【第46話:峠に至った日】
「あれはどう考えても怪しかった。ありえない出会いだったよ」
「本当にそう思う。なんだか上手に出てきて、上手に去った感じがしたわ」
「おなかすいてたのかわいそうです。空腹はつらいです」
三者三様の印象をまずは述べ合った。
セルミアと別れ、今は山頂の見渡せる位置で、お昼ご飯で止まっていた。
少し風が強いので、馬車の中に3人ちまっと集まって食べている。
カーニャの向かいにユア。
ユアの足の間にアミュアだ。
アミュアは最近そこが気に入ったようで、自分でユアの前に来る。
足を広げたユアの前にぺたりと座るアミュア。
やさしいアミュアの意見に二人は思わずアミュアの頭をなでる。
「よしよし」
「いいこねえ」
「こどもではないのですが」
とアミュアはちょっと不満そうにするが、二人共それが照れ隠しだととっくに解っている。
カーニャの精密制御生活魔法で沸かした、食後のココアを3人で飲んでいる。
馬車の狭い中でくつろぐのも大分慣れてきた3人であった。
「スヴァイレクが去った直後ってのも、怪しいよね。仲間かな?」
「そこは断定できないし、獣には見えなかった。でもただの人ではありえないわ」
「かげけものではないとおもう。気配はふつう?だったよ」
さらに意見を述べ合う3人。
「もしや人の中に仲間がいるってこと?」
ユアが自分の想像に怖くなりぶるっと震える。
「すごく怖い想像だけど、人にしか見えないレベルの獣とか?」
ちょっとふざけて、カーニャがカギにした両手を顔の横にあげる。
「こわいです」
「こわ!」
ユアに返したカーニャの言葉に震える二人。
カーニャが冗談でいった意見こそ正解なのだが、3人は見つめ合ってくすくすするのだった。
「まもなく山頂だし、このまま馬車でいけるかな?」
ユアの明るい顔をみては、否定しにくいカーニャがやわらかく答える。
「きっと大丈夫だと思う。天気もいいしね」
アミュアは少しココアが熱いのか、さますのに夢中。
こうして3人はどこにいてもふんわりを保っていくのだった。
左右に迫る残雪がどんどん背を伸ばし、山道にも雪が増えてくる。
少し前から自力で登るのが難しくなった馬車を、アミュアが操作しカーニャとユアが後ろから押していた。
幸い馬車の力は強く、ひどく重かったりはしなかった。
「最悪強化魔法とかいるかと、おもったけど!」
ちょっと力を込めながらカーニャが言った。
「そうだね!これくらいで最後までいけたらいいね!」
ユアはわりと余裕があるのか、ちょっと楽しそう。
「もうすぐ峠のてっぺんです」
立ち上がって前をみていたアミュアから報告。
ついに3人は雪月山脈の峠に至ったのだ。
天も祝福するような快晴の中、風も今は穏やかだった。
峠の上には、休憩用なのか広めの整地された土地があった。
夏になればそれなりの行き来がある事がうかがえる。
丁度日も暮れてきたので、今夜はここでキャンプとなった。
広場の山手の端は少し崖になり立ち上がっていて、風よけにもなりそうだ。
3人しかいないので、一番よさげな位置にテントを一つ出した。
反対のミルディス公国側が不明なので、ちょっと心配になり夜番をまた始めることとしたのだ。
馬車と壁で2方向をふさげるので、風もあまり吹き込まない。
登りながら少しづつ集めて乾かしていた枝を組み、焚き木とした。
最初なかなか燃えなかった焚火は、今はパチパチと燃え暖かさと明かりを提供していた。
今日は広々したくて、馬車にアミュア。テントにカーニャがゆったり寝ている。
ユアも眠くなったらカーニャと交代する予定で夜半まで火の番である。
(ちょっと大変だったけど、ここまでこれた)
膝を抱え、折りたたんだマントの上に座るユア。
膝に乗せて組んだ両手にあご先をのせている。
ゆらゆらと揺れる薪の明かりをみつめるユア。
(不思議だ…あんなにアイギスにいさんが気になって焦ってたのに)
今夜の火はやさしい暖かさをユアに恵んでくれる。
(あのデカい獣にヒントももらって、向かう先も決まってるのに)
ふわと柔らかな表情になる。
(きっとアミュアとカーニャのお陰かな?ちっとも気が急かない)
一度すっと目を伏せるユア。
(大丈夫だって思える)
その唇は柔らかな笑みを描いていた。
しばらくたち、そろそろ交代かなと思う頃。
すっと立ち上がったユア。
腰の短剣に手が添えられている。
(なにか視線を感じた)
チラと見上げる右手の崖。
その先にはさらなる頂を誇る高山があり、月夜にシルエットとして高々とそびえている。
迷ったが、安全を優先しユアが声を出す。
「念のため起きて!不審な気配がある!」
声はおもにカーニャの眠るテントに向けた。
何もなくてもそろそろ交代の時間でもあったので、ユアに遠慮はない。
ほとんど間を置かずに、ざっとテントを開きカーニャが現れる。
左手には鞘ごとエストックを持っている。
防具はないが、指輪等の魔法触媒は外してない。
ユアの視線は一点に結ばれていた。
「どうゆう状況?」
短くユアにたずねるカーニャ。
「あの崖から、視線を感じた。気のせいではないと思う」
ふたりがよく見ると、ぼんやり月の光に浮かぶ崖になにか不自然な影がある。
いまの月明りではそこに影ができるはずがない。
見間違いでなければ、黒々と洞窟が開いているかのよう。
もちろん夕方確認したときに、そんなものはなかった。
「あたしが単独偵察にでる?」
ユアはカーニャに、ここを任せて調べに行きたいようだ。
「ごめん、少し心配すぎるから、アミュアちゃんも起こして3人で行きましょう」
とはカーニャの慎重論。
「…わかった、起こしてくる」
少しだけ考えて、先ほどの自分の気持ちをなぞってみるユア。
逆だったら絶対カーニャを行かせないなと、思い直したのだ。
そして行かせないと言ってくれたカーニャの判断がうれしかった。
思いがけないトラブルだが、不思議と嫌な予感はないユアだった。
叢雲が時々月を横切る。
少し暗いがユアには問題ない月明り。
風もおだやかな深夜、まだ今夜は長くなりそうだった。




