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A型男を落とす方法♡

雨上がりの下北沢。

湿った風がチルスペースの看板を揺らし、相談所の空気は静かな緊張が満ちていた。


そして、その扉が静かに開かれた。


「こんにちは、予約していた泉です。」


「お待ちしておりました。」


小夜が微笑み、奥へと案内する。

ソファに腰かけた彼女は、眼鏡の奥の視線を伏せたまま、お互いの自己紹介を終え、しばらく黙っていた。


さゆりはあえて言葉を挟まない。

やがて、泉は話し始めた。


「私、好きな人がいるんです。同じ会社の方で、田島さんっていうんですけど...。」


彼女の顔は真っ赤になる。


「優しくて、まじめで、仕事ができる方なんですね。でも...たぶん、私は同僚のひとりとしか思ってなくて...。」


「なるほど。恋したきっかけを教えて貰えますか?」


小夜が穏やかに尋ねると、泉はうつむきながら答える。


「一緒のプロジェクトで、田島さんと話す時間があったんです。 それがすごく楽しくて、ときめきました。 でも、それ以降はまた普通に戻っちゃって。 なんていうか…わかってるんです。私が恋愛対象じゃないって...。」


さゆりが静かに口を開いた。


「彼の血液型、わかりますか?」


「ええ、A型です。」


「なるほどです。」


さゆりはそのままメモを取ることもせず、まっすぐに泉を見つめた。


「まずは泉さんが、彼のどのポジションにいるかを正確に知る必要がありますね。」


泉は、ぎゅっと手のひらを握った。


「彼の中で私は、ただの同僚だと思います。」


さゆりは、わずかに身をのりだす。


「そうですか。それではアドバイスを始めます。覚悟はいいですか?」


「は、はい。」


「まず第1ミッション。まずは田島さんの生活習慣の中に泉さんが入り込むことが大事ですね。まずは彼の性質から説明しますね。A型は、人間関係をルールと信頼で考える生き物なんです。そして、勝ち負けにこだわる一面もあるます。誰かに負けるのが嫌だから、感情を見せずに我慢していることも多いんです。」


泉の目が、かすかに揺れた。


「 勝ち負け、ですか?」


「だからこそ、泉さんも彼を支えながらも負けない心を持 つことが大切なんです。」


カップに注がれた紅茶の湯気が、ゆらゆらと形を変えている。

泉は姿勢を崩さず、自分の存在が店内の空気を乱さぬよう気を配っているようだ。


「あと気をつけることは、A型は感情より信用が先にくる生き物です。」


さゆりの声が、泉の張り詰めた緊張を少しずつ解いていく。


「信用ですか?」


「ええ。この人となら安心していられるって思わせるってことです。。 A型は無意識に人を減点方式で見てます。 つまり、最初は誰に対してもそれなりに優しいんですが、ミスや違和感があると、静かに距離を取るんですよね。」


泉は小さくうなずいた。


「そうかも。たしかに、仕事中は普通に話してくれます。 でも、私が飲み会でちょっとテンション高くなったときとか… 急に引いたみたいな空気になってたかもです。私が空気読めない行動してたのもあるかもですが。」


「それは関係ないですね。だって泉さんとは恋愛も始まってないんですから。」


泉は肩を落としかけたが、さゆりはすぐに言葉を重ねた。


「あくまでも今は同僚として接っしてください。A型は一度、信頼回路に入った相手には、とても誠実になります。同僚として必要なのは目立つことではありません。 彼の役に立つ人になることなんです。」


「役に立つ?」


「田島さんの中で、君がいると、仕事がスムーズにいくという感覚を作ってください。さりげなく彼をサポートする。 それが信用の積み重ねです。彼が疲れてるときは、お疲れさまですの一言を忘れないでください、でも深入りはしないことです。 絶対に、彼に私情を持ち込まないことが大事ですよ。」


泉の目が少しずつ変わり始めていた。


「それなら、できるかもしれません。」


「恋愛じゃないスタートでいいんです。泉さんが 田島さんの習慣の一部になるべく入り込むことに邁進してください。」


「今の段階で、私にできることは彼にとって当たり前に隣にいる人になるってことですか?」


「そうです。今はそれが大事です!」


さゆりの表情は、穏やかで確信に満ちていた。


「その次、第2弾です。それは、彼の中の日常に入り込むことです。 それには、ひとつ、とても効果的な方法があります。」


泉が目を上げた。


「それはLINEです。毎日、同じ時間にメッセージを送り続けるんです。 内容はなんでも。お疲れ様ですでも、今日も雨ですねでもいいです。 彼がそのLINEに対して既読スルーでも、未読でも、返事がなくても構いません。」


「メンタルきつそう...。迷惑になりそうだし。」


「いいえ。A型は同じ時間に届くものに安心を感じます。 それが数週間続つづき、そのLINEが来ないと落ち着かないようになってくるはず。 気づかないうちに、それが彼にとっての習慣化の一部になります。そうですね。1ヶ月は続けてくださいね。」


泉は思わず口を手で覆った。


「1ヶ月?」


「そうです。 そしてちょうどそのタイミングで、頃合いを見てLINEを送るのをやめてください。」


「やめる?」


「A型は習慣化する生き物と言いましたね。もう田島さんの中でその時間に泉さんからLINEが来るルーティンになってしまってるんです。いざ、LINEが来なくなると気持ち悪くて仕方なくなるんです。」


「A型はなんで今日はLINE来ないの?と頭の中で泉さんを探し始めます。。 その瞬間、泉さんは田島さんに意識される存在になったってことになります。」


「恋愛は意識した時点から始まる。これは恋愛的に常識ですね。」


その言葉に泉は初めて小さく笑った。


扉の向こうで雲の切れ間から日差しがこぼれていた。

小夜は静かにカップを下げながら、泉の表情をそっと見つめた。


「少しだけ、顔が明るくなりましたね〜。」


「そう見えますか?」


「はい。誰かを好きでいるって、苦しいけど、悪いことじゃありません。素敵なことですよね。」


鈴が手元のノートにメモを取りながら頷いた。


「要するに、人の心は理屈じゃ動かない、か。色んな要素の積み重ねによって動いてくれるんですね〜。」


泉はその言葉を胸に刻むように深く呼吸をした。

さゆりは最後に一言だけ、落ち着いた声で付け加えた。


「さあ、ここからが本番です。次に会った時の彼の反応、よく観察してください。応援してます!」


―――


「今日もお疲れ様です。」


その短いメッセージを泉はLINEで送信した。

午後8時ちょうど。

会社を出て最寄駅のベンチに腰かけてからのルーティン。


最初の数日は返事はなかった。

既読すらつかない日もあった。


けれど泉は送るのをやめなかった。


「こんばんは。急に寒くなりましたね。風邪ひかないようにきをつけてくださいね。」

「田島さん、今日の会議お疲れ様でした。」

「今週も金曜日ですね。あと少しの辛抱、共に頑張りましょう!」


言葉は他愛ない。

でも泉は毎晩スマホを開き、時間を合わせてその言葉を丁寧に打ち込んだ。


10日目、既読が少し早くついた。


15日目、返事はなかったが「了解です」のスタンプが届いた。


―――


泉はさゆりにそのことを報告した。


「少しずつ、泉さんのLINEが、田島さんの日常に染み込んでいってますね。それは、生活の一部。呼吸のようなものなんです。」


―――


そして1ヶ月。

LINEを止める日。


泉はさおりの言う通りにLINEを送らなかった。

そのまま、スマホをバッグにしまった。


そして次の日も。 その次の日も。

何も送らなかった。


4日目の夜。

泉のスマホが震えた。


『最近LINEないね。体調とか大丈夫?』


差出人は田島だった。

泉は画面を見つめたまま、何も返さず、そっと笑った。

愛のかけひきは、確実に彼の心を揺らし始めていた。


その夜、泉は駅のホームで足を止めた。

ふふ。気にされることなんて、ないと思ってたのに。

ほんの一言のメッセージが、これほど、私の心を動かすなんて。


泉は、まだ返事を送らなかった。

そのまま画面を閉じずに、つぶやいた。


「耐えなきゃ。自分に負けちゃダメ。」


ホームに電車が滑り込む音が、雨上がりの空に溶けていった。


―――



「泉さん、良かったら、今度…ご飯でも行く?」


と、田島。

泉は驚きを隠せなかったが、少しだけ首をかしげるように微笑んだ。


「いいですね。行きたいです。」


さゆりから次のステップのアドバイスはすでに届いていた。


『ここが分岐点です。この食事は、ただの同僚から、特別な関係へ移行する大チャンスです。』


その夜、泉はネイビーのワンピースに軽めのジャケットを羽織り、待ち合わせの店へ向かった。


静かで清潔感のある和食ダイニング。

田島は既に店の入口で待っていた。


「外食なんて久々だよ。」


彼は少し照れながら言った。


食事の最中、泉は彼のペースに合わせて言葉を選び、話を広げすぎないように心がけた。


「田島さんって、ほんとに細かいところまで気がつきますよね。」


「いえいえ、そんな…ただ気になるだけだよ。」


「でも、そのただが、皆にとってすごく助かってるんですよ。」


彼は驚いたように目を上げた。


「たとえば、会議室の椅子が揃ってるとか、資料が取りやすく置かれてるとか。ああいう細かい配慮って、田島さんが気づいてやってくれてるの、私はずっと見てました。」


泉は微笑んだ。


「縁の下の力持ちって言葉、まさに田島さんのための言葉だなって思ってたんです。 皆があんなに働きやすいのって、田島さんの目に見えない頑張りのおかげなんだなぁって、ずっと思ってました。いつも、本当にありがとうございます。」


田島は数秒黙った。

やがて小さく笑った。


「照れるなぁ。そんなふうに言われたの...初めてです(笑)」


食事が終わり、会計になると彼は財布を取り出した。

泉も一緒にそく財布を取り出す。


「私も払います。」


「いや、誘ったの俺だから。払わせて。」


「いいんですか!嬉しい!ご馳走様です!」


そして店の前。

夜風がほんのり冷たかった。


「今日は、ほんっとに、ありがとうございました。」


泉は、ありったけの笑顔で言った。


「本当にめちゃめちゃ楽しかったです! また、誘ってくださいね!」


田島は、一瞬、言葉を失ったように彼女を愛おしく見つめた。

そして小さく頷いた。


「ああ、もちろん!またいこう!」


その目の奥に小さな火が灯った。


―――


その夜、田島は泉の送ったお礼のLINEに、 わずか数分で返してきた。

返事の早さに、泉の胸がきゅっと鳴った。


それはただの返信ではなかった。 無数の返ってこなかった日々の先にようやく届いた、彼の能動的な気持ちだった。


スマホの画面を見つめながら、泉は空を見上げた。

夜風が髪を揺らす。

このまま、ゆっくりでもいい。


でも、ちゃんと彼の心の中に、私はいる。

そう思えたことが、今の泉には何よりの自信につながった。


―――


翌日、泉はいつものようにチルスペースを訪れた。

さゆりは静かにお茶を差し出しながら言った。


「泉さんの駆け引きの進み方は、とても丁寧で正確です。そして第3弾にはいります。最も大切なことを今からお伝えします。」


泉がゆっくりと顔を上げる。


「はい!」


「もし、彼に誘われたとしても、すぐに身体を許してはいけません。」


泉の表情が、わずかにこわばった。


「A型の男性は、誠実に見えても、無意識に行動で人を判断します。すぐに関係を持ってしまえば、『この人はすぐに誰でも許す子なんだな』と、知らずに軽く見られてしまうんです。そして、このことは後に大きな溝になってしまいます。」


泉は静かにうなずいた。


「なので、たとえ誘われても『ちゃんと付き合ってからじゃないと無理です』と、お茶目に言ってみてください。 強くはダメです。あくまで、可愛く、でも揺るがずにです。」


「はい、わかりました!」


さゆりは一呼吸置いてから、さらに続けた。


「もう一つ、A型の夜の行為についてですが、愛してる人に対してはすごく下手なんです。」


「え…?」


「そうなりますよね。理由は簡単です。 愛しているから、大切にしたいから、自分のエッチができなくなる。 ぎこちなくなって、結果として物足りないと感じます。」


「でもそれは…。」


「それは“愛されている証拠です。 反対に、もし田島さんとの行為がやけに情熱的で、満足感ばかりが強かったら… それは、泉さんが本命じゃない可能性が高いですね。」


泉の瞳がゆっくりと揺れた。


「じゃあ、どっちにしても私が判断しないといけないんですね。」


「いえ、その二択しかありませんので。判断するまでもあひませんね。 でも、忘れないでください。 愛されてるとき、女性の身体は自然と、それを受け止めていくものです。 テクニックじゃない。心と心が触れる瞬間こそが、いちばん深い場所なんですから。」


その言葉が泉の中に静かに沈んでいった。

そして彼女は、小さく、でも確かな声でつぶやいた。


「大切にされたいです。ちゃんと、大事にされたい!」


さゆりは、にっこりと笑った。


「その気持ちがある限り、泉さんは間違えませんよ。」


泉はそっと手を握りしめた。

胸の奥に、静かに灯る決意。


焦らなくていい。大事にされる恋がしたい。

それを信じて、前に進もう。


―――


その夜、

泉のLINEには、田島からの新しいメッセージが届いていた。


『明日、ご飯行きませんか?』


画面を見つめながら、泉は深く頷いた。


―――


金曜日の夜。

泉は田島と何度目かの食事に出かけていた。


会話はゆったりと進んでいく。

笑い合って、時に沈黙も心地よい。

彼は今日も、「好き」や「愛してる」とは言わなかった。


泉は少しだけ寂しさを感じた。

しかし、すぐにさゆりの言葉がよみがえった。


『安心してください。A型は、その言葉の重さを知ってるんです。 なので軽々しく、その言葉を使いません。常に一緒にいる。行動で示す。それが彼らの愛情表現なんです。A型は興味無い人と常に一緒にいたりは絶対にありえませんから。』


その時だった。

田島がつぶやいた。


「会えてよかった、今日も。」


泉は彼の顔を見た。

これは、彼にとっての『好き』なんだ。

泉は小さく笑ってうなずいた。


そしてテーブルの下でそっと彼の膝に指先を添えるように触れた。

さらに帰り道ではエスカレーターで彼の肩に自然と寄りかかる。


田島が一瞬驚いたように彼女を見つめた。

言葉はなかったが、目の奥にあるものが変わっていた。


泉のさりげない距離の縮め方、ボディランゲージが、彼の中に沈黙の告白を生んでいた。


さゆりの言葉が、泉の中で確信に変わっていく。


『男には、言わせる女でなければならなりません。 押しつけず、態度で気づかせて、相手から愛の言葉をいいやすくして、引き出すんです。 そうすれば、彼らの本当の想いを口にしてくれるでしょう。』


食事の帰り道。

駅の前で立ち止まり、泉は振り返って言った。


「今日も本当に楽しかったです!」


その笑顔は、心からのものだった。

田島は少し目を伏せて、それからまっすぐ彼女を見た。


「次はいつ会える?」


「いつでも会いたいです。」


泉は一歩、彼のそばに寄った。


―――


翌日、チルスペースに顔を出した泉を見て小夜が言った。


「目が幸せになってますね〜」


「え?出てます?」


さゆりは何も言わなかった。

ただ優しくうなずいた。


仁が笑いながらつぶやいた。


「言葉にしない恋も、あるってことか〜。」


鈴が続ける。


「でも、伝わる恋でしたね。」


さゆりは静かに言った。


「伝わらない言葉より、響く沈黙の方が深いときもあるよね。 それを聞き取ってくれる人が、本当に大切にしてくれる人なのかもね。」


チルスヘースにより彼女の恋は、確かに始まり、そして、しずかに実を結んでいた。


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