【第48話:送り出すこと】
シルヴァリアがうっすら光っていて、光源に困らないため照明魔法は解除した。
不思議なもので目が慣れると、明かりがなくなってからの方が遠くまで見える。
しばらくは互いのことを伝え合い、いよいよシルヴァリアの本題に移った。
『ユア達を招いたのはもちろん私だ。入口も高度隠蔽された結界で塞いであった。ユアの気配が懐かしかったので解いたのだよ』
今はシルヴァリアのそばに座っている3人。
ユアが答える。
「そうなんだ、ありがとう。呼んでくれて」
『少し不穏な気配も下の方で感じられたから、少し警戒して様子を見ていたのだ』
ふむふむとうなずく3人。
思い当たるフシもあった。
『…すまぬが、実はあまり時間がない。私もゆっくり話したかったのだがな』
またまぶたを閉じ瞳を隠す竜。
その瞳だけでアミュアの頭ほどもあった。
じっと言葉を待つ3人。
『私はとても長い時間を生きてきたのだ。ラドヴィスに会った時でさえ、身体はもう動かなくなっていた』
そう告げられ3人は、初めて竜がまぶた以外を動かしていないことに思い至った。
『今となっては瞼さえ動かすのが難しい。とうに光は映さぬしな』
アミュアの中の淡い記憶がきゅうっと胸を締め付ける。
思い出したのだ、喪失の痛みを。
同じ様にユアもカーニャも表情が沈む。
『最後にラドヴィスの娘に遺志を託せること、幸運と思うよ』
最後という言葉に耐えられなくなったアミュアが大きな竜の鼻面にしがみつく。
声もなく力いっぱい抱きしめ涙が流れていた。
心配したユアが背中にそっと手を当てる。
『ありがとう、優しき癒し手の眷属よ』
まぶたはもう動かなかったが、声には感謝が込められた。
『ユアよ、いくつか伝えたい事がある。よく聞くのだ』
「はい…」
らしくなくしょんぼりしたユア。
まだ涙がとまらないアミュアを優しく抱きしめながら、辛そうにしながらも答えた。
『影の獣を知っているな?奴らは私よりもずっと古くからいる危険な者共だ。人のもつ心を糧として育つ、悍ましき生き物だ。時に人に化け、時に人に潜み世界の片隅で隠れ増え続けている』
一息に話す言葉にはわずかな焦りが見える。
『かつて古の昔に奴らが世を溢れさせたことがあったのだ。私はその時に奴らを滅ぼすため作られたのだ』
ちょっと昔の話しすぎて実感のない3人だが、静かに言葉を待っていた。
『大きな戦いとなり、人にも多くの犠牲が出た。まさしく世は滅びかけたのだ。戦いが終わり影が姿を消したころ、私はここに落ち着いたのだ。それ以来ここを住処とし密やかに人たちを守ろうとしていた』
それはまさに伝説。
担い手によって語られた真実と3人には確信が持てた。
『ラドヴィスに最後に残っていた我が力は託して、今は何も持たぬ屍の手前なのだよ』
その言葉にまたアミュアの唇が噛まれる。
今度は上手く我慢できたようだ。
ふと思い出しシルヴァリアが告げる。
『彼ら闇の者が近づけぬよう、この山には結界が施してある。かつて力を持っていた私が敷いた陣だ。これは私が失われても消えることはない。』
娘たち、いや人々に対する慈愛が満ちた言葉だった。
『ラドヴィスの娘ユアよ』
すっと雰囲気が変わった声に背筋を伸ばすユア。
『最後にお前に弔って欲しかったのだ。どうかこの疲れ果てた生に最後の慈悲をくれぬか?』
意味は分からなかったが、気持ちはくめたユアが前に出る。
「どうすればいいの?」
静かな声で尋ねた。
『何も。何も要らぬのだよ、よかったらその清らかな手で送っておくれ』
ユアの目はもう真っ赤だった。
ついに雫を溢れさせながら両手をそっと竜の鼻面に添えた。
悲しかったのであろう、両親と近しかったものを失うのが。
辛かったのであろう、何もしてあげられない無力が。
喪失にすっかり慣れてしまったユアは、嗚咽も漏らさない。
それは痛みがなくなったのではない。
痛みを受け入れ、ただ静かに涙を流したのだった。
後ろでは遂にこらえられなくなったアミュアがカーニャに抱きつき声を漏らし震えている。
その胸に顔を埋め声をこらえていた。
そっと支えたカーニャの目さえ赤くする、それは静かな別れだった。
『優しい娘たちよ。人は正しく生きているのだな、安心できた』
静かにシルヴァリアの声が流れた。
『ありがとう』
最後の言葉と共にサラサラと端から崩れていく銀竜。
白銀の粒子がただ風もない洞窟で散り広がっていった。
どれくらい、そうしていたか。
竜と共に崩れ落ちたユアはうずくまっている。
それを痛ましそうに見つめるカーニャの目にも雫を結んでいた。
アミュアはカーニャの胸で静かに震えていた。
小山の様な銀の粒子は風もないのに、少しづつ吹き散らされ頂を低くしていく。
粒子が光っているのか光源が減った感じはあまりしない。
少しづつ、暗くはなっていた。
そうしてほとんどの粒子が失われた時、静かに立ち上がったユアがそれを見つける。
ぼんやりと光る竜がいた辺りに、ポツンと鳥が一匹とまっていた。
こんな洞窟の奥にただの鳥がいるだろうか。
不審に思い、じっとユアが見つめていると、ふいっと後ろを見せぱっと飛び立っていった。
その動きが恥ずかしがるアミュアの様に見えて、ふっと笑みが浮かぶユア。
鳥は高い洞窟の天井付近をくるくる回りながら飛び続けていた。
見上げるユアに気付き、アミュアとカーニャも振り仰ぐ。
そこには白い小さな鳥が、飛び続けていたのだった。




