【第七話:左手の意味】
表記ミスだけなおしました。本筋変わりません。お騒がせしました。
沈もうとする太陽が、少しづつ影で塗りつぶしていく。
二人の顔にも半ばまで影を落とした。
時間はいまの二人に味方しない。暗闇では、獣の視力にはきっとかなわない。
前衛のユア。隙のない姿勢は、守ろうとする意志でしっかりと体幹を保つ。
道まで音もなく進んでくる黒い獣を、瞬きもせずににらみつける。
後衛のアミュア。すでに魔力を練り始め、チリチリと静かに白銀の輝きを纏っている。
二人の間には、会話も指示もない。
まるで長年戦場を共にした戦士達のように、視線や体の動き一つでつながっている。
実際にはそれほど共闘してきたわけではなく、互いが互いを理解しようとしている。
この一点が強み。
それはまだ二人自身には自覚のない、得難い絆であった。
強敵と戦う緊張は、二人を一段高めたのだった。
キュンッ
弾けるように土をけり、弧を描き前進するユア。
その異能はすでに全身にまとう赤い光として現れている。
黒炎の獣を正面にとらえたまま左に回る。
獣の視線がユアを追いつつ前に出ようとする。
シュゴゴゴゴォーーーー!
狙いすまして、獣の意識がそれた瞬間アミュアのアイスジャベリンが連射される。
速度を重視した無詠唱だ。数本の力強い氷の槍が、流星のように尾を引き獣を捉える。
「すり抜けてる!」
ユアの状況報告。
聞くまでもなく、次の魔法詠唱に入っているアミュア。
白銀をまとい、僅か宙に浮かんでいる。
一瞬、アミュアを見る獣の横顔。
それを左後方からユアがとらえた。
アミュアをわずかに庇うように抜けて、短剣を振りぬく──
……だが、手ごたえはない。
「剣も届かない……」
意図せず、呟きがもれた。
詠唱に集中しているアミュアは動けない。
ただ牽制し獣を誘導しようとするユア。
「光を試します」
静かな頼もしいアミュアの声。
同時にユアも飛び出す、今度は右回りの攻撃。
わずかにかわし切れず獣の爪がユアの左腕を捉えた。
「くっ!」
こらえきれない衝撃に声がもれるユア。
何とか注意を引き付け、誘うように下がる。
獣がまたユアに向かおうとした瞬間アミュアの魔法が完成する。
恐ろしいほどの魔力の高まりを感じたユアはさらに下がろうとした。
キュウゥゥゥウ!
つきだしたアミュアの腕。その掌の前に限界まで圧縮し、金色の輝きを宿した玉が回転している。
気づいた獣がアミュアに向かう。
ーーシュンッ!
辺りの闇を一瞬払うほどの光量。
集まった魔力ほど、大きな音を立てない。
太い光線は獣の右半身を貫いた。
『Ghhrrrrrrァァァァア……アアアアアアッ!!』
「!!」
「!!!」
ーーー獣の咆哮!
今までただ静かに悪意だけを向けてきていた、その黒い炎から絶叫が放たれる。
ユアもアミュアも声もなく耳をふさいだ。
それほどの声量と悲しみのこもった叫びだった。
ビクッビクッっと獣が痙攣している。
致命傷だったろうか確認のためユアが前に出る。
アミュアは消耗が激しく、膝をついた後ぺたりとおしりを落としていた。
「アミュ大丈夫?」
未だ戦闘モードのユアが短く訊ねる。
「…うん、ちょっと立てない。ユアはだいじょうぶ?当たらなかった?」
僅かに想定よりユアに近い射線を気にするアミュア。
「…平気。できるだけ下がって」
緊張のきれているアミュアと対照的に荒々しい気配のユア。
その眉は怒りを示すものか吊り上がっている。
(左手が…熱い)
先ほど穿たれた左手からは、一滴も血はでていない。
(この痛み…知ってるあたし)
じわじわと間合いを詰めるユア。
獣と視線がぶつかり合う。
(たすけて・・・)
「!!」
ユアの目が見開かれる。それは確かに人の、それも子供の声だった。
それが肉声なのか幻聴なのかユアには判らない。
ユアの左腕がさらに熱くなる。
痛みすら伴うその熱にチラと視線を送るが、見た目上は全身にめぐる強化魔法と見分けがつかない。
(たすけて・・・いたいよ・・・)
ユアの瞳には理解の色。誰に教わるでもなく左手が前へと出る。
自然と膝をつき、半分になった獣の頭をなでようとする。
獣にその掌がとどいた瞬間に、痛みと苦しみがユアにながれこむ。
「あぐっ!…」
かみしめた唇を切り声が漏れた。
(だめっ!アミュアに気付かれちゃう)
背を向けているアミュアに気付かれぬよう、歯を食いしばるユア。
少しづつ輪郭をうすらせ、獣が消えていく。
「くぅ…」
全身に力を入れ耐えるユアが、またしても声を漏らす。
それは少し離れたアミュアには届かなかった。
(よくがんばったね…辛かったね…もうお行き)
ユアの前には黒い炎を払われ、うっすらすける男の子の幻影が見えた。
それが痛みによる幻か、真に救われた魂かはわからなかった。
最後にユアは声をこらえられて良かったと、息をついたのだった。
「ユア大丈夫?いたい所あるの?」
何時までも跪いているユアに、不安になったアミュアが膝をついてすりよってくる。
左手を抑えながら振り向いて、いつものにっこりで答えるユア。
「ちょっと当たっただけ。ほら、血も出てないし」
強がりだった。
しかしユアのおねーさんスキルは高く、アミュアには気取られず答えられたのだった。
虫の声が戻りリーンリーンとささやきのように広がっていた。
まもなく日没だった。