時期に、家々の暖炉の火を分け合い、互いの無事を感謝する<冬至の贈り火の日>である。
今日からルミナリア王国の初等学舎も魔法学院も、一斉に冬季休暇に入った。
アルメリアの町は、朝から薄い雪化粧をまとっている。石畳の魔脈が微かに呼吸するように光り、吐く息は白い。
フレイメル魔具修理店の居間では、朝から甘い香りが充満していた。
「お母さん、ボクも混ぜるの手伝う!」
「クリスは味見係をお願いね。レオン、そっちの小麦粉を取ってくれる?」
「了解! ……っと、危ねえ。フィオ姉、足元にリボン落ちてるぞ」
「わっ、ごめん! もう、この『自動飾り付けリボン』、全然言うこと聞かないんだもん!」
台所では母のルミナが指揮を執り、鶏の香草焼きとベリーのタルトを仕込んでいる。その横で末っ子のクリスが爪先立ちでボウルを覗き込み、長男のレオンが粉袋を運ぶ。
一方、長女のフィオナは、居間の飾り付けと格闘していた。
彼女が手にしているのは、鮮やかな赤と緑のベルベットリボンだが、それはまるで生きているかのようにうねり、フィオナの手首に巻き付いては離れない。
「お父さーん! これ、また絡まったあ!」
「はいはい、貸してごらん。……まったく、グレゴール父さんも妙な景品をもらってくるもんだ」
父のアストルが苦笑しながら、フィオナの手首からリボンを解く。
このリボンは、祖父のグレゴールが商店街の福引で当ててきた「自立型装飾リボン」らしいのだが、どうやら「直立したい」という自意識が強すぎるらしく、油断すると部屋の隅で直立不動になっていたり、人の腕に巻き付いて「装飾」しようとしたりする。
「よし、これでいい。……おっと、そうだ。今日はもう一つ、父さんが開発した『とっておき』があるんだった」
アストルが修理用の作業エプロンで手を拭きながら、地下室への扉を開けた。
そこから、煤けた白衣を着た祖父のグレゴールが、何やらガラスの球体を抱えて上がってくる。
「ふぉっふぉっふぉ。待たせたな。今年の『贈り火』は、これで決まりじゃ」
「おじいちゃん、それなあに?」
クリスが駆け寄る。
「これはな、『共鳴式・暖炉の灯増幅器』じゃよ。暖炉の火だけだと部屋の隅が暗いじゃろう? こいつは住人の『楽しい感情』を魔力に変換して、部屋全体を暖かい光で満たすんじゃ」
グレゴールが得意げにそのガラス球を暖炉の前のテーブルに置いた。
球体の中には、複雑な真鍮の歯車と、小さな赤い魔石が組み込まれている。
「感情を光に? 父さん、またそんな不安定なものを……」
「まあまあアストル。今日は特別な日だ。明るいのはいいことじゃないか」
ルミナが料理の手を止めて微笑むと、グレゴールは「ほれ見たことか」とスイッチを入れた。
ブゥン、と低い音がして、ガラス球が輝きだす。
最初は、穏やかなオレンジ色の光だった。
暖炉の炎と共鳴し、部屋全体が夕焼けのような優しい色に染まる。
「わあ……きれい!」
フィオナが目を輝かせた。
「すげえ! 隅っこの埃まで見えそうだ!」
「レオン、そこは掃除しなさい」
ルミナがすかさず突っ込む。
ここまでは、良かった。
異変が起きたのは、全員が食卓につき、「贈り火」の乾杯をした直後だった。
「では、今年も家族全員が怪我なく冬を迎えられたことに」
「「「かんぱーい!」」」
グラスを合わせた瞬間、ガラス球がカッと強く輝いた。
住人の「喜び」に反応したのだ。部屋が真昼のように明るくなる。
「おお、反応が良いのう!」
「ちょっと、明るすぎないか? チキンが白飛びして見えないぞ」
アストルが目を細める。
その時、フィオナがふと、窓の外を見た。
雪道を、パン屋の配達馬車が通っていくのが見えたのだ。御者台には、見習いのテオの姿がある。
(あ、テオくん……こんな時間まで配達なんだ。寒いだろうな。今度、手袋でも……)
瞬間。
ボワッ!
部屋中の光が、ロマンチックな「桃色」に変わった。
「うわっ!? なんだ、部屋がピンクになったぞ!?」
レオンが叫ぶ。
「えっ、えっ!?」
フィオナが慌てて赤面すると、その「焦り」に反応して、光は点滅する「黄色」に変わる。
「ち、違うの! 今のは違くて!」
「フィオ姉、何考えたんだよ? なんか甘ったるい色だったぞ~」
「う、うるさいっ!」
フィオナの羞恥心が爆発すると、光はボンッと音を立てて真っ赤になった。
そこへ、料理の焦げる匂いが漂ってくる。
「あら、いけない! グラタンのチーズが!」
ルミナが「焦り」と「殺気」を放ちながらオーブンへ走る。
すると光は、禍々しい「紫」と鋭い「白」のストロボ発光を始めた。
チカチカチカチカッ!
「目が! 目がチカチカする!」
「お母さん、怖い色ー!」
「ええい、感情が混線しておる! 落ち着け、皆落ち着くのじゃ!」
「父さんが持ってきたんだろ! どうやって止めるんだこれ!」
アストルがガラス球に手を伸ばすが、興奮した感情を吸って球体は熱くなっている。
部屋はディスコのような極彩色の点滅に包まれ、せっかくの食卓はカオスと化した。
スノーが止まり木から飛び立ち、呆れたように天井梁へと避難する。
「ダメだ、スイッチが熱くて触れない!」
「アストル、どうにかして! せっかくの料理が不味そうに見えるわ!(青色発光中)」
「わかった、物理でいく!」
アストルは修理師の道具袋から、分厚い革手袋と、遮光用の黒い布を取り出した。
だが、ただ被せるだけでは熱がこもって暴走するかもしれない。
「フィオナ、レオン! 『楽しいこと』だけ考えて出力を安定させろ! その隙に俺が回路を切断する!」
「楽しいこと!? えっと、えっと……」
「明日の朝寝坊!」
レオンが叫ぶと、光が一瞬、怠惰な「灰色」になった。
「色が汚い!」
「じゃあ、えっと……プレゼント!」
クリスが叫ぶ。光は純粋な「金色」に輝く。
「それだクリス! フィオナ、お前も邪念を捨てろ!」
「じゃ、邪念って何よお父さん!」
フィオナは深呼吸した。
ピンク色の思考を一瞬脇に置き、目の前の家族と、温かい料理のことを思う。
(……やっぱり、みんなでご飯を食べるのが、一番かな)
フィオナの心が凪ぐと、光は穏やかな「クリーム色」に落ち着いた。
「今だ!」
アストルが革手袋の手でガラス球を掴み、裏蓋を素早く外して、魔石の接続端子を引き抜いた。
フン、と音がして、光が消える。
部屋には再び、暖炉の赤い炎と、外の雪明かりだけが残った。
「……ふぅ。静かになった」
アストルが額の汗を拭う。
「まったく、人騒がせな魔具だこと。……でも、おかげで目が覚めたわ」
ルミナがグラタン皿をテーブルに置く。少し焦げ目がついたが、美味しそうだ。
「ごめんね、僕が変なこと考えたから」
レオンが頭をかくと、フィオナも小さく手を挙げた。
「私も。……ごめん」
グレゴールが申し訳なさそうにガラス球を回収する。
「すまんのう。やはり『感情』なんぞという不確定なものを動力にするのは、早すぎたか」
薄暗くなった部屋で、家族は顔を見合わせた。
魔具の光は消えたけれど、暖炉の火だけで、互いの顔は十分に赤く照らされている。
「いいんじゃない? これくらいの明るさの方が」
フィオナが呟く。
「料理も美味しそうに見えるしね」
「それに、ボロが出なくていい」
アストルが笑って、グラスを持ち直した。
「じゃあ、仕切り直しだ。……メリー・冬至!」
「「「メリー・冬至!」」」
カチャン、とグラスが鳴る。
梁の上から、白い鷹がその様子を見下ろしていた。
クリスが「スノーもおいで」と手招きをする。
スノーはふんと鼻を鳴らすと、音もなく舞い降りて、アストルの肩に止まった。その鋭い爪は、痛くないようにきちんと加減されている。
「光なんぞに頼らなくても、お前らは十分うるさいくらいに暖かいんだよ。まあ、悪くない夜だがな。」




