1.嫁いで参りました、旦那様の選択は?
9/18 誤字修正。誤字報告ありがとうございます。
言い回しは敢えてなのですみません。
隣接する領地同士、特産品もほぼ同じ、という土地柄で私と旦那様は産まれました。
親同士が仲が良く、というよりは旦那様のご両親は貴族には珍しく清廉なお人柄でした。
対して私の父は良くも悪くも貴族らしい性格に商人の手腕が備わっている、と申しましょうか。
根回しをして相手の領地をじわじわ吸収するよりも、政略結婚で共同経営をする方を選びました。
貴族であれば政略結婚はよくあるお話です。
例え彼が貴族らしからぬ感性で政略結婚を厭うたとしても、です。
「申し訳ないが、今は君を妻とは思えないのだ…」
「あらまあ。正直な方ですこと」
初夜を迎える部屋で旦那様は口では申し訳ない、と言ってもその目にははっきりと書いてありました。
『政略結婚の妻など願い下げだ』と。
嫁いだ日に紹介された専属侍女は不満を隠そうともしない態度でしたので、
旦那様を筆頭にこの結婚に納得していない派閥があるのだと理解いたしました。
執事のダニエルと侍女長のドーラは貴族らしさを知っているようで、旦那様を説得していたようですが…。
説得をしても実を結ばない相手ならばさっさと見切りをつければいいものを、と思いました。
「妻とは思えない、と仰いましたわね。
では、旦那様に質問をしてもよろしいかしら」
「なんだ」
面倒そうに言う旦那様を私は不思議なものを見る感覚で見詰めてしまった。
「貴族の権利だけは甘受して責務を放棄する、という宣言でよろしいですか?」
「な…っ?」
「政略結婚がご不満なのでしょう?では政略結婚をしなくてもいい御身分を選択すればよろしかったではないですか。幸いにもこちらの伯爵家には弟君がいらっしゃいます。
私は別に結婚相手が弟のサイラス様でも構いませんでしたわ。私は貴族の権利を受け取った上で、責務を果たす心構えはできているつもりでおりますもの」
貴方と違ってね、という言外に含んだ意味を正確に受け取ったらしい旦那様は顔を強張らせて黙り込んだ。
「それと、我が父のセブラン・ダービー伯爵の性格をお分かりではないようですので忠告いたしますわ。
もしも私が冷遇されていると知れば、父は共同事業として進めている全ての事業を独占するでしょう」
「何だと?」
「当然でございましょう?父は商会を立ち上げておりますが根は貴族ですもの。
貴族の傲慢さと商人の嗅覚でより利益が大きくなる選択をいたしますわ。
政略結婚を進めたのは父なりに貴方のお父様、セオドア・リライアス様を大事に思っているからです」
でも、父と貴方は何の接点もございませんもの。と続ければ苦い顔で旦那様は黙り込んだ。
父は貴族ですが、利益を生み出すことが何よりも好きで商人が貴族に生まれてきた、と揶揄されておりました。
蔑むような視線を隠しもしない方々の中には旦那様も含まれておりました。
セオドア様の実直さは旦那様には受け継がれなかったようですわ。
セオドア様は父の商才を純粋に褒めてくださいましたので、私もセオドア様は大好きですわ。
弟のサイラス様も貴族の血だけで稼ぐことができなくなると常々仰っておりまして、父に事業の教えを乞うております。
ただし内情を決して明かさない抜け目のなさを父は大層気に入っているようですが。
「そんな、そんなの契約違反ではないか!」
「先に旦那様が契約を反故にしようとしておいて、何を仰ってますの?
ご自分は政略結婚を受け入れない、私を妻と遇するつもりもない、けれど共同事業の利益だけは寄越せ、と仰るのかしら?」
そこまで考えが及んでいなかったらしい彼は、貴族らしからぬ誠実さと浅慮さを露呈した。
庶民であれば美徳である誠実さは、貴族社会の求める誠実とは異なるのかもしれない、とは考えなかったようですね。
「恐らく2週間後に父がここに突然訪ねてくるでしょう。
その時私が実家に帰ることを望めば、父は必ずその願いを叶えてくれますわ。
ええ、娘可愛さではなく、婚家で蔑ろにされた娘が哀れだと、政略結婚という契約の意味も分からぬ者が投資家達との約束を守れるのか疑問しかない、と共同事業の投資家達への挨拶回りの際に呟くだけでよいのですもの」
「だが、それではリライアス家は…」
「旦那様に選択肢は3つございます。
1つ、私の言ったことを全て嘘と見做して共同事業の経営から締め出される道。
その場合私は白い結婚を主張して実家に帰らせていただきます。リライアス家が存続するためには、弟のサイラス様が後継になれば恐らく父も矛を収めるでしょう。
サイラス様はそれなりに兄の貴方を慕っておりますので、リライアス家で貴方の面倒を見ることを第一条件で共同事業の権利を諦めるでしょう。父もサイラス様と親しくしておりますので、利益は現在の5:5ではなく、7:3位で納められれば御の字ですわね。
2つ、私を妻と認め、この屋敷の管理を全て私に任せること。
勿論、旦那様のお仕事に口を出すことはございません。妻の役目は家政の切り盛りと社交ですもの。
領地のことはある程度理解しておく必要はありますので学びは必要ですが、旦那様のこれまでの実績からそうそう私までくる案件はないでしょう。
後継ぎを私と儲けた後であれば、弁えている愛人ならば許容いたしますわ」
領地運営に触れると強張っていた旦那様の表情が少し緩んだ。
弟君の暗躍は見事なものですわね。旦那様に悟らせないように、上手く旦那様の手柄になるようにしているのですもの。
「3つ。身分を捨てて街に降りる。
政略結婚はしなくてもよろしくなりましてよ。
お子様は望めないように処置はされるかもしれませんが、孤児院からお子様を引き取っていただければ愛する方と家族として暮らしていけますわ。
お仕事の紹介くらいなら許して貰えると思いますし、父が貴方の生活を脅かさないように説得もして差し上げましてよ」
如何なさいますか?と問いかけました。
旦那様は少し考えておりましたが、深く私に頭を下げました。
答えは、出たようですわね。