【第67話:進むもの待つもの】
かつてアイギスが囚われていた地下室の先に、さらなる地下への階段がある。
そこは本来隠し扉になり、簡単には判らないよう偽装されてあった。
その扉が今は開いている。
扉からかなりの距離降りた先に大きな両開きの扉があった。
既に地下だろう。
黒い重そうな石でできた扉は、表面の要所要所に緻密な彫刻が施されている。
黒鉄の持ち手は錆一つなくこれも見事な装飾が上下にある。
少しだけ開いた隙間を抜けると、地下にしては広い部屋にたどり着く。
正面に階段が数段あり、入口からは見えないその上には大きな井戸の様な丸い石積みがある。
石は緻密に計算されたように組み合わされ、なにか儀式的雰囲気を漂わせている。
その丸い穴の中は真っ暗で覗きこんでも奥は見通せなかった。
穴の横に一組の男女。
ダウスレムとカルヴィリスだ。
いつものマント鎧姿で淵を見下ろしているダウスレムが語る。
「ここに入るのも何年振りか…世話になったなカルヴィリス。事を成したら好きにするといいぞ」
後半はカルヴィリスを振り向き告げた。
「叶うのなら先々まで生きてほしい」
カルヴィリスは答えずただ会釈した。
彼女の両手はアミュアを抱えているのでふさがっていたのだ。
「因果なものだな、この穴から出でた者がここに戻りペルクールを待つとは。ではなカルヴィリス世話になった」
「ご武運長久をお祈り申し上げます」
カルヴィリスは感情を出さずただ祈るのだった。
穴の中央まで進み、すうっと音も無く静かにダウスレムが穴に沈み消える。
後はユアを待つだけである。
カルヴィリスの心はもう動かないのであった。
城の中庭まで馬車を進めたユア。
ここに至って敵もぱたりと止まった。
ありがとうの気持ちをこめてカーニャの赤い馬車にぽんぽんと手をあて、振り向かず入口に向かうユア。
入口の両開き扉は大きく開いている。
奥の暗闇には既に次の敵が待っているのだろう。
登り始めた朝日が城の後ろ側から差し込んでいる。
その強い光は入口の奥の闇を濃くするのだった。
眼を細めながらユアが進む。
入口を抜けると、左右に飾り柱。
少し奥にまた両開きの大きな扉が開いている。
扉の奥には整列しているスケルトン達。
およそ10体程度か。
ゆっくりと進み入るユアはすでに左手にクレイモア。
入口をまたぎながら右手も添えた。
正面に横5列縦2列、10体のスケルトンがいる。
あきらかに今までのスケルトンとは格が違って見えた。
その鎧はくろがねに輝き赤い縁飾りが付く、帷子も黒鉄。
兜にもりっぱな赤い房飾りが付き、面頬も厚い黒鉄だ。
差しつけられる盾も同じ質感の立派なものだ。
何より、黒い眼窩に灯る赤光。
殺意が濃く、みじんも揺るがない。
強者であろうと、ユアに緊張が走る。
ユアは最初から全力だった。
真紅に輝く強化魔法を纏い、クレイモアの刀身には身幅の倍は金の光があふれていた。
ガン!
それでも止めてくる。
二人がかりで盾を押し込んでくる。
盾も鎧も特別製なのだろうかとても頑丈だ。
隊列も厚く、柔軟に受け止めに来る。
予想通りの手練れである。
(これはもう普通には勝てないな)
いまだ冷静なユアはなぐり、受け流し、避けつつ思考は続けていた。
隙を見せると後列からでも長柄の武器が振るわれる。
群として優れた動きだった。
(あと何回いけるかな?アミュア…もう少しだけ待っててね)
ユアの眼にもスケルトンを上回る赤光が灯る。
ひるまないはずの屍が一瞬止まるほどの覇気。
両手で後ろに引いた剣にはユアの身長をゆうに超えるほどの金色の輝き。
部屋中を金色にそめる光が真横に走った。
「せい!」
ズズズン!
振りぬいた左側の柱が数本崩れ落ちた。
正面には黒い粒子が盛大に舞っている。
全て一撃で滅ぼしたのだ。
直後膝を付いたユアが剣を取り落とす。
俯いた顔からはだらだらと一瞬で汗が流れ落ちた。
「これは…きついな」
手も震えているのか、力が入らないようだ。
「でも、もうちょっと頑張るよ。まっててアミュア」
くんっと勢いを付け立ち上がるユア。
剣も拾い上げる。
正面の玉座後ろの壁に、こちらだと言わんばかりにまた扉が空いていた。
少しふらつきながらも前に進むユアであった。
「ぅん…」
アミュアは少し寒いなと思い目を覚ましたのだった。
手の中の少女が身動きしたので、包んでいるシーツごと床に置いた。
カルヴィリスにはすでに情緒は無いかと自分でも思っていたのだが、この少女を粗末に扱う気にはなれなかったのだ。
攫った部屋にあったシーツで包み連れ出したが、寒かっただろうかとも思ったくらいだ。
むくりとアミュアが起きる。アミュアは異常に寝起きがいい。
寝ぼけることはほとんどないのだ。
きょろきょろと周りを見て、すぐ横のカルヴィリスに気付く。
「ここはどこですか?」
状況が判らないときは、わかっていそうな人に聞く。
それでうまくいっていたのだ今までは。
薄暗い部屋をもう一度確認したが、他には答えてくれそうな者はいなかった。
何時まで経っても返事が無いので、移動しようかと立ち上がろうとするのだが、両手と両足がそれぞれ何かで縛って在り、上手く立ち上がれなかった。
仕方がないので助けを求めるのアミュアであった。
「すみません、ほどいていただけますか?」
その異常に落ち着いた少女の態度に、むしろ恐怖を呼び起こし少し下がるカルヴィリスであった。
縛ってからシーツに包んだので、立とうともがいたアミュアはシーツが落ちてしまいとても寒くなった。
これは解けそうにないし、解いてくれないようだ。
そう判断したアミュアは口でシーツの端をくわえくるくると包まってみたのだ。
足腰も上手く使い、思ったように包まれたアミュアはじっと次の変化を待つことにしたのだ。
カルヴィリスは作られた人間だ。
かつてはただの影のような存在として生まれ、長い年月の間にこの形になったのだ。
その時間のなかで、人として生活するすべてを学んでいった。
また部下として同じように育てた影もいた。
今も上で戦っているスケルトン達もその部下だった。
だからこそ気づいた、アミュアの異常性に。
口は開くまいと思っていたカルヴィリスが遂に話しかけた。
「お前…影獣だな?」
「お前ではなくアミュアです」
お前は否定するアミュア。
それ以降の会話はしばらくなされなかった。




